放課後城探部 二百十二の城

「彦根城は本当に良いわ・・・」

さっきまで懐かしいものを見るように登り石垣を眺めていた天護先生が急に口を開いたかと思ったら突然そんなことを言った。

「急になんや?」

先生の横にいた訪ちゃんが突然の独り言に驚くと

「良いものは良い!そう言いたいだけよ。」

先生は木々の隙間から漏れてくる光に照らされる石垣を満足気に見つめる。

「突然そんな事独り言で言われてもなんやよう分からんけど、とにかく満足したんやったら良かったわ。」

訪ちゃんは訝しがりながらも先生の何かが晴れたかのような汚れのない笑みを見るとただそう言うしか出来なかった。

「先生、黒門に向かいますか?それとも埋門の跡を見てから黒門に向かいますか?」

そんな二人のやり取りが終わったの確認してあゆみ先輩が二人に声をかけると先生は少し考えてから

「うーん、埋門に行くならどうせなら大手門も・・・と言いたいけど・・・帰りの時間を考えたら玄宮園にそろそろ行かないと遅くなりすぎてしまうわ。残念だけど今日は黒門方面に向かいましょう。」

と少しだけ悲しそうな顔をした。

今の先生ならいっそ大手門まで行ってから折り返しましょうって言うと思っていたけど先生は割と冷静に時間配分をしていたのだ。

先輩も先生と同じように残念な顔をしていたが多分本当は埋門を見たかったのだと思う。

先生はそんな先輩の心の中を読んだかのように

「あゆみの気持ちは分かるわ。私だって本当は行きたい。だけど先生はやっぱり先生なのよ。時間配分くらいは考えないと・・・」

先輩をなだめるようにそう言った。

すると訪ちゃんが

「先生、意外と先生っていう自覚があったんやな・・・」

と揚げ足を取るように茶化すので先生が

「当たり前でしょ!子供を夜に帰らせる大人がどこにいるっていうのよ!」

とシャカシャカとフリスケを取り出して口の中に放り込んだ。

「もう、先生だって私達のこと考えていてくれるんだから!茶化してないで行くわよ!」

先輩はそう言って悪ふざけした訪ちゃんを嗜めると

「先生、もう行きましょう。」

そう言って先生を促して黒門に向かって歩き出したので先生と訪ちゃんと私は何故か三人で頷きあうと先輩の後を追って黒門に向かってもと来た道を先輩の後を追って歩き出した。

「そう言えば先生、大手門はともかく埋門ってこんなお堀のど真ん中に作るのですか?それとも山上で孤立したときの脱出口みたいなのがあったのでしょうか?」

私は黒門に向かって歩きながら質問する。

「この先には米倉跡があって彦根城は常時五万石の備蓄米を非常時のために確保していたのよ。でも輸送は馬車よりも琵琶湖の水運を生かした船のほうが有利だわ。そこで土塁の一部分を切って門を作ってそこに船を停泊させて米倉に運んだのよ。」

「じゃあ完全にお城の側に船が入り込んでたんや・・・しかし、敵が殺到するかも知れへん大手門の近くに米倉を置くのは危険では?」

先生の答えに訪ちゃんが不思議そうにそう聞く。

「主郭だけで捉えたらそうだけど、彦根城は三重の堀を巡らせた総構えの平山城よ、しかも主郭には遥かに遠い梯郭式の縄張りな上に西から彦根城にたどり着くには愛知川をはじめとしていくつもの防衛拠点をくぐり抜けないとならないわ。攻め手が彦根城を攻撃するまでに備蓄米を山上に運ぶだけの余裕は十分にあるわよ。」

「なるほどなあ、確かに佐和山口多聞櫓だけ見ても中堀の防御力の高さは分かるもんな。」

訪ちゃんは佐和山口多聞櫓を思い浮かべるとしみじみとそう言った。

私は訪ちゃんの中堀と言う言葉に

「えっ!あそこの広い堀って外堀じゃなくって中堀なの!」

と大袈裟に驚いてしまった。

まさかあれだけの大きな遺構もまだお城の一部でしか無かったなんて・・・

今日見たお城も一部分でしか無かったのだ。

「さぐみんがそう思うのも無理もないけどお城道はまだまだ深いんやで。」

訪ちゃんの言葉に前を行く先輩がくすっと笑うと

「城下さんがそう思ってしまうくらいに彦根城は当時の城郭の遺構を綺麗に残しているお城だけど、それでも私達が見たのは一部に過ぎなのって言うことよ。訪の言うお城道って言う言葉もよく分からないけどね。」

そう言って私達に笑顔をみせてくれた。

「お城道って言うからには家元もいるのよね?誰なのよ?」

さっき茶化された先生が仕返しなのか知らないが今度は茶化し返すと訪ちゃんは

「家元はここにおるやないか。」

と言って当の先生を指差した。

すると先生は恥ずかしかったのか少し顔を赤くして

「私が・・・!」

と絶句した。

訪ちゃんにとってはこれくらいの茶化しはお手の物で返せるのだ。

「そうや、師範代は目の前に歩いとる。」

そう言って先輩を指差した。

私は訪ちゃんの言葉に妙に納得してしまって

「確かに・・・」

と口ずさむと先輩は何故か嬉しそうに

「私も先生みたいな家元になれるように頑張らないとね!」

と何故か気合を入れるのだった。

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