Oneチャンピオンシップ2020年決算:赤字なのか?黒字なのか? そして謎の売上4億ドル
ここ数年、Bloody ElbowはGroup One Holdings Pte.Ltd.の財務状況を追ってきた。同社は一貫して、現状を大げさに説明したり、将来についての過信に満ちた予測を行いつつ、大手機関投資家から何億もの資金を調達してきた。しかし、監視の目に耐えることはできない。シンガポール会計企業規制庁(ACRA)に提出された財務諸表によると、数億ドルに上る巨額の損失を積み上げていることが明らかになったのだ。
ところが、現在投資家の間に出回っているOneの最新の年次財務諸表には、実態とは全くかけ離れた、3億4100万ドルという驚くべき金額の利益が計上されている。もっともこれは、ONE Championship単体の話である。ONE Championshipと、その子会社であるOne China、One India、One Esports、One Warriorsなどを含むグループ単位では、4,760万ドルという巨額損失が計上されているのだ。
この新しい年次財務諸表は、2020年12月31日に終了する年度のもので、2021年6月25日に2人の会社取締役、チャトリ・トリシリピサル(シットヨートン)とテー・ホワ・フォン、および公認会計事務所のアーンスト・アンド・ヤングが署名している。
なお今回の年次財務諸表の金額表示は、これまで使われてきたシンガポールドルではなく、すべてが米ドルになっている。
損益計算書
2019年だけで約1億ドルの損失を計上、2019年12月31日時点で2億3,000万ドルの累積損失を計上するなど、長年にわたって多額の損失を計上してきたONEであるが、今回の最新の提出書類でも、グループ連結で2020年に4,760万ドルの損失を計上するなど、再びキャッシュフローがマイナスになっている。
しかし前述の通り、ONE Championship単体では、まったく異なる様相が示されている。なんと昨年、3億4100万ドルの利益が計上されているのだ。
単体の利益は、2019年8月15日にデラウェア州で設立された新しい子会社の1つ、One Championship, Inc.(以下、One Inc)との取引によるものである。2020年の財務諸表には次のようにある。「当会計年度中、当社は米国における格闘スポーツやマーシャルアーツビジネスに関する知的財産権を、対価4億ドルでOne Incに売却した。対価のうち2億米ドルはOne Incの株式で、2億ドルは現金で支払われた」とある。
なお2020年12月31日時点で、子会社からの2億ドルは未払いになっている。この現金と株式の合計4億ドル相当は、単体では売上として認識されているが、連結では売上には含まれていない。
わかりにくいと感じる人もおられるだろう。つまり昨年のある時点で、ONEグループは、格闘スポーツ関連の知的財産権を、デラウェア州に設立した子会社に売却した。この知的財産権の対価は、2億ドル相当の株式と、未払いとなっている現金2億ドルであるということだ。
知的財産権の適正価額、One Inc株式の適正価額の算出方法、関係当事者間での取引様態については、今回の財務諸表では明らかにされていない。また、未払金を今後どのように支払うのかについても詳細は明らかにされていない。
この4億ドルの取引がなければ、単体では5,900万ドルの損失を計上するはずだった。
売上
新型コロナウイルスのパンデミックにより、ONE Championshipは2020年に多くの大会の中止を余儀なくされた。これによりチケット収入は激減、2019年に連結で170万ドルだったチケット収入は、昨年は10万ドル強まで減少した。またスポンサーシップも、対前年度比で30%近く減少した。
ライブイベントの売上が減少した一方で、放映権、デジタルプラットフォーム、グッズの売上は増加した。最も増加したのは「その他の収入」で、単体で4億1,000万ドルの売上を計上しているが、このうち4億ドルは前述のとおり知的財産権の売却によるものである。グループ全体ではの「その他の収入」は900万ドルにとどまる。
ONE Championshipは過去、収入源として「バーター取引」なるセグメントを計上していた。2017年の財務諸表では、このバーター取引が全収入の65%を占めていた。しかし2018年の財務諸表ではバーター取引という表示がなくなり、同時に前年の財務諸表でバーター取引として計上されていた金額はスポンサーシップ収入と放映権収入に振り替えて書き換えられた。この書き換えから逆算すると、2017年のバーター取引はスポンサーシップ収入の63%、放映権収入の83%を占めていたことが明らかになった。
現在の売上のうち、バーター取引やその他の非現金取引によるものがどの程度あるのかは不明である。しかし、Oneグループでは、「放送パートナーからの収入は、現金と非現金取引のいずれの形態をとることもある」との注釈をつけている。非現金取引には、「放送パートナーから大会放映権と引き換えに提供される宣伝用スポットなどのマーケティング活動」が含まれる。
このような非現金取引が売上のどの程度を占めているのか、またOneのマーケティング費用のうちどの程度がこのような取引で占められているのかは明らかではない。
経費
新型コロナウイルスのパンデミックにより、2020年のONE Championshipは少なくとも7つの大会を中止、大会数は2019年の39イベントから、昨年は合計26大会に減少した。大会減少により、大会制作費と海外出張費は激減することとなった。
ほとんどのファイトマネーが含まれるであろう大会制作費は、2019年の880万ドルから2020年には290万ドルに減少した。1大会あたりの平均費用も、2019年の1大会あたり平均22万5000ドルから、2020年にはおよそ半分の、平均11万3,000ドルに下がった。経費を節約し、コロナ禍の規制に対応するため、Oneでは複数の試合を事前に録画し、複数大会として別々に放映する戦略も採用した。
海外出張費とコンサルタント料も激減した。出張費は前年比80%減、コンサルタント料は完全にゼロになり、100万ドル以上の経費削減をもららした。
Oneグループの主要経費は依然としてマーケティング費用であり、昨年は2019年から28%減の総額3800万ドルであった。減少したとはいえ、マーケティング費用は昨年のOneグループ全経費の約40%を占めている。
