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サードアイⅡ・グラウンディング ep.21「画才」

 母を病院に連れていき事情を説明するとそのまま検査入院となったので、俺はとりあえず実家に戻って着替えやらIDやらを探してかばんに詰め込んだ。テーブルの上にはガーデの置き書きがあり、タケルを連れてマンションに戻っているとのことだった。
 今日の検査が終わり、母親はしばらく入院することになった。母親に入院中のタケルの面倒はこっちでみるからと言うと、迷惑をかけて申し訳ないと何度も詫びてきた。俺の母ちゃんはこんなに頑なだったっけ。以前はもっとおおらかだった気がするのだがと思いながら、
「あのな、オレも色々と学んできて、それで言えることは、人は迷惑をかけ合っていくしかないんだってこと。それをお互い様っていうんだ。全く迷惑をかけない奴って、もうそれ、人間じゃないから」
と言うと、母親は少し微笑んだ。そして目を細めて申し訳なさげに、ありがとうございます、とだけ言った。

 ガーデのマンションに着いたときには、すっかり夜になっていた。タケルはどうしているだろうと思いながらリビングのドアを開けると、ガーデと一緒に絵の具まみれになって楽しそうに遊んでいた。敷き詰められたビニールシートは元の色がわからないほどカラフルに絵具が飛び散っている。俺に気づいたタケルは大きく手をあげて、
「OM!あのね、ガーデがさ、俺の絵を見てすごいって。で、もっと大きいのを描こうってなってさ」と、誇らしげに叫んだ。こんなにも溌剌とした弟を見たのは生まれて初めてだった。
「オーエン見てよ、これ!タケルは天才画家かもね」と、ガーデも屈託なく笑う。なるほど、なかなか大胆な構図の絵だった。確かにタケルには画才があるのかもしれない。
「はい、じゃあ、タケル画伯、今日はこの辺にして、また明日も描いてくれますか?」
「うん、描こう、描こう!楽しい」といってタケルは小躍りしている。
「オーエン、冷蔵庫に食事が何かしらあるはずだから、温めておいてくれない?」と言ってガーデはタケルと楽しそうに後片付けを始める。タケルが俺以外にここまで懐くとは、やはり彼は只者じゃないなと思っていると、二人して服を脱ぎ捨ててパンツ一丁でバスルームに駆け込んでいった。まったく、あいつら、すっかり打ち解けてやがる。
 三人で食卓を囲むのは何だか不思議な感じだった。タケルは久しぶりにまともな食事にありつけたとみえて、がっつきながらうまそうに食べている。その様子を楽しげに眺めるガーデの隣で、俺は病院でのあれこれに疲れて食欲もなく、酒のつまみを口に運んでいた。
 タケルはあらかた食べ終えると、はしゃぎながら絵の話をし始めた。よほどガーデとの共作が楽しかったとみえる。
「俺ね、こんなにたくさん絵具を使ったの初めてじゃん!まだ目の奥がカラフルにチカチカしているんだ」と、目を寄せながら頭をふっておどけて見せる。ガーデは爆笑して手を叩いていたが、何を思ったのか唐突に、
「あ!いいこと考えついたよ!あのね、タケルの学校で、みんなで大きな絵を描いてもらうってのはどうかな?タケル画伯の腕の見せ所ってやつだ」と目を輝かせた。それを聞いてタケルは表情を曇らせて、
「無理だよ。だれも俺のこと、画伯だなんて言わないし」
とうつむいてしまった。しかしガーデはそんな様子におかまいなく、自分の閃きを譲らない。
「そんなのやってみないとわからないよ!ボクもタケルの学校に行ってみたいし。ね、いいだろ?絵を描くだけなんだからさ」
 タケルはガーデの熱意に押されたのか、暗い表情のまま曖昧に頷いてみせる。俺はそんな弟の様子を見て胸が苦しくなった。すぐにもめ事をおこす問題児とされているタケルには長いこと友達がいなかった。いつもひとりぼっちで放課後もすぐに帰ってきては家族にだけ心開いていたのだが、その最後の頼みである母親も入院となってしまったのだ。
 俺はタケルがパニックにならないように慎重に言葉を選びながら、
「かあちゃんは、まだ検査の途中だけど、命に別状はないってさ。でも、しばらくは入院だ。タケル、その間オレたちと一緒に暮らすことになるが大丈夫か?」と尋ねた。
 タケルは一瞬顔を引きつらせたが、思い直したのかこくりと頷くと、
「わかった。じゃあ俺は、今からガーデと一緒に寝る!」と吹っ切るように言った。
 ガーデは指を鳴らして立ち上がると、「オッケー。では、特別な部屋に案内しよう」と、タケルの手を取り、あの天蓋付きの広いベッドルームへと向かっていった。


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