UFC社長も注目の根性世界一決定戦 ロシアの張り手選手権に夢中
ロシアで開催されている『Russian Slapping Championships』 (ロシア・スラッピング(張り手)チャンピオンシップ)の人気がSNSを通じて広がっている。
昨年12月、UFCプレシデントのデイナ・ホワイトが自らのTwitterでその動画を拡散したことで、世界的な注目が格段に高まった。
These guys SLAP the SHIT out of each other!!! The guy in the red is the Champ “Dumpling” and he just lost for the first time. I’m thinking about these guys on @UFCFightPass what do you think? pic.twitter.com/YssJHrwFLm
— danawhite (@danawhite) December 13, 2019
2人の男が向かい合って、交互にガチ張り手を張り合うだけの単純な競技ではあるが、その魅力は動画を見れば一目瞭然。大きく歪(ゆが)む表情、骨身に響く打撃音、そして戦慄の一撃KOシーンも飛び出すなど、分かりやすさは満点だ。
2019年3月の「シベリア電力祭り」で行われた第1回大会で優勝、優勝賞金たった3万ルーブル(約4万5千円)を獲得、動画がバズって一躍時の人となったのは、ニックネーム”The Dumpling(ダンプリング。団子、ギョウザの意)”ことバシリー・カモツキー(Vasily Khamotskiy)。次の動画ではブルーのセーターを着た300パウンドの巨漢男だ。
この大会の盛り上がりにいち早く目をつけ、参戦を表明したのが、あのお騒がせユーチューバー、ローガン・ポールだった。ポールは5月大会で王者ダンプリングと対戦予定だったが、試合直前になって欠場を発表している。理由は「練習中に予期せぬ出来事が起きたため」だとし、次のような動画を公開した。
— Logan Paul (@LoganPaul) May 22, 2019
プロボクシング戦の経験もあるポールにKOされた男性が危険な状態に陥り、大会参加どころではなくなった、とも読み取れる動画ではあるが、この動画の真贋はいまだに不明なままだ。あくまで筆者の推測だが、勢いよく参戦表明したのはいいもののの、あまりのファイトマネーの低さにびっくりしたというところではないだろうか。結局5月大会でダンプリングは代打出場のBazooka Armsなるボディビルダーと対戦、鮮やかなワンパンKOを飾っている。
12月大会では王者ダンプリングがKO負けするという番狂わせもあった。冒頭のデイナ・ホワイトのTwitterがこの時の試合で、赤のTシャツがダンプリングである。
初のKO負けにダンプリングは、「なかなかのフックだった。少しの間眠ってしまったよ」としながらも、「あれは張り手といえるのかな。パンチのようにも感じたけれど」と反則疑惑を示唆している。
ダンプリングの本職は農業。もともと重量挙げを観戦するのが好きで、地元で開催されたストロングマンコンテストを見に行ったところ、知人から張り手選手権への参戦を誘われたのがきっかけだったという。
「オレのノックアウトシーンはYouTubeでものすごく見られているんだ」とダンプリングは語っている。「コメント欄には、こいつらアホじゃないかとか、何のためにやっているんだ、なんて書いてある。でもこれだけ見られているということは、必要性があるということじゃないのかな。大勢の人が、ネガティブなコメントを書きながら、ずっと見ているんだ」
シベリア電力ショーの仕掛け人は、張り手選手権のアイデア自体はアメリカからヒントを得ているとしている。「Ink Masters」というタトゥーマニア向けのイベントで行われていた「Slap Off」という催し物がそれだ。
2020年3月大会でダンプリングに挑んだのは、ブラジルの巨漢Wágner da Conceição Martins選手。この名前にピンと来ない人も、日本の格闘技イベントPRIDE参戦歴があり、エメリヤーエンコ・ヒョードルやアントニオ・ホドリゴ・ノゲイラとも対戦したあのズールーその人であるといえばお分かりいただけるだろう。
なぜかロシアの監獄で行われたこの試合、両者はそれぞれ5発ずつの張り手を繰り出し、お互いに耐えきり、試合結果はドローとなった。優勝賞金15万ルーブル(約23万円弱)は両者で折半したのだという。
長年のプロレス・格闘技ファンである筆者は、もっと高度でもっと激しくもっと演出の効いた殴り合いのシーンをこれまでに山ほど見てきた。それでも、この単純明快なスラッピングチャンピオンシップの動画に、何かしら心を奪われてしまう。特に、「フルパワーでガチンコの一撃が来ると分かっていて、それを耐える」という光景は、間違いなくこれまでファイトスポーツでは見られなかったものだ。見事に耐えきって生き残った男には、神々しさが宿る。それでも耐えられずにノックアウトされてしまう男からは、現実の厳しさを思い知らされる。
「こんな下らないことを・・・」と批判する人がいることも含めて、やはりファイトスポーツは、人生のメタファーなのであり、見る側(かわ)の咀嚼(そしゃく)力を問うてくる。「フルパワーでガチンコの一撃が来ると分かっていて、それに耐えた」的な経験がある人だけに、やさしくじわりと染み入ってくるような、理屈ではない味わいがあるのだ。
2019年12月にはアメリカにも張り手選手権団体『Slap Fight Championship』が旗揚げ、他方ロシアで今年初めには、なんと女性選手による大会、「Booty Slapping」(お尻ペンペン)トーナメントも開始されるなど(転んだりバランスを崩したら負けなのだそうだ)、根性比べの輪はあなたが思っている以上に、世界に広がりつつある。