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サードアイⅡ・グラウンディング ep.18「多生の縁」

 デスクチェアーをくるりと回転させて身を乗り出すと、ガーデは少年のように目を輝かせて聞いてきた。
「ところで、どうだった?過去世の旅は」
「ああ。とても感慨深い旅だった。人の一生の短縮版のような」
「うん、うん」
「色々な人たちと出会って影響されて、見え方もクリアになった気がする」
「そうなんだ。その人たちとはね、立場は違っても何度も関わり続けるんだよ。袖振り合うも多生の縁って、ね」
 手をひらひらとさせて話す彼を見ていたら、過去世で出会った美しい少年のことが思い出された。庭園を歩きながら大きく手を振り上げて夢を語る愛らしい姿が目に浮かぶ。それから、その希望に満ちた瞳が、敵の矢で射抜かれた記憶が蘇ってきた。しくりと心が痛んだ。
「どうかした?」
「いや、夢の中で、君によく似た青年がいてね。戦争で負傷したんだが」
 ガーデは何かを検索でもするかのように眼を泳がせていた。しばらくすると、あっ、と言って、
「そうそう、思い出した。戦場で目に矢が突き刺さったんだ」
「やっぱり、君だったのか」
「あれはびっくりするほど痛かった。でもね、ボクが前線に立たなかったら、大勢の部下の命が危なかったんだ。だから、眼ひとつの怪我ですんでよかったんだよ」
 俺はあの少年の気高い母親のことを想った。
「そうは言っても、お母さんは心を痛めただろうに」
「そうだね。泣きすぎて目がふやけていたな。自分が死ぬより辛いって。なんにせよ戦争ってのは酷だよ。もっとみんな、平和に譲りあったらいいのにって、いつも思う」
 そう真顔で話すガーデを見ていると、今世ではこの美しい青年に傷ひとつなくあって欲しいと切に思う。
 彼のような恵まれた容貌に人は単純に惹きつけられるのか。それとも、外見の美を司るその気概に人は憧れて夢想するのか。いずれにせよ、彼には何らかの美徳があることに変わりはなかった。

 ガーデがPCに向きなおって作業を再開したので、俺は近くにあった雑誌のページを手持無沙汰にめくっていた。そうしていると、「オーエン、コーヒー飲みたくない?」と聞かれたので、飲みたいと答えると、「じゃあ、淹れてくれる?」と言われて困惑した。
「は?キッチンの使い方がわからない」
「大丈夫だよ。どのキッチンも造りは似たり寄ったりなんだから。それにボク今、手が離せないんだ」
「何をしているんだい?」
「絵を描いているんだよ。今度、個展に出す絵をね」
「君は、絵も描くのか?」
「うん、趣味なんだ。でもボク、ほら、わりと売れっ子のモデルだから、絵も売れるんだよね」
「モデル?」
「そう。その表紙、見てみて。そこにボク写ってるから」
 表紙に戻ってみると、はたしてそこにはスーツ姿のガーデが水色の瞳を光らせていた。俺の知っているガーデよりもずっと大人びていて、人を射貫くような目をしている。
「ボクの描いた絵の売り上げは、経費を引いた残りをチャリティーに回すことになっているから、そういった意味でも、買ってくれる人が多いんだ」
「それは仕事なのか?」
「うーん、これは一種の、頼まれごとだね。もう展示用の大きいのは何枚か描きあげてあるから、あとは手頃に売れるのを何点か描けばいいのさ」
「個展はいつだい?」
「二か月後だよ。オーエン、みにきてくれるよね?」
「まだこの星にいたら、必ず行くよ」
「よし!じゃあ、張り切って仕上げちゃおう。なので、美味しいコーヒー、お願いしまーす」
 仕方がない。勝手がわからないなりにも、なんとかコーヒーメーカーをセットした。淹れたてのコーヒーを持っていくと、ガーデは一心不乱にスケッチブックに何か書きこんでいる。覗き込むと、不思議な線と円が絶妙なバランスで重なっていて、まるで宇宙を感じさせるような独特のセンスだった。
「これをソフトに取り込んで下地を着色するんだ。このパターンの色違いを何枚か作って、最後にペイントで重ねて完成さ」
 ありがとうとコーヒーを受け取ると、ガーデは香りを確かめて幸せそうに目を細めた。


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