「表現悪影響論」の正体を暴く:新橋九段批判
ゆっくりしていってね!!!!
私は世にも不思議な頭だけの生命体、「ゆっくり」と総称される何かよ!
さて。先日、ヒトシンカさんとコラボして、新橋九段さんという心理学で博士号を持っている立派な方の論を批判したわ。
新橋さんは、表現による悪影響を解説した書籍『フィクションが現実になるとき』(カレン・ディル著)を絶賛していたのだけれど、私とヒトシンカさんが本書を読んで検討したところ、「到底科学的とは言いがたく、偏向したイデオロギーに基づく駄本である」という結論で一致したわ。
私も上記記事の冒頭で参加させて頂いたのだけれど、新橋さんの記事内容にはあまり踏み込まず、「カレンさんは表現規制派よ。証拠もある」と示すだけにとどめたわ。(人のおうちだものね!)
ヒトシンカさんによる心理学実験の問題点の指摘から、本当に科学に誠実な心理学者が「実験の妥当性をどう考えているか?」の説明までやってくれたし。
とはいえ、新橋さんのブログ記事で提示された論点は他にいくつか残ってはいるわね。
今回のテーマは、まあそれを「お片付け」しておきましょうと。
たとえるなら、そう、落穂拾いね!
ミレー『落穂拾い』
【ゆっくり教養コーナー】
「落穂拾い」というのは、その名の通り、収穫が終わった農耕地に残った作物を拾い集めることよ! 当時、貧困層の人たちが頼る重要な収入源で、良心的な地主さんだと「あえて」たくさん落穂が残るように雑に収穫したりもしていたらしいわ。そんな情景を描いたのがミレー作『落穂拾い』。とても有名な絵画だから、観たことある人も多いんじゃないかしら?
正直、とても軽いノリで読んでいただいて大丈夫な記事よ!
ゆっくり楽しんでいってね!
「読まない」から間違えるのよ!
新橋さんは私の記事をやたら愚痴っぽく紹介した後、次のように述べていらっしゃるわ。
あと言っておくと、私は当該記事をすべて読んではいません。もちろん批判する場所は読んでいますが、全体を読んでその部分の解釈ががらりと変わる可能性はほぼ0でしょうし、それで十分だろうという判断です。単純に私が忙しいし心もしんどいという理由もあります。
新橋九段「化学修士」を名乗る人の『表現の影響論』が酷すぎるのでツッコミを入れておく【『フィクションが現実となるとき』批判の総論編】(以下、引用元は同様)
ええ。読む・読まないは自由よ。
でもそれ、事前に「昨日寝てないからw」みたいな言い訳するのと本質的に一緒でしょ。あるいは、スマブラで「これ本気キャラじゃねーからw」と言って戦うようなものね。
けれど、私は一文一文をかなり気を遣って書いていて、雑に批判するとトラップカードが発動しまくる設計になっているのだわ。
例えば、新橋さんは私が紹介したハードコアポルノとレイプ件数のグラフについて、「そそっかしい主張」だと批判してくるのだけど――。
(グラフを)鼻で笑えなかった人のために解説すると、統計上のレイプ件数と(おそらくハードコアな)ポルノのタイトル数を見て「ポルノの数が増えているのにレイプは減っているならポルノに悪影響はないんだ!」と結論してしまったそそっかしい主張だということです。なお、私はこうした主張が誤りである理由を様々なところで散々述べており、感覚としては「5年間家庭教師で教えてきた中学生が分数の割り算を間違えた」のを目の当たりにしたのと同じ感じだと思ってください。
御指摘の「ポルノの数が増えているのにレイプは減っているならポルノに悪影響はないんだ!」という主張だけれど……。
私は記事にそんな主張は書いてないし、当然ながら、引用した論文にも書いてないのよね。
それぞれ私の記事と元論文を読み返してもらうと分かるでしょうけど、そもそも新橋さんと論争になる前から、私はこんなツイートしてるのよね。
いずれも「ポルノが性犯罪に悪影響を与えない」(悪影響がないという因果関係の証明が"完了"している)という話を否定するツイートよ。
この私が、新橋さんの言う「そそっかしい主張」を記事に書いてしまうミスは有り得ないのよ。グラフはせいぜい、「ポルノによる性犯罪への悪影響は大きなものではなさそうだ」という可能性を示唆するに過ぎない。単体ではっきりしたことは言えないわ。
なぜこうした主張が愚かしいのでしょうか。まず指摘すべきなのは、統計に現れた性犯罪とポルノのタイトル数が、それぞれ性犯罪とポルノ仕様の実態を問題なく表していると考えるのが単純すぎるということです。性犯罪は言うまでもなく、ポルノの利用数もこの指標で問題ないかは疑問です。仮にこのグラフがポルノの作品数を表現しているとして、極端な話、超駄作タイトルが1万本あるけど誰も見ていないとき、逆に1本しかないけどすさまじい名作でみんなが何十回も見ているとき、タイトル数と利用実態は著しく乖離すると言えるでしょう。
ここで新橋さんが述べている内容にも反論はできるけれど(例えば、もう少し妥当に感じられるグラフを他の論文から引っ張ってくることはできるでしょう)、シンプルに必要ないのよね。だって、私は「こうした主張」とやらをしていないから。
したがって、
なぜ「ゲームに悪影響がある」という主張では否定材料として持ち出される観点が、「ポルノが増えても犯罪は増えない」という主張を自らがするときには無視されるのでしょうか。非論理的というほかありません。
このロジックエラーもなし。前提から間違えているのだわ。
私は厳しいわよ!
