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サードアイⅡ・グラウンディング ep.20「母親との再会」

 それから数日間は、起床後にガーデとジムで軽く運動してから、できたての朝食を共にした。彼が仕事をしているときは、俺は街に出かけて美術館や図書館に行ったりした。
 再びガーデの催眠療法を受けた際は、今度は朗らかに家族を守る母親の役割を担っていた。夫婦関係や親子間の衝突など、日々あれこれとあったが、身近な人たちの笑顔と健康のために身を尽くすのは意外と性に合っていて、取るに足らない日常にささやかな誇りを感じていた。
 そんな日々の中、俺は弟のタケルとの約束がずっと心に引っかかっていた。このままだとタケルの兄、ゴージを連れて帰ることは難しそうだった。そのことをガーデに話すと、とりあえずタケルに会いに行こうとなり、二人で電車を乗り継いでタケルの住む町へと向かった。
 相変わらずの古い平屋の実家に着くとドアが半分開いており、声をかけると中からタケルが慌てて出てきた。俺を見て、「うわ!OMじゃん!」と言って子犬のように飛びついてきた。
「来てくれたんだね、OM、OM!」と俺の周りを回り出す。
「元気だったか?」と問うと、
「うん!俺は元気なんだけどよぉ、かあちゃんが、寝込んじまって」と表情を曇らせた。そしてガーデに気づくと俺の後ろにかくれて「この人、だれ」と訝しんだ。
「こちらも兄さんの知り合いなんだよ」と説明したが、照れくさそうにして家の中に戻っていってしまった。
「とにかく、中に入らせてもらうよ」と声をかけて家にあがりこむ。台所の隣の部屋に布団が敷かれていて、そこに母が伏せていた。久しぶりに会う母はすっかりやせ衰えていた。
「兄ちゃんの友達が来てくれたよ」
 母親は半身を起こして、「ああ、ゴージの。お世話になっております」と弱々しく言う。部屋を見まわすと、壁や仕切りにたくさんの穴やへこみがある。タケルが暴れたときにできたものだろうか。あるいは、荒れていたというゴージの仕業かもしれない。
「ちょっと失礼します」と言って、ガーデが母親の脈を取り、手でスキャンするようにしばらく何かを探っていたが、病院に行った方がいいと言いだした。母親は、大丈夫ですと慌てて断った。
「いや、これはちゃんと診てもらったほうがいい」といって、ガーデが取り出した携帯電話を母は手で押さえて、
「ご迷惑をおかけしてしまって。ほんとうに、大丈夫ですから」と頼み込むように断ってきた。ガーデはそれでも食い下がって、
「治療費のことはご心配なく。ゴージが何とでもしますよ」と安心させようとするも、
「いいえ、息子は今ようやく自分の仕事が見つかったところですから、迷惑をかけたくないのです」と言って譲らない。
 ガーデは困り果てて俺のほうをみた。今度は俺が母親を説得する番だ。
「誰も迷惑だなんて思わないよ。タケルのためにも健康にならないと」
「すみません、ご心配かけてしまって。でも寝てればじきに治りますから」
 何を言ってもらちが明かないので困っていると、タケルが母親に縋りつくようにして説き伏せる。
「かあちゃん、実はOMはね、宇宙人なんだよ。宇宙から俺たちを救いにやってきたんだ。だから頼って病院に連れて行ってもらおうよ」
 母親は困惑した顔で俺を見上げた。俺もどう説明しようかと戸惑っていると、徐々にタケルの息が荒くなり、例の発作が起こりかけた。
 タケルを母親から引き離そうとすると、わあっと叫んで力いっぱい俺の手首を掴んでいた。「タケル、大丈夫だから、一旦落ち着け」と言うこっちの声もうわずっている。タケルの爪が皮膚に食い込む。目も据わって息もますます荒くなってきた。やばい、このままだと暴れ出してしまう。
 突然、ガーデがタケルを後ろから静かに抱きしめた。呼吸を合わせながらタケルの手を優しく撫でる。すると、徐々にタケルの力が緩んでくる。興奮して赤くなった顔色も引き、荒かった呼吸も戻り始めた。信じられない、こんなことがあるなんてと呆然と成り行きを眺める。ガーデはタケルが落ち着くのを見てとると、一呼吸おいて優しく話しかけた。
「そうだね、不安だね。大事な人がいなくなっちゃうって」
 そう言いながら優しく頭を撫ではじめた。
「でもね、大丈夫なんだよ。ほら、砂時計ってあるじゃない?」
「砂時計?」
「うん。あれって、上のほうのお砂が勢いよく落ちていってさ、なくなっちゃうって、寂しくなるよね。でもね、ほら、下の三角のところに溜まっていくでしょ?ね、だから、なくならないんだ」
「え?なくならないの?」
「うん、全てのものは、こっちからあっちへと移動しているだけなんだよ。上の三角のお部屋だけ見ていると、確かになくなっていくんだけど、ちょっと離れて、砂時計の全体を見てみてごらん」
 タケルは首をもたげてイメージの砂時計を見た。
「ほらね。大丈夫なのさ」と、ガーデは優しく微笑みかけた。タケルは安心した様子でガーデに身を任せて、完全に元に戻っていた。
 ガーデは母親のほうに向きなおると、
「ね、自分を大事にしないと、誰のことも守れないよ。まずは自分のこと。さあ、病院に行こう」
 再度そういって促したが、それでも母親は躊躇している。見かねて俺は彼女を抱きかかえた。ガーデに「悪いが、タケルを見ていてくれないか」と言い残し、そのまま大通りまで連れ出してタクシーを拾って町の大きな病院へと向かった。


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