放課後城探部 六十七の城
「はぁ・・・暑い・・・暑すぎるわ。」
緑あふれる山と苔むす石垣が美しいお城の登城口の前で私達は夏の暑いさなかに自動販売機を求めて彷徨っていた。
特に訪ちゃんは駅前から暑がっていてお城に到着する前にもう既にペットボトルのコーラを一本飲み干していた。
「だから注意したでしょ?そんなにグイグイ飲んだら到着前に飲み干すって。それに熱中症になったら危ないからスポーツウォーターにしなさいと言ったでしょ?」
虎口先輩は汗まみれになった訪ちゃんを叱責する。
「スポーツウォーターはともかくコーラを飲み干したのは大きな痛手やわ・・・」
訪ちゃんはそう言ってハンカチで汗を拭いた。
一方で虎口先輩は訪ちゃんと違ってそれほど汗の量は多くない。
先輩は発汗量が少ないのだろうか・・・
先輩は背中に提げたリュックからハンドファンを取り出して訪ちゃんに向けて風を浴びせてあげる。
「はぁ・・・これが無かったら死んでるわ・・・」
訪ちゃんはヘロヘロになりながら先輩の扇風機に出来る限り顔を近づけてファンが生み出す風で熱気を何とか冷やそうとしていた。
「先輩はどうして涼しげにしているんですか?」
この暑い中で先輩が涼しげとは大袈裟だがそれほど暑く感じていなさそうなのが不思議だ。
「先輩は暑くないんですか?私もちょっと暑つすぎて・・・」
すると先輩は冷感シートを取り出して私と訪ちゃんに一枚ずつくれた。
「首とか顔はこれで拭くと少しはマシになるかも。私も時々これで拭いているの。あとはこれよ。」
先輩はそう言ってリュックの中から一本のスプレーを取り出した。
今流行のシャツに吹きかける冷感スプレーだ。
下着に吹きかけることで風を浴びると結構涼しくなるという噂の代物だ。
滋賀県は農地が多いから土地が開けていて風が通る。
琵琶湖からの風も多いので暑さ対策に丁度よさそうだ。
「あーー!うちが暑さで苦しんでる中涼しげに見てると思ったらそんなん使ってるんか!」
訪ちゃんは先輩の冷感スプレーを指差してワナワナと震えていた。
「私は行く前にしっかりと準備しなさいと言ったはずよ。まさか何も準備してないとは思わないじゃない・・・」
訪ちゃんが怒る中で先輩は逆に呆れ顔だ。
「日焼け止め塗ってきたし服は薄着にしてきたで!」
訪ちゃんはちゃんと対策をしてきたと主張したが先輩と比べると何もしていないも同然だった。
先輩は冷感スプレーに風がない時はハンドファンで風を浴びてしっかりと対策をしていたのだから・・・
「馬鹿な子ね・・・ほらさっさと顔を拭きなさい・・・」
先輩はそう言って冷感シートで訪ちゃんの顔をしっかりと拭いてあげるとハンドファンの風を顔に当てる。
「寒!びっくりした!」
冷感シートの効果で急な冷たさに驚いて訪ちゃんはファンから顔を背けた。
「暑がったり寒がったり大変そうだね・・・」
私も冷感シートで顔を拭くとさっきまでの暑さが一気に引いた気がして物凄く快適になった気がした。
「さあ、あそこの小さな建物に自動販売機があるから今度はちゃんとスポーツウォーターを買って登城するわよ。」
先輩は訪ちゃんを励ますように自動販売機を指差した。
「うわーい!コーラが買える!今度は2本買うでぇ!」
訪ちゃんはそう言って自動販売機に向かって駆け出していた。
「コーラじゃなくってスポーツウォーターにしなさい!」
先輩が強い口調で言うが訪ちゃんには全く聞こえていないみたいで急いで財布からお金を取り出して投入するとコーラのボタンを連打していた。
「はぁ・・・」
先輩は疲れた顔で大きく溜息を付いた。
「城下さん、訪と一緒にトイレでシャツにこのミストを吹きかけて来て。少しは変わると思うから。でもかけ過ぎは禁物よ、逆に冷えすぎるかも知れないから。」