新橋さんは一歩目で間違えているから、当然その後ずっと引きずるんだけど、それはまあきちんと読まなかった新橋さんの自己責任だから放っておくとして、今度は私の「狭量さ」を非難しはじめるわ。
もちろん、社会全体におけるポルノと性犯罪の関係を統計的に分析する作業は「丁寧に行われれば」有意義なものとなるでしょう。しかし、少なくとも表現の悪影響をメカニズムから論じる際には、ノイズがあまりにも多く大した役に立たないことは理解すべきです。
そしてこのことが、当該記事筆者の全般的な姿勢の問題にもつながっています。後続の議論でより明確になると思いますが、筆者は本書を評価する際に独自の評価軸を設け、それに触れなければ全てダメだとでも言いたいようなほど極端な判定を下しています。それがここで指摘した『いつものことだが、性犯罪や暴力犯罪に関する現実の統計データ(の時系列推移)に関する考察がまるで無い』という部分なのです。
新橋さんは「独自の評価軸」とさも自分勝手な基準のように呼んでいるけれど、私が実際に問題視したのは単なる「科学的な妥当性」よ。
厳しいに決まってるでしょ、それは。
私はマイナスイオンを浴びて水素水を飲むような生活はしてないのよ。
ちなみに、心理学実験の問題点(科学的な妥当性の欠如)についてはヒトシンカさんが詳細に述べてくださっているから、そちらを参照して頂戴ね。
……というか、私も『ゲームと犯罪と子どもたち』を引用しながら、かなり「なぜ、悪影響を示したとする研究は科学的に妥当でないか」を述べたはずだけれど……。(個別具体的な細かい話は有料部分にしちゃったから、まあ多少は仕方ないかしら?)
なお、ヒトシンカさんが述べた心理学実験の問題点に関しては、本記事では繰り返さないわね。
さらに新橋さんはこう続けるわ。
確かに、本書はゲームなどに悪影響がないと指摘する論文が取り上げられていません。しかし、これは本書の目的と議論の展開からむしろ当然のことだと考えられます。どういうことでしょうか。
まず前提として、(少なくとも私が把握している)ゲームに悪影響がないとする論文の大多数は相関研究です。そうじゃない論文があればぜひ教えてねということにしておいて、一方悪影響を見出した研究の多くは実験によるものか、縦断研究によって因果関係を推定できるものです。
※強調は引用者による。
「ぜひ教えてね」?―――ええ。当然、いいわよ。
「そうじゃない論文」を教えてあげましょう。(英語が気持ち悪く感じる人はさっと読み流していいわよ。ただ、この中にはかなり興味深い論文もあるから、そのうち別途で解説記事を書くわね!)
