小説・生きる
星新一氏のショートショートにあったもの(題名を忘れてます)を、自分好みで、適当に変えて話にしました。
この映画のシーンを思い浮かべながら、読んでください。
地球に向かって進んで来る巨大隕石。まがまがしく赤く燃えている。
爆弾を積んだロケットに、志願して乗り込んで、突っ込んでいく私。
親しさも疎ましさも感じることのできなかった親、勉強もスポーツもできなかった学校時代、残業しないことだけを目指したサラリーマンの日々、うつむいて足元だけを見ながら進んだ人生が、子供の書いた落書きのように描き出されて頭の中を巡る。
「パパのお嫁さんになる」と言っていた娘も今では「あいつ、死んでほしい。臭すぎ」と友達にラインしている。
そのラインのスクショを、不倫している妻が送って来た。不倫を知ってもほっぺた一つはれないあんたには愛想が尽きたと言われたので、もう、いまさら、殴るわけにもいかない。
或る日、洗濯機が壊れた。あんたのパンツを洗ったので娘に洗濯機に壊されたと妻が言うので、それからはずっと、自分の服は夕食後にスーパー前のコインランドリーに行って洗って乾燥させている。
そうした日のある夜、コインランドリーの前の道端に腰かけて缶ビールを飲んでいるうちに意識を失った。
気づくと病院のベッドの上だった。
そこで、自分の余命がよく持って一年だということと、地球を救う特攻ロケットの話を聞いた。
ロケットに乗るための搭乗料がちょうど妻にも黙っていた銀行預金と同じ額だったので、すぐに申し込んだ。
真っ赤に燃える隕石がどんどんと大きくなる。
モニターに、妻と娘の顔が現れた。二人とも泣いている。
「突入します」と私が連絡すると、モニターに岸田首相の顔が現れて、
「同盟国の米国もあなたの勇気を讃えています」
と言って笑った。
私は、総理大臣からの励ましをいただくという栄誉からか、あるいは死の恐怖からか、よくわからない体の震えを感じながら、ハンドルを倒して、隕石の真ん中を目指した。もう、どこが真ん中かわからないくらい、すべてが真っ赤である。
私は地球を救う。
突然、さっきまでの体の震えが止まった。
さっきまでの気負いも、やはり、消えている。
なんともいえない安らぎ。
私はきっと自分が弥勒のように微笑んでいるに違いないと思った。
船内に鏡がないものかと横を向いた。
・・・・
「バイタルサインが消えました」
と看護婦が言った。
F医師が患者の見開いた目にペンライトの光を差して死亡を確認した。
この医師は起業家でもある。
不治の病で死に直面している人に、地球を救う仮想現実世界に入ってその中で意味のある死を遂げることを提案している。
「どんなつまらない人生であっても生まれてきてよかった、意味があったと確信できるのは、その人が他者を救うための自己犠牲を決意すること」というのが、F医師の信念である。F医師によると、神風特攻隊員としての死の他に、生の無意味を救う方法は無い。
死を宣告された患者は一種の錯乱状態にあるのか、F医師のこの錯乱した考えに、賛同することがある。そうした患者は夢うつつのままにしかるべく念書をかわし、しかるべく処置を受けて、カプセルに入る。
その中に入れば、契約したことも忘れ、仮想現実を現実と信じ込むことも念書には明記してある。
患者は、カプセルの中で、脳内の幻想を見ながら、注入された薬によって安楽死するのである。
隕石に突入するという幻想と共に意識を失い、そのまま死亡に至るという技術を確立するまで、けっこうな数の失敗を重ねている。F医師は、カプセルの中で目覚めてすべてを思い出して叫び出し、恐怖と絶望の中でのたうち回りながら死んでいった治験の患者たちを思い出すと、今でも、ちょっとうつむいてしまう。
けれども、今は、完璧である。
F医師は、無意味な人生を続けたことだけでも十分につらいのに、そのうえ、その無意味な人生が終わることを無意味に怖れて、医療従事者や製薬会社の金儲のための無意味な延命治療を受け続ける患者を見ていられなくなって、この装置を考案したのだという。
F医師のこの装置と奇妙な生と死の哲学がマスコミに取り上げられた結果、申し込みがじわじわと増えていった。やがて塵も積もれば山となる。F医師が結構な収入を得るようになってからは、「あいつは金儲けのために人を騙している」と批判する医師が多くなってきている。
近く終末医療学会でも取り上げられるようである。
F医師の医師免許を剥奪するか、そうでなければ、あの装置の特許権を停止したうえで、町のどの科のクリニックにも医師であれば設置できるような法改正を求めるか、どちらかを協議する予定らしい。