AJマッキー「僕はMMAに、父親のリベンジをしているんだよ」

1年半ぶりのベラトールの有観客大会、ベラトール263(2021年8月1日開催)で行われたフェザー級グランプリ決勝戦で現フェザー級王者を下しGPを制したのは、AJマッキー(26)だった。デビュー以来6年間で重ねたMMA戦績は18勝0敗(ベラトールでの戦績も18勝0敗)、うち13勝はフィニッシュ勝利。まさにベラトール生え抜きのスターが誕生した瞬間だった。

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流浪の地味強ファイター、父親アントニオ・マッキー

AJの父親にしてコーチのアントニオ・マッキー(51)もまた、2003年4月から2010年9月までの期間で14連勝(1引き分け)という連勝街道をひた走った猛者である。MMA創成期から自らプロファイターとしてのキャリアを積む一方、ランページ・ジャクソン、チャック・リデル、ランディ・クートゥアらの指導もしていたキングメーカーだ。通算戦績は30勝6敗2分けである。

ただ息子と大きく違う点もある。まず、ベラトール一筋の息子とは対照的に、親父(おやじ)はキャリアを通して実に22団体に出場するという、本拠地を持たない流浪のファイターだった。また、派手なフィニッシャーとして人気者の息子に対し、相手を塩漬けにして判定勝ちをもぎ取る親父のファイトスタイルは、ファンに受けていたとはとてもいえなかった。

プロモーターから好かれた選手でもなかった。アントニオは、MMAはリスクばかり高くて、ファイトマネーは安いビジネスだと広言した。選手用の年金はないのか、プロモーターはどれほどピンはねをしているのか、プロモーター側がいつでも破棄できるような契約書で、自分の様々な権利を放棄しなければならないのはなぜなのかなど、選手としての権利をはっきりと主張した。

アントニオはまた、「ショーン・シャークやマット・ヒューズを見なさい。私と同じことをしている白人だ。どこが違うというんだ?」と語り、肌の色が自分の出世を妨げている、プロモーターは黒人には悪役をやらせようとする、と不満をあらわにした。

抜群の戦績にもかかわらず、アントニオにはUFCからなかなか声がかからなかった。2011年にようやくUFCと4試合契約を得たが、ジェイコブ・ヴォルクマンに僅差のスプリット判定負けを喫したわずか1試合だけで、あっさりリリースされてしまう。

そんな不遇なキャリアを過ごしたアントニオだからこそ、息子が同じMMAの道に入ることには大反対で、「この仕事は黒人が成功できるようになっていない」と何度も言い聞かせた。アントニオは息子を、警察官にしたかったのだという。

「ちゃんと福利厚生と年金のある仕事がいい。私はずっと個人事業主だった。個人事業主が怖いところは、健康保険を払えなくなったり、年金の用意ができないことなんだ。そうしたことは55歳とか60歳にならないとなかなか気が付かない」

どうしてうちはお金持ちでないの?

父親の連勝記録が始まった頃、AJはまだ7歳だった。AJは、子供の頃から父親のジムに入り浸り、ランページやリデルと並んで練習をし、スパーリングで父親がスーパースターたちをぶちのめしているのを見ているうちに、格闘技こそが自分の生きる道だと心に思い定めるようになった。

AJは高校生の頃には、学校の便所で定期的に試合をしていた。同級生の仕切り屋が試合を組み、許された者だけが賭けをしながら試合を観戦していたのだという。AJも最大で100ドルのファイトマネーを受け取っていた。便所の前にはアメフト部の大男をバウンサーに立たせるという念の入れ方だった。

父親もそれくらいのことならまだ許容していたのだが、ある時ティーンエイジャーのAJが、ロサンゼルスのギャング団、Crispのメンバーとけんかをして、ぶちのめしてしまった。「体重60キロの息子が、大人をKOしてしまったんだ」とアントニオは振り返る。ギャングが仕返しで息子を殺そうとしているとの計画を耳にした親父は、「ああ、これはもう収拾がつかなくなったと」思った。

「AJはケージの中では自制心が働くみたいなんだ。もう格闘技をやらせるしか選択肢が残っていなかった」

ある日AJはランページの宮殿のような自宅に遊びに行った。プールには滝が落ち、大きなガレージにはスポーツカーが所狭しと並べられていた。AJは父親に、「どうしてうちにはプールやスポーツカーがないの?」と何度も尋ねた。そのたびに父親は少し傷付きながら、「息子よ、私は少し、やり方を間違えたのかもしれないな」と言って聞かせた。

AJは父親を責めていたのではなかった。「本来は親父もこんな暮らしができるはずなんだ、だから親父は僕に格闘技をやめさせようとしているんだ、と思った。でも僕は、だからこそ格闘技をやろう、と思うようになったんだ。親父は8年間無敗だったんだよ。なのに全く認知されていない。僕は親父のリベンジをしているんだ」

AJは今回のピットブル戦でベラトールとの契約を満了したが、王者となったことでチャンピオンシップ条項が適用され、自動的に3試合分の契約が延長された。ただし新しい契約条件についての交渉はこれからなのだという。

「ベラトールと新しい契約が締結できることになると思う。ここでやりたいことはまだある。ただ、正当な評価を示してほしい」

戦いの場をUFCに移すことも「ファイターとしては避けられない」ことだと語るマッキーだが、それが具体的に「6か月後なのか6年後なのか」はわからないという。「急ぐことはないさ。やっとベルトを取って、まだ防衛もしていない。2本目のベルトも狙いたいしね。正直フェザー級に刺激的な相手はいないと思っている。2階級制覇はずっと昔からの夢だった。次はそこを目指したいんだ」と、ピットブルの持つライト級タイトルへの挑戦に興味を示している。

グランプリの優勝賞金100万ドルでは、「ポルシェを買おうと思っている。911 GT2 RSが僕のことを呼んでいるんだ」と語るAJ。親子鷹のリベンジはまだ始まったばかりだ。

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