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トランス女性の脳は女性の脳に似ているか

トランスジェンダーの性自認が「今だけ女!」的な口先だけのものではないことを主張するために、「トランス女性の脳構造はシスジェンダーの女性の脳構造に近いことが科学的に証明されています」のようなことをいう人がいます(1)。

それこそ「生物学的決定論」じゃないのかとも思いますが、性格の50%は遺伝子で決まっているというデータ(2)もあり、トランスジェンダーの脳に特徴的な所見があっても不思議ではありません。

一般に「科学的に証明されています」と断言することは難しく、「現時点では統計学的にこの程度の確度でこうであると言える/言えない」という結果を積み上げていくようなことが科学的なので、よほどのコンセンサスがなければなかなか言えるものではありません。

ましてその「科学的証明」の根拠にWikipediaを挙げてしまうと「この人は科学から遠いところにいる人だな」と思われてしまうことでしょう。

とはいえ、https://en.wikipedia.org/wiki/Causes_of_transsexualityの中で多く引用されているAntonio Guillamonらによる2016年の論文 “A Review of the Status of Brain Structure Research in Transsexualism”(3) は、トランスジェンダーの脳構造の研究について網羅的にまとめた面白いレビューでしたので、かいつまんで(?)ご紹介します。


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男女の脳の形態学的な違いについて


剖検やMRI検査によって調べた結果では、頭蓋内容積(ICV)は男性の方が9〜12%大きいです。

これは身体の大きさの差によると考えられていますので、頭蓋内容積(ICV)を調節することで、男女の脳の形態学的な違いを見ます。灰白質の割合、皮質の容量は女性の方が大きく、白質の割合、皮質下の容量は男性の方が大きいです。

ホルモン治療前の男性愛者のトランス女性


MRIで頭蓋内容積(ICV)は男性と同等です。

2013年Simonらの報告で、ボクセル・ベイスド・モーフォメトリー(VBM)法(訳註:デジタル写真のピクセルと同じように、MRIはボクセルという立方体で構成されるので、そのボクセルの数で厚みが測れます)で皮質の厚みを比較したところ、被験者のトランス女性と女性は左体性感覚野・一次運動野・後帯状回・鳥距溝・楔前部の灰白質の厚みが少なかったです。ただしトランス女性10人トランス男性7人男性7人女性11人の検討で、被験者の少なさから統計学的に有意とは言えませんでした。

2015年のHoekzemaらの論文では、小脳の左上後半球の灰白質が男性より少なく、右下眼窩前頭皮質が女性より少ないという結果で、男性とも女性とも異なりました。(被験者:トランス女性11人、男性44人、女性52人)

2013年Zubiarre-Elorzaらはトランス女性の右半球の眼窩前頭皮質・島・内側後頭葉の皮質の厚みが男性より厚く、女性と変わらないと報告しました。(被験者:トランス女性18人、トランス男性24人、男性29人、女性23人)

2011年Ramettiらの論文では、左右の上縦束・下前頭後頭束・帯状回・小鉗子・皮質脊髄路でFA値(訳註:分数異方性 白質の均一性や軸索の構成を反映)が男性の方が女性より大きかった一方で、トランス女性のFA値は男性とも女性とも有意に異なりました。男性より小さく女性より大きなFA値でした。(被験者:トランス女性18人、男性19人、女性19人)

(訳註:グラフを引用します。このような3群比較の検定をすると統計の先生に怒られそうな気がしますが、少なくとも「女性の脳構造に近い」とは言えなさそうですね。



図:未治療のMtFおよびFtMおよび対照の男性と女性のFA値。 (a)MtFのFA値は、6つの比較すべてで女性とは大きく異なり、6つのうち5つだけで男性と異なります。(b)FtMのFA値は、4つすべての比較で女性とは大きく異なり、4つのうち1つだけで男性と異なります。
Antonio Guillamonら, A Review of the Status of Brain Structure Research in Transsexualism, Arch Sex Behav. 2016; 45: 1615–1648.より引用)

小括
脳の大部分は出生時の性に一致します。皮質の厚みは男性よりも厚い部分もみられましたが、対照の女性とも異なりました。白質の脱男性化は右半球でみられました。

ホルモン治療前の女性愛者のトランス女性


2011年SavicとArverによる研究では、VBM法によって調べたところ、被験者のトランス女性の頭蓋内容積(ICV)は男性と同等で、トランス女性の右頭頂側頭接合部・右下前頭回・島皮質の灰白質が対照群に比べて大きく、被殻と視床が小さかったものの、対照群の男女に差がない部分であったため、女性化はみられずと結論しています。

