三味線人工皮「リプル」製作
エコな“新世代三味線”の開発で日本の美しい音色を奏でる
昔に比べてプロの演奏家の活躍が目立つようになったものの、趣味やたしなみとして和楽器を演奏する愛好家は軒並み減ってきています。
国産三味線は1970年の生産数14,500挺から数えて、2017年時点で1,200挺と10分の1以下にまで落ち込みました。
なぜでしょうか。
いくつか理由は考えられますが、大きな理由としては三味線の原材料高騰が挙げられます。
三味線の皮は犬や猫などの動物皮を使用するのが一般的ですが、昨今の動物愛護の観点から、東南アジアの生産地でも輸出禁止令が敷かれるなど入手困難な状況です。
動物皮は自然素材なので、乾燥や湿気、気圧や急な温度差に敏感です。適切な管理下で扱わないと、容易に破れてしまいます。
そのため、お祭り時など屋外で演奏したり、飛行機で運搬したりするときは、大きなリスクとなるのです。
有名なプロプレイヤーでさえ、日頃丁重に扱っているにも関わらず、海外演奏のために飛行機で運搬し、皮が破れてしまったというトラブルに見舞われたエピソードも数多くあります。
三味線の皮修理は程度にもよりますが、だいたい1枚3〜5万円の修理費がかかります。
三味線の棹(さお)に使う木材はいくつか種類がありますが、一般的に津軽三味線で用いられるのが紅木(こうき)です。表面に「トチ」と呼ばれる虎の模様のようなものが多く入っている棹は高級とされます。
また、棹を分解した凹凸部分に金が埋め込まれた「金枘(きんほぞ)」と称する三味線もあり、金がほぞの部分を保護しており、最高級の三味線とされます。
素材により価格は変動しますが、1丁あたり、中古も含めると数万円から数十万円といった相場です。
お気に入りの三味線を手に入れてからどんなに大事に扱っても、動物皮の管理は難しいため、数年に1度は皮の修理が必要となるケースがほとんどです。
プロの演奏家であれば必然的に修理をして使い続けますが、趣味として楽しむ愛好家にとってはコスト高は否めず、放置してしまうのが通例でしょう。
三味線の継続的な活用における足枷(あしかせ)は、原材料高騰に追い討ちをかけ、生産減に歯止めがかからない状況に追い込んでしまっていると言えます。
まさに、悪循環です。
三味線に魅せられて