参考までに、集団訴訟の過程で公開された会社概要によると、UFCは2014年にマーケティングに4000万ドルを費やした。これはその年のUFCの売上の9%、経費全体の11%にあたっていた。
子会社
Oneグループの2020年の財務諸表には、新たに2つの子会社が記載された。米国デラウェア州のOne Championship, Inc.と、フィリピンのGroup One Martial Arts Philippines, Inc.である。またOne Championshipは、One Championship, Inc.には2億ドル、Group One Martial Arts Philippines, Inc.には1,021ドルの株式資本を出資している。
前述のとおり、One Championship, Inc.は書面上、Oneグループの格闘スポーツに関する知的財産権の購入として、4億ドルの支払いを行ったことになっている。
One Championshipはまた、2020年3月に現金2,449ドルを支払い、タイに拠点を置くOne Championship Ltdの株式を51%を追加取得した。これにより、Oneは同子会社を100%所有することになった。
パンデミックの影響で、一部の子会社の売上が減少しており、One EsportsとOne Championship Ltd.はともに減収となった。
その他注記事項、元役員との訴訟合戦
今回の財務諸表からは、ONE Championshipの役員変更、ケイマン諸島への移転、元従業員に対する法的措置についての記載もある。
8月5日にシンガポール会計企業規制庁(ACRA)に提出された書類によると、財務担当上級副社長のWei Jin Sohが退任し、最高財務責任者にJesley Chuaが就任している。
8月6日、米国証券取引委員会(SEC)は、SECの規制下でOneグループがケイマン諸島に法人を設立したことを発表した。これはOneが株式上場もしくはSPAC(特別買収目的会社)の準備をしていることを示唆している。もし、Oneグループがシンガポールからケイマン諸島に登記を移したとすれば、ACRAを通じた財務内容の公開は今後は行われなくなる。
2020年9月14日、Oneは、元広報担当副社長で、現PFL広報担当上級副社長のローレン・マックに対して、競業避止義務違反と知的財産の窃盗を訴え法的手続きを開始した。
クラーク郡の記録によると、マック側もONE Championshipとチャトリ・トリスリピサル(シットヨートン)CEOを相手取り、契約違反、誠実・公正義務違反、契約関係の不当利得・変更・不法妨害、1871年市民権法違反の反訴を起こしている。
資金調達
ONE Championshipはこれまで、資金調達面では大きな成功を収めてきている。2021年1月1日現在、Oneグループは累計で2億7600万ドルを調達した。
そして、調達した資金をきれいに使い切ることもうまい。Oneは今年に入ってから、2億7300万ドルの累積損失を計上した。つまり、集めたカネをほとんど使ってしまったのだ。現在の事業運営は、転換社債で調達した7200万ドルでほぼまかなっているようだ。
2020年12月31日現在、グループは8900万ドルの現金と定期預金を保有していると報告している。
グループが発行している償還可能な転換社債は、2020年6月5日時点で約72,461,403ドル相当であり、その内訳は55,739,605ドルと16,721,798ドルがそれぞれ、転換社債とワラントの公正価値であるとされる。2020年の財務諸表によると、ONEの取締役であるSaurabh Kumar Mittalが、1400万シンガポールドル相当の転換社債を購入している。
この債券の償還期限は2025年6月5日で、「今後7500万ドル以上の資金を調達でき、その8割以上が信頼できる機関投資家から調達できた」場合には株式に転換されることとなっているが、この額は一部の株主の承認により引き下げられる可能性もある。今年に入ってから、この条件を満たすような新たな資金調達について、One Championshipからは何の発表もない。株式転換が行われるまでは、転換社債の元金に対して年利15%の利率で利息が発生する。
残りの現金が減っていく中、新たな資本注入か、売上と利益の急激な増加のいずれかがない場合、ONE Championshipはいつまで持ちこたえられるのであろうか。過去3年間で、ONE Championshipは2億ドル以上の累積損失を出している。つまり1年間で7000万ドル近くを燃やしていることになる。このままでは、2022年の初めには、ONE Championshipは残りの資金を使い果たすと予想される。
ONE Championshipは、株式上場またはSPACの可能性を探っているとされる。これは追加の資本を調達するのに役立つだろうが、上場がうまくいくかどうかは、Oneの視聴率やエンゲージメント指標を実際の売上につなげることができるかどうかにかかっている (Oneのエンゲージメント指標は複数の関係者が疑問視している)。(訳注1)
Oneのエンゲージメント指標を収益化できると確信しているのは人間の一人が、CEOのシットヨートンだ。彼は昨年12月にSportsPro Asiaに次のように語っている。
ONE Championshipは2021年10月に、会社設立10周年を迎えた。おそらく2021年は、ようやく連結で赤字を脱する年になることだろう。
Bloody ElbowはONE Championshipにコンタクトして質問しているが、これまでのところ回答はない。
(訳注1)2021年6月、ニールセンは、One Championshipは視聴者数とエンゲージメントの面で、世界のスポーツ団体のトップ10に入っていると発表した。
(訳注2)2021年12月23日、Oneは、カタールのソブリンファンドQatar Investment Authority、およびGuggenheim Investmentsから合計1億5000万ドルの資金調達を行ったと発表した。(出所)BusinessTimes
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