サードアイ ep 20 再会
音楽祭が終わると、次は百名ほどの要人たちの食事会へと移った。ここにはブルーノやステファンたちの一般研究員たちはいなくて、俺は特別ゲストとして招待されたようだった。
国王は数名の貴族たちに囲まれて一段高いと奥まったテーブルに座っている。その近くでは、ゆるやかにピアノの演奏が行われていた。これもまた、素人の俺が聞いても心に響く音色だった。こんな中で食事ができるとは、なんという贅沢なんだろう。ヒノエが招待してくれたことにも、テーブルマナーを教えてくれたことにも、深く感謝した。
しばらくすると、クロエが会場に入ってきた。拍手で迎えようと皆が立ち上がる。クロエはドレスの裾を持ち上げて可憐に会釈をした。皆の注目を浴びて気恥ずかしそうだが、それでも高揚しているのがわかる。
会食が進んでいく中、クロエが俺達のテーブルに挨拶に回ってきた。まずはヒノエに感謝の意を述べた。ヒノエはクロエを絶賛して、完全復帰を喜んで祝った。
次に、クロエは俺のそばにやってきた。俺達は初めて言葉を交わすこととなった。クロエは驚くほど小さな、それでいて澄んだ声で、聴きに来てくれたことへの礼を述べた。
俺は、こういう時に何といえばいいのか、返す言葉をすっかり失なってしまっていた。「素晴らしかった」などとは、おこがましくて言えないし、「聴けて良かった」というのも違うだろう。もごもごと口ごもっていると、クロエはクスっと笑った。そして、「あなたのおかげです」と、膝を折って両手を合わせ「ありがとう」と言って微笑んだ。
俺は、その仕草と声に、何とも言えない切ない気持ちになった。あまりにも透明なクロエのオーラは、近づきたいけれども近づきがたいような、決して侵してはならない神聖さがあった。初めて会ったときには、確かもう少し、押しに弱い感じだったはずなのに、今は、謙虚さの中に、生き生きとした躍動を感じる。声が戻って自信も取り戻せたのだろう。本当に良かった。
食事会では、ヒノエのテーブルのところには多くの人たちが入れ替わりに挨拶に来た。その中に、さっきのダンサーチームのセンターもいて、しっかりとヒノエに取り入っていた。ヒノエは社交辞令的にではあったが、今日のダンスを褒めて、労をねぎらっていた。
「嬉しい!ヒノエ様にそうおっしゃっていただけると、私、天にも昇る気持ちになりますわ。これからもレッスンに励んで、ゆくゆくは王宮専属のダンサーになれるよう精進しますゆえ、引き続き応援してくださいませ」
ヒノエは満足そうに微笑んで、
「そうね、世界各国から選りすぐりのダンサーチームのリーダーですもの。大いに期待していますよ、ミュシカ」と答えると、こっちを振り返り、何か含みのある顔で俺を見た。
「そうそう、こちらは、人の能力を見極める力があるの。オーエン、よかったら見てさしあげたら」
その踊り子は、俺のほうに歩み寄り、値踏みでもするかのように一瞥した。そして、お手並み拝見といった態度で挑発的な目をして笑った。
「オーエン様、どうかお手柔らかにお願いしますわ」
俺は、一瞬、言葉に迷った。こいつに何か言ったところで素直に響くのだろうか。ヒノエとの会話からすると、この星の人間じゃなく、三次元の世界から来ているんだろう。でなければ、あんなに我が強く出るはずがない。そもそもトップダンサーなんてものは向上心むき出しのエゴの塊でないと務まらないのかもしれない。
「どうなりたい?」と、ぶっきらぼうに尋ねると、女は待ってましたと言わんばかりに早口でまくし立てた。
「クロエ様のお歌と並ぶようなダンスを目指してますの。国王様にクロエ様のお歌がなければ音楽祭を開かないとまで言わしめるように、私もダンスで国王様の御おぼえを頂戴したいのです」
「クロエと同じ?そいつは無理だな」
「あら、手厳しきこと。どうしてそうお思いになられましたの?」
「君はクロエではないからだよ。君には君の個性がある」
女は、そんなのわかっているというように、続けざまに質問してきた。
「では、クロエ様のようにとは申さずに、王宮付けのトップダンサーになるにはどうしたらよろしくて?」
「うまく言えねぇけど、まぁ、自分が踊るってのをやめて、何かに踊らされてるって感覚をつかむってこと、かな。自分がよく映りてぇとか、目立ちてぇとか、そういうのを脇に置いてな」
女は明らかに不服そうな顔をしていたが、ヒノエの手前、おおっぴらに抗議もできずに、とんがった口を元に戻して短く礼を言うと、そそくさと次のテーブルに移っていった。
彼女が行ってしまってから、俺はヒノエに小声で聞いた。
「めずらしく口のきき方をとやかく言わなかったな」
「ストレートに物を言ってもいい場合もあるってことよ」と、ヒノエは楽しそうに笑った。
「それはそうと、あなた、気が付かなかったの?あの娘は、例の、あっちの世界の有名なダンサー。あなたが三次元から飛んで連れてきた魂の持ち主よ」
まったく気づかなかった。あのときの彼女はロッキングチェアーに揺られて目を閉じていたからか。言われてみれば、確かにそうなのかもしれない。
「クリアリングが済んでるっていっても、あの程度か。先が思いやられるな」
「ふふふ。そうね。一度、クリーニングの旅に出たほうが良さそうね」
そう言って笑っているヒノエのもとに、黒服を着た恰幅のいい男が近づいてきて耳元で何かを告げた。ヒノエは短く「承知」というと、俺に向かって、
「王からのお呼びよ。いいこと、くれぐれも失礼のないように」と言って、席を立った。