①Violent Video Games and Aggression: Causal Relationship or Byproduct of Family Violence and Intrinsic Violence Motivation?(実験)
②Prospective Investigation of Video Game Use in Children and Subsequent Conduct Disorder and Depression Using Data from the Avon Longitudinal Study of Parents and Children (縦断研究)
③Does playing violent video games cause aggression? A longitudinal intervention study (縦断研究)
④Do longitudinal studies support long-term relationships between aggressive game play and youth aggressive behaviour? A meta-analytic examination. (縦断研究のメタ分析)
⑤Does playing video games with violent content temporarily increase aggressive inclinations? A pre-registered experimental study (実験)
⑥Null Effects of Game Violence, Game Difficulty, and 2D:4D Digit Ratio on Aggressive Behavior (実験)
⑦Behavioural realism and the activation of aggressive concepts in violent video games (実験・大規模)
このくらいでいい?
「7報しかない!」と言われるかもしれないけど、手間だけの問題でいくらでも出せるからストップさせただけよ。ちなみに、ゲームよりもポルノの方が研究されているから、それも入れていいなら更に数は出せるわね。
ただ、そもそも上で並べた論文、「なんとか私に都合の良い論文はないのか……!」と必死に探したわけじゃないのよ。
"violent video game longtuidinal"とか"violent video game experimental"とかGoogle Scholarあたりに入力してエンターキーを叩くと、ふつうに1ページ目から出てくるのよ。
ふつうに。
1ページ目から。
出てくるのよ。
新橋さん、この程度の検索すらしないで、「私が把握している限りでは無い!」と言い切ってしまったの?
あるいは検索でなくとも、研究領域が同じ論文なら「はじめに」の部分で類似した(あるいは相反する)結果を出した先行研究が提示されてるわよね。また、総説論文ではたいてい「表現による悪影響」について肯定的・否定的な研究が両方紹介されているわ。そこに実験研究も縦断研究あったし。こういうルートから拾ってもいいでしょう。
逆に質問したいんだけど、どうやったら見落とせるの?
「意図的に無視した」または「そもそも文献調査をしていなかった」以外の説明が難しくない?
前者だったら不誠実で最悪だし、後者だったら研究者として無能よね。どっち?
彼は化学で修士号を持っているかもしれませんが、心理学においては体系的な訓練を受けていない素人であることは自覚すべきでしょう。それは素人が口を出すなという意味ではなく、非専門分野も専門分野のように扱えると勘違いするなということです。
心理学か化学かというより、新橋さんは、どの学問であってもやるべき基礎を怠っているわよね。
もし、心理学における「体系的な訓練」とやらに文献調査スキルの習得が含まれていないなら、化学で修士号を取った方がいいわ。
(おっと、もちろん誠実な心理学者さんは別よ!)
このツイートで非難されてるのは私なんだけど、文献調査がここまで雑だと、多少言われても仕方がないんじゃないかしら。同情しにくいわ。
あなた、私が大学院生の頃にいた研究室だったらマジで激詰めされるわよ。「テメー、何も調べてねえじゃねえか!」と怒鳴られて机をバーン! よ。(※実話)
…………。
ひょっとすると、化学研究には人の暴力性を高める効果があるのかもしれないわね? たしかに合成実験で使うガラス器具、変な形してて怪しいなとは思っていたのだわ……!!
カレンさんは表現規制派よ!
これはヒトシンカさんとのコラボ記事で書いたことと重複しちゃうけど。
まず、新橋さんはこう書いているわ。
抽象的が故に説明も面倒なのですが、会話としては
私「著者は『法律で規制すべきほど悪影響がある』とは言っていない」
相手「私も著者は『規制を推進している』とは書いていない」
となります。この会話が嚙み合っていないことに気づくでしょうか?
『法律で規制すべきほど悪影響がある』というのは、あくまで悪影響の規模の表現として『法律で規制すべきほど』と言っているだけであり、少なくとも私の発言は「著者が法規制を推進している」と要約できるものではありません。しかし、相手方はそのように要約してしまっています。些細に思えるかもしれませんが、意外と重要なところです。
「著者(カレンさん)が法規制を推進している」と要約していいわよ。
カレンさんは、違憲判決が出たカリフォルニアのゲーム規制法を「支持すべき」とする法廷助言書を執筆・提出した人よね。
よって、表現規制派と呼ぶのが相応しい。以上。
「違憲だと思わなかった」も通じない。下級審でも棄却されているから、カレンさんも「ゲーム規制法には表現の自由上の問題がある」とは認識していたはず。
どうしてカレンさんはそこで「法学の専門家が下した法に関する判断だから、尊重しよう」とは思わなかったのかしら。
『・アンダーソン論文に基づき成立したカリフォルニア州ゲーム規制法が、裁判で「違憲」とされた件について、著者は「科学的根拠の不備ではなく表現の自由が優先されただけ」と説明しているが、イリノイ州における同法がやはり「違憲」となった件についてはまさに「科学的根拠の不備」で却下されたことに言及していない。』
しかし、この部分にはあまり意味はないでしょう。法律の専門家(つまり心理学の素人)たる裁判所がかつて下した判断を、その後一生心理学研究の評価として固定的に崇めなければいけないというのはあまりにも馬鹿げているからです。
※強調は引用者による。
(ツイートの時点で法廷助言書の存在を知っていたら、「著者は表現規制を推進している」と断言できたんだけど。まあ当時は未確認だったから、そこは避けたのだわ。)
「悪影響論」に「論争はない」?
