【紙の鍵と、鋼鉄の門と錠。試されている日本】
総理の記者会見では都市封鎖はまだありませんでした。
「日本は罰金が無いから、強制力がない」
「都市封鎖をやるためには、もっと強力な法案を」
「若者は黙っててもクラスターをつくる。きちんと処罰を」
ルールがなければ破るものが出る。
などという論調が出てくるたびに思い出す事がある。
ある漫画の場面だ。
かわぐちかいじ原作の「沈黙の艦隊」という漫画での一場面だ。
登場するベネット大統領が鍵の話を息子のマルスにする場面。
・ベネット大統領
「監視カメラや警戒装置がある。警備員も大勢いる。」
「だが大昔東洋では違っていた。」
「入ってはいけない部屋や倉庫にも鍵はかかっていなかったんだ」
・息子(マルス)
「じゃあ昔は東洋に泥棒はいなかったの?」
・ベネット大統領
「いや、やはり泥棒はいた」
「だが東洋では鍵の代わり戸に紙で封をしていたんだ。」
・息子(マルス)
「???」
・ベネット大統領
「紙だから泥棒は簡単に破って中に入る事ができる」
「そう思うだろう?」
「だが、その紙は泥棒しようとする人の心に問いかけたんだ」
「あなたは今悪いことをしようとしている」
『それでいいのですか?』と!」
「私の話がわかるか?マルス?」
・息子(マルス)
「その紙は泥棒の心にかけた鍵なんだ!」
・ベネット大統領
「その通りだマルス!」
「カイエダはその考え方を世界に広めようとしている」
※カイエダは主人公でアメリカ大統領を揺さぶる原潜の艦長
・息子
「東洋って面白いんだな!!」
「その話、友達にしてもいい?」
西洋では鋼鉄の鍵を何重にもして、暴漢、泥棒、強盗から守る。
東洋は、紙の鍵で、心に問いかける。
これが一番大きな東洋と西洋の違い。
そう思っている。
特に日本の神社やお寺には、未だ戸に御札や封印をしているケースは多い。
今の日本に問いかけられているのは、
「モラル」
なんだと思う。
『法律がなければ、守れない。 罰則がなければ駄目。』
そんな日本ではなく。世界に自慢できる日本は。
たとえ紙の鍵でも、たとえルールがなくても。
他人を思いやる心。
世間を大切にする心。
利他の心で国を守ることが出来る。
そんな日本なんではないでしょうか?
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