気まぐれ小説『雨降りケロちゃん』
子供の頃、雨の日に晴れを探して冒険に出たことがある。
あの頃の私は、近所で誰かが悲しい思いをしているから、雨が降るのだと思っていた。
悲しんでいる人を助けたら雨はやむのだと、本気でそう信じていた。
雨の日はお気に入りの黄色い長靴と、カエルの目がついた傘をさして、悲しんでいる人がいないかパトロールした。
そんな事を数ヶ月続けていると私は近所で有名になった。
『雨降りケロちゃん』近所の人からそう呼ばれるようになっていた。
雨の日に、カエルの傘をさして「悲しんでいる人はいないですか?」と聞いて回るのだから、有名になっても仕方がない。
ましてや、あの頃は、インターネットもケータイもない、口コミだけのご近所付き合い、噂はあっという間に広まって、みんな私を見るたび「ケロちゃんおはよー」だの「ケロちゃん元気?」だの挨拶をしてくるようになった。
シンシンと雨が降り続く中、今日もお気に入りの長靴と傘でパトロール開始
家の前の道路を真っ直ぐ進んで、突き当りを右に曲がる。
そこをさらにまっすぐ進むと私の通う小学校の裏門が見えてくる。
小学校の裏門につくと、今度は学校の周りをくるりと一周。
そしてまた、来た道を戻ってパトロール終了という流れだ。
パトロールの出発時刻は決まって午前6時
何分頃に私が通るのかを把握しているご近所の人たちは、窓からひょっこり顔を出して私に挨拶をしてくれた。
いつしかそれが楽しみになっていた私は、晴れを探す冒険という目的を忘れ、ただただ雨の日のパトロールを楽しむのだった。
何事もなくパトロールを終えようとしていた時、めったに車の通らない道に大型のトラックが入ってきた。
端によりトラックが通過するのを待った。
ちょうどトラックが私を横目に見る時
カエルの傘とトラックが接触、トラックに付いている突起物に傘が引っかかってしまい「ビリッ」と音を立てて傘が破れた。
お気に入りのカエルの傘が……
ショックのあまりその場にしゃがみ大声で泣いてしまった。
近所のおばさんが「何事か!?」と家から飛び出してくる。
ゆっくりと事情を聞いたおばさんが、家まで送り届けてくれた。
明日もし……雨が降っても、もうカエルの傘はない……
私はご近所で有名な『ケロちゃん』ではなくなったのだ……
これまでは雨が降ることを楽しみにしていたが、傘を失った私は、雨が嫌いになった。
しかし、私を嘲笑うかのように雨は降った。
普通の傘でパトロールに出かけるが、以前までの楽しさはない。
ただの義務感、行かないとみんなが心配するから、ただそれだけの理由でパトロールに出かけた。
いつものようにルンルンと歩くのではなく、今日はトボトボと歩いた。
カエルの傘を失った現場に差し掛かる。
下を向き、見ないようにする。
現場を通り過ぎるその時「ケロちゃん」と呼び止められた。
誰だろう? そう思って顔を上げると家まで送り届けてくれたおばさんがニコニコしながら「おはよう」と挨拶をしてくれた。
下を向いたまま「おはよう」とすねたような声で返す。
そんな私に対して「おやおや……今日はケロちゃんがゲロちゃんになっちゃったのかな? あっ! そっか、これがないからだ!」と傘を差し出してきた。
見覚えのある傘、間違いない! 間違えるわけがない! これはお気に入りのカエルの傘だ!
しかし、どうして?
わからないといった顔で傘を見つめているとおばさんが説明してくれた。
「ケロちゃんはいつも雨で憂鬱な朝に、晴れの笑顔を運んでくれているからね。その傘は、私達ご近所のみんなで探して、ケロちゃんに差し上げるために買ってきたんだよ。無理にとは言わないけど、これからも私達に晴れの笑顔を運んできてくれるとうれしいな」
言い終わると一度ニコッとして、私の返事を待つ
私は知らずしらずのうちに、ご近所に晴れの笑顔を届けていたんだ!
その事実がとてもうれしくて、おばさんをまっすぐ見つめながら「もちろん! 雨が降るたび、ケロちゃんがみんなに晴れの笑顔をお届けするね!」そう言いながらカエルの傘をボフッと広げてルンルン気分でパトロールを再開した。