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デイズ in ジャカルタPart 3

2022年の夏、”インドネシアのサッカー場で試合後に暴動が起き125人が死亡した”というニュースが流れた。東ジャワ州マランでライバルチームに敗れたサポーターがグラウンドになだれ込み警察がこれ以上降りてこないように催涙ガス弾を撃ち込んだ。しかしこれでパニックに陥った観客が出口に押し寄せて圧死したらしい。欧州でフーリガンが暴徒化し数人が死んだという話はあるが、あれは酔っ払ったイカれた連中の仕業であり、ほとんどがイスラム教徒であるインドネシアの事故は酒が起こした悲劇ではない。

また前回のインドネシア大統領選挙では“選挙スタッフが270人過労死した”と報じられた。過労死と認定されない人達を含めると550人が選挙で亡くなったらしい。1万を超える島国で、有権者が2億人近いゆえの過酷な設営準備や開票作業が祟ったとは言え、270人もの過労死はにわかに信じ難い。選挙スタッフの総数が740万人という母数自体も相当の数ではあるにしてもだ。

インドネシアのS君は私の会社の職場に研修生として日本に来ていた。奥さんと上は小学生から下はまだ一歳に満たない四人の子らをジャカルタに残して一年頑張って働いた。酒は飲まないが親睦会や会社の行事には必ず参加して、真面目でシャイだがユーモアたっぷりのS君は職場の人気者になった。ところが帰国間際の健康診断で肺に影が見つかり、精密検査の結果、肺癌であることが分かった。幸いまだステージ1で簡単な手術で完治すると診断され、我々は滞在を伸ばし日本で手術してからの帰国が良いと進言した。しかしS君はジャカルタの家族の近くで手術を受けたいと希望し、予定通り帰国した。その後S君に病院の診断結果や手術の予定を尋ねても、「医者に行って薬は飲んでいる、手術はまだ」の答えが続いた。彼の上司に早期の手術のフォローをお願いしても「大丈夫、任せておいて」とこれ以上は何も出来ない状況が続いた。S君帰国から10ヶ月経ち、今度は自分がジャカルタに赴任することが決まった。そしてS君に「ジャカルタに行くのでまた会える」とLineしたが何故か既読にならない。嫌な予感がして彼の上司に連絡を取ると「S君は1週間ほど前から体調が悪化し病院に入院したが数日後に亡くなった。肺がんが進行し打つ手は無かった」とのことだった。

住んで分かった事だがインドネシアでは未だに民間のおまじない的な治療が根強く信じられている。風邪をひくとジャムウを飲めと必ず言われる。ジャムウは根茎や木の皮、種子類なとのエキスに蜂蜜などを混ぜたインドネシア古来の自然療法薬で、薬局やコンビニのレジの周りは何十種類ものジャムウが占有している。新型コロナにもジャムウが効くとテレビや新聞で騒いでいた。ジャムウは万能薬なのである。もっとすごいのは、風邪が治らない時は、5百ルピア硬貨で背中を血が滲むほど何筋も引っ掻くと治るという。嘘かと思うが皆「子供の頃よく親にやってもらった。田舎の方ではまだよくやられてる」と言う。実際、インターネットで“風邪の民間療法”と検索すると何筋もの引っ掻き傷で血の滲んだ背中の写真が出てきて驚く。

インドネシアの友人に「どうして酒飲まないの?」と聞くと彼らはこう答える。「イスラムの教えを守って、それなりの善行を積めば死んで審判を受け天国へ行ける。そこは酒池肉林の世界で、酒の川まで流れている。その美酒を自由に汲んで飲め、美味しい料理も腹一杯食える。おまけに黒髪の大きな瞳の美人の処女が一人与えられる。ウフっ、どうだい」なるほど一方でイスラムの教えを守らなければ、地獄で残虐な懲罰が永遠に繰り返されるそうで、そりゃ現世で禁じられた酒は安易に飲めない訳である。

イスラム社会では“死は永遠の来世への通過点”でマイナスの事柄では無いという。それは決してインドネシアの人々の命が軽んぜられるということでは無いはずである。ただインドネシアで“死”に対する恐怖や抵抗感の希薄さを感じてしまうのは自分だけであろうか?

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