ホルモン治療前のトランス男性


頭蓋内容積(ICV)は女性と同等でした。

2013年Simonらの論文では、左脳回(中心後回と中心前回)・後帯状回・鳥距溝・楔前部が女性愛者のトランス男性と男性は女性よりも大きかったです。(被験者:トランス女性10人、トランス男性7人、男性7人、女性11人)

2015年のHoekzemaらの報告では、男性愛者のトランス男性は左上内側前頭皮質が対照の女性より小さく、右島皮質が対照の男性よりも小さかったです。これらは男性とも女性とも違う結果でした。(被験者:トランス男性17人、トランス女性11人、男性44人、女性52人)

2013年Zubiaurre-Elorzaらの報告では女性愛者のトランス男性は全体の皮質の厚みは女性と変わりませんでしたが、左頭頂側頭皮質の厚みは対照の女性と異なり男性より有意に厚く、前頭前野は男性と差がありませんでした。
また、被殻の大きさは男性の方が女性より大きく、女性愛者トランス男性の被殻は対照の女性より大きく、対照の男性に近かったとあります。(被験者:男性愛者トランス女性18人、女性愛者トランス男性24人、女性愛者男性29人、男性愛者女性23人)

2011年Ramettiらの論文では、トランス男性のFA値は前後右上縦束と小鉗子で女性より高いものの皮質脊髄路は脱女性化していませんでした。またトランス男性のFA値は対照群の男女の中間で、どちらとも異なりました。(被験者:トランス女性18人、男性19人、女性19人)

小括
トランス男性の皮質は全体的には女性と同等で、女性とは異なる部分で男性と違っています。脳束は男性化しており、変化は主に右半球です。

クロスセックスホルモン療法後のトランスジェンダーの脳


クロスセックスホルモン療法の目的は、エストラジオールと抗アンドロゲンを投与してトランス女性の体を女性化すること、またはテストステロンを投与してトランス男性の体を男性化することです。これらの治療法は性別の感情に影響を与えません。

Emoryら(1991)によれば、脳梁の形状と面積に対するホルモン治療の効果をMRIで調べ、男性と女性の対照に関して違いは見られませんでした。

Yokotaら(2005)は脳梁の正中矢状面でホルモン治療後のトランス女性およびトランス男性の性同一性と一致する形状を認めました。

Hulshoff Polら(2006)は、ホルモン治療前のトランス女性の脳の体積が出生時の性別と一致していたが、4か月の治療後に「女性の割合に向かって」脳の体積が減少したと報告しました。

Zubiaurre-Elorzaら(2014)の報告では、少なくとも6か月の治療後、総灰白質量と皮質灰白質量の有意な減少を示しました。皮質下灰白質量も、右視床と右淡蒼球を中心とした減少を示しました。後頭葉、側頭葉、頭頂葉の皮質と前頭葉の一部の領域に最も強く減少がみられました。

トランス男性へのテストステロン治療について、
Hulshoff Polら(2006)は、4ヶ月でトランス男性の脳全体と視床下部のボリュームを増加させたと報告しました。

Zubiarre-Elorzaら(2014)は、総(皮質+皮質下)灰白質量が少なくとも6ヶ月の治療後に増加し、右視床の体積が増加したと報告しました。さらに、左半球の頭頂および後頭領域における皮質の厚みの増加は、血清テストステロンおよび遊離テストステロン指数の上昇と相関していました。

Ramettiら(2012)は、テストステロン治療がFA値に及ぼす影響を調べ、治療の7か月後FA値は、治療前の値と比較して、右側の上縦束および右側の皮質脊髄路束で増加したと報告しました。

結語


性別違和の早期発症があり、性的指向が出生時の性別の人に向けられている未治療のトランス女性およびトランス男性は、脳の表現型を反映して、独特の脳形態を示します。これらの表現型は、異性愛者の男性または女性の表現型とは異なります。

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いかがでしたでしょうか。批判的吟味をするならば、論文ごとに指摘する脳の部分が異なることやそれぞれの被験者数の少なさから、再現性があるのかな?という疑問が湧き、今後の症例の蓄積が大事かな?と思います。

しかしトランスジェンダーの脳に特有の形態学的な変化がみられる可能性は十分に高いと言えるでしょう。

すなわち、今のところ脳科学的に言えることは、 #トランス女性はトランス女性です だったのです。何なら脳科学的には「レズビアン」のトランス女性は男性とあまり変わらないと言えそうです。

2021.11.23

参考文献


1)https://twitter.com/crowclaw109/status/1449370940475777032?s=21

2)安藤寿康 人間行動遺伝学と教育, 教育心理学研究 1992 年 40 巻 1 号 p. 96-107
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjep1953/40/1/40_96/_article/-char/ja/ 

3)Antonio Guillamonら, A Review of the Status of Brain Structure Research in Transsexualism, Arch Sex Behav. 2016; 45: 1615–1648.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4987404/

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