そう言って冷感スプレーを私に手渡すと訪ちゃんの肩をポンポンと叩いて私の持っているスプレーを使ってよい旨を伝えてくれた。
訪ちゃんは嬉しそうに私に駆け寄って来てコーラを一口口に含むと
「ぷはぁ!それ使ってもええって言うことらしいし早速使わせてもらお!」
そう言って私を促して嬉しそうにトイレに飛び込んでいった。
私も訪ちゃんを追いかけてトイレに駆け込んだけど傍から見ると凄くトイレに行きたい人みたいだよね・・・
先輩が小さな建物の中で涼みながらお土産物の旗を眺めていた。
私達が背後から先輩に声をかけると先輩はハッとして私に振り向く。
私達はシャツに冷感ミストを吹きかけてトイレから出てきた後だ。
訪ちゃんはお土産物屋さんに入るなり
「さむい!うちスプレーかけすぎたかも知れん・・・」
そう言ってがたがた震えていた。
かけ過ぎはダメっだって先輩が言っていたから私は軽くシャツに吹きかけただけだったけど訪ちゃんはこんなんじゃ山城は絶対に足りないからと言ってシャツがビショビショになるまでスプレーを吹きかけたのだ。
その結果がこれである・・・
先輩は訪ちゃんがそうなることを予想していたのか寒くてガタガタ震えている訪ちゃんを見ると珍しく声を出して笑った。
「ふふふっ、だからかけ過ぎは注意よって言ったでしょ。訪は乾くまで我慢しなさい・・・」
そう言って先輩は訪ちゃんにハンドファンの風を吹きかけた。
建物の中はしっかりとエアコンが効いている。
その冷たい風をハンドファンでしっかりと浴びせかけられた訪ちゃんは
「ぎゃー!さむい!」
そう言って建物から逃げ出していった。
私は先輩が眺めていた黄色い旗が気になって
「永楽・・・通・・・」
と途中まで旗に書かれたの漢字を読んだが最後の漢字が旧漢字で難しくって読むことが出来なかった。
「永楽通寳、信長の旗印よ。元々中国の明時代に第三代皇帝の永楽帝が鋳造したのだけれど中国では宋銭が通貨として好まれていたの、中国では貨幣価値の低い永楽銭は日明貿易の際に日本に渡ってくる量が多くて主流の流通通貨として宋銭と共に中世日本の貨幣の代表になったわ。永楽通寶は主に撰銭の代表だったけどね。ふふっ」
先輩はそう言って微笑む
撰銭って・・・
「昔の日本は通貨の鋳造をあまり積極的に行わなかったの。そのため日本にはさっきも言ったとおり日宋貿易、日明貿易で得た通貨を日本国内で流通させることで通貨を補っていたわ。日本でも宋銭が好まれたことから永楽通寶は貨幣価値が低くて、そのため悪銭と言われて畿内よりも地方の東海地方以東に流入することになったの。」
「悪銭・・・昔は貨幣価値が低かったら悪って言われていたんですね。」
しみじみ言うと先輩は
「貨幣価値が低くかったり銀の純度が低いものは畿内では忌避されてきたの。インフレーションの原因にもなるから物価が急上昇するわ。それを調整するために純度の低い銀や永楽通寶は地方に流れていった。信長は尾張の領主だったから永楽通寶と関わる機会が多かった。それと経済流通に興味を持っていたと言われているわ。だから旗印には永楽通寶を使用したと言われているの。」
先輩が私に丹念に信長の旗の説明をしてくれたあと私は旗の文字をマジマジと見つめた。
永楽通寶・・・
私達が旗を眺めていると背中の自動ドアがぐーっと開いた。
「何やってるんや。はよ登城しよう!」
そう言って暑さから回復した訪ちゃんが元気よく私達に呼びかけた。
「ごめん!」
私がそう言うと先輩も
「じゃあ信長のお城に登城しましょうか。」
そう言って私の肩をポンと叩いて促してくれた。
永楽通寶の旗印の謂れを知って知識を深めた私は、信長の最大のお城と言われた安土城登城に気合が入るのだった。