現代文の読み方、解き方、教え方③ 蟻の目と鳥の目で読んでいく。
文章を読む時には、いつも二つの目で読んでほしい。
一つはもちろん、いま自分が読んでいる箇所をしっかり素直に受け取っていく読み方だ。蟻の目で、文章を一字一句違えずに読むこと。ぼんやりした理解しかない語があったら、すかさず辞書を引いて確認するような丁寧な読み方だ。
自分は国語が苦手だから、と思い込んでいる人は、ここに少し時間を使うといい。自分がいい加減にしか理解していない語を、辞書で調べて、メモ帳に書き写す。これは、本当は大人にもやってもらいたいこと。語義を自分風に使っている人がよくいるのだ。テレビやラジオでも。聞いている方が、もじもじ恥ずかしくなる。面倒くさいことだけど、これは自分の財産になるから是非やってみるといい。
自分は国語得意だから、と思い込んでいる人にも、上のボキャブラ・ノートは有効だ。でも、なかなかそんなことはできない。だって「知っている」って思い込んでいるから。それとは別に、得意な人にありがちなミスがある。それは、目の前の文章を飛ばして読んでしまうことだ。読み慣れた人は、すぐに自分に都合の悪い語を読み飛ばす。いや、読んではいるのだが、理解の要所からその語を外したりする。「一字一句違えずに読む」ことは、むしろ国語が得意な人の方にとって難しいのだ。気をつけて欲しい。
さて、もう一つの目は、いま見ている部分が全体のどの位置にあたるのかを把握しながら読んでいく読み方だ。こちらは鳥の目、鳥瞰だね。全体を俯瞰的に見て、いまの自分のポジションを確認していく目。
論理的文章であれば、冒頭部分を読みながら、これは導入・全体の問題提起・冒頭に結論がある、などと考えながら読む。
文学的文章であれば、場面の設定、人物説明、情景描写、などの場面ということになるだろう。
これが馬鹿にならない。品のない話だが、点数に直結するのだ。
あとで詳しく説明するが、論理的文章は「問題提起(話題の提示)」「論述・論考」「まとめ」のパッケージの組み合わせでできている。大学入試問題であれば、課題文のなかで、この三点セットがだいたい三回繰り返される。そして「問題提起(話題の提示)」の部分に問があれば、答えは「まとめ」部に、「まとめ」の部分に傍線があれば、「論述・論考」部の要約が解答、「論述・論考」部分に問があれば、解答はその中にしかないのだ。
もちろん、これは一般的な場合で、問の形によってさまざまな例外もあるが、一般を知っておくだけでも充分有効だ。
問の位地によって、だいたいの解答のありかが分かるわけだから。
文章を読む時は、蟻の目と鳥の目で同時に読んでいく。頭の中には、いつもその二つが同時にある状態に慣れていってもらいたい。
最初は戸惑うかもしれないが、特別なことではない。慣れたら意外に普通にできてしまう。
次回は、その二つの目で文章をどう読んでいくかについて説明しようと思っている。