さて。ここからは新橋さん批判に留まらない、もっと広範に渡るお話をさせていただくわ。
カレンさんが提出した法廷助言書だけど、ここに気になる表現があるのよね。
Gruel Brief: Conclusion
メディア暴力への暴露が攻撃的行動の増加を引き起こすかどうかについての科学的な議論は終わっています。実験、横断的相関研究、縦断的研究、介入研究、メタ分析など、あらゆる主要なタイプの研究方法が用いられてきました。三十数年にわたる多くの研究が、暴力や侵略を目にすることが、子どもにとっていかに様々な否定的結果をもたらすかを立証しています。同様に、暴力的なビデオゲームをプレイすることによる未成年者への有害な影響も論文になっており、ここに深刻な論争はありません(Andersonら, 2003; Gentileら, 2003)。またメディア暴力に関して最も新しく包括的な総説論文では、「......メディア暴力は、即時および長期の文脈の両方において、攻撃的・暴力的行動の可能性を高めるという明確な証拠」(Andersonら, 2003, p.81)が示されています。
Gruel Brief
著書の『フィクションが現実になるとき』でも、常に「心理学者の見解は一致している」「論争は起きていない」ことになっていたわ。
読者の皆さんはお察しの通り、カレンさんや新橋さんのような不誠実な科学者もどきが意図的に目をそらしているだけで、単なるウソよ。
でも、どうしてこうしたウソを堂々とつけるかと不思議よね?
一応、彼らなりの根拠があるのだわ。実は、アメリカ心理学会(APA)がAPA Taskforceとして2005年に出した声明が自信の源よ。
数十年にわたる社会科学の研究により、テレビで放映された暴力が子供や若者の攻撃的な行動に強い影響を与えていることが明らかになっている(APA Task Force On Television and Society; 1992 Surgeon General's Scientific Advisory Committee on Television and Social Behavior, 1972)。電子メディアが子供や若者の態度、感情、社会的行動、知的機能の発達に重要な役割を果たしていることが心理学の研究で明らかになっている(APA Task Force On Television and Society, 1992; Funk, J. B, et al. 2002; Singer, D. G. & Singer, J. L. 2005; Singer, D. G. & Singer, J. L. 2001)。また、暴力的なメディアに触れることで、敵意の感情、攻撃についての考え、他人の動機についての疑念が高まり、潜在的な紛争状況に対処する方法として暴力を示すという証拠がある(Anderson, C.A., 2000; Anderson, C.A., Carnagey, N. L.., Flanagan, M., Benjamin, A. J., Eubanks, J., Valentine, J. C., 2004; Gentile, D. A., Lynch, P. J., Linder, J. R., & Walsh, D. A., 2004; Huesmann, L. R., Moise, J., Podolski, C. P., & Eron, L. D., 2004, 2003; Singer, D. & Singer, J., 2001)。
Resolution on Violence in Video Games and Interactive Media (2005)
ふふん? まるでカレンさんや新橋さんが書いたような文章よね。
確かに「アメリカ心理学会」として声明を出しているのだから、というのは、強力な根拠として認識しても変ではないでしょう。
けれど――これを完全にブチ壊すのは、とても簡単よ。
ひとつひとつの論文に反論するまでもなくね。
これをお礼メッセージに加えたオマケとさせて頂こうかしら。読めば「あ~、なるほどね!」と思うような、本当にちょっとしたことよ。
主旨である新橋さん批判は「もう十分」「むしろやり過ぎ」だと思うしね。
それでは、ここまでお付き合い下さった皆様、ゆっくりありがとう!
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