書き続けたい。来年も再来年も。
嵐・櫻井翔さんの言葉展に行ってきました。
(以下、親しみを込めて、翔ちゃんと呼びます)
※福岡会場は6/4(火)で閉幕しました。
※今後のスケジュールは未発表のため、別会場で開催されるのかどうかわかりません。公式発表以上のネタバレはしていないつもりですが、念のためお気をつけください。
▶『オトノハ』で言葉の滝を浴びる
会場に入って、最初の展示が『オトノハ』。
この右端のカーテンみたいなの、わかるかなぁ?よーく見たら、過去に更新された『オトノハ』が小さな字で印刷されて、天井近くから吊り下げられています。
福岡会場ではこれが壁一面に飾られていて、まるで言葉の滝のようでした。2008年からコツコツと積み重ねた文章の数々が、ざーっと並んでいる。物質としては、ただの紙。なんなら空気でヒラヒラ揺らいでいるくらいなのに、そこにはめちゃくちゃ重みを感じました。圧巻。
もし私がこの先何十年もnoteを書き続けて、同じように展示したら、どうなんだろう?こんなにも重みを感じるんだろうか?感じられるように書き続けたい。そう願わずにはいられませんでした。
▶遺族だからこそ書けた、反戦への思い
今回の言葉展では、ジャーナリスト・櫻井翔の側面をまざまざと見せつけられました。
彼はなぜここまで戦争について調べるのか?それは、遺族だから。翔ちゃんの大伯父(祖父の兄)にあたる櫻井次男さんは、海軍士官として南シナ海、ベトナム東岸沖で戦死されたそうです。
大伯父はなぜ死ななければならなかったのか。どんな最期を迎えたのか。Newsweekで前後編と二週にわたり書かれた記事では、次男さんの経歴や足跡を辿るとともに、親族や関係者の話を聞き、遺族の視点から戦争の恐ろしさと愚かさを伝えています。決してアイドルの片手間ではない、本気の記事。
2025年には戦後80年を迎える日本。戦争はもはや教科書内のできごととなりつつあります。そんな中、親族が戦死したというだけで、グッと身近なものになる。翔ちゃんのようにネームバリューのある方が、このような発信をすることに大きな意味があるのだと感じました。
かの戦争を経験した私の祖父母は皆、鬼籍に入ってしまいました。思い返せば、あまり戦争の話を聞いたことがない。私が幼いから話さなかったのか、そもそも話したくなかったのか、今となってはわかりません。が、もし許されるなら、生きている間にもっと身近な声を、生々しい経験を聞いておきたかったです。
▶伝えるための「言葉」
伝えるための手段として、書く。
翔ちゃんにとって、言葉とはそういうものなんだろうな。伝えたい気持ちが強いから、想いが乗って、多くの人に届く。遠くまで飛んでいく。
プロというのは、みんなそんなもんなのかな。「伝えたい」より「書きたい」が先行している私とは、大前提が違う。何かを伝えたいんじゃなくて、ただただ言葉に触れていたい。誰かのためにじゃなくて、自分を喜ばせるために書いている。
どちらがいいとか正しいとかって、比べるものではないんだろうけど。伝えたいことがあるのって、やっぱうらやましい。それだけ、心がたくさん揺さぶられてるってことだろうから。私にもいつか、強く伝えたいことが見つかるといいな。
▶『櫻井翔 未来への言葉展 PLAYFUL!』
真面目な部分の感想だけ取り上げちゃったけど、他にもさまざまな展示がありました。
おばあちゃんや嵐のメンバーとのあたたかなやりとりが巨大絵本になっていたり。翔ちゃんといえば!のラップを使った仕掛けがあったり。オリンピックの取材ノートやプレスパス、過去に使用していたガラケー等貴重な私物が飾られていたり。
詩人・谷川俊太郎さんの本になぞらえて、「あ」から「ん」までの好きな言葉を集めた『すきのあいうえお』は、自分でも挑戦してみたくなる明るい企画でした。
今回の展覧会全体を通して、思いました。書かれてある言葉から、真面目さとユニークさと聡明さがにじみ出ていて、あーやっぱ文章って人を表すんだなーって。しみじみと。
テレビ等の映像からもそれは感じられるけど、文字のほうがさらに色濃いというのかな。アイドルである前に、一人の人間としての翔ちゃんの想いを受け取れた気がします。いやー、ほんとにすごかったなー。
もし皆さんも翔ちゃんの言葉に触れる機会があれば、ぜひ彼の温度を体感してみてください!
ではでは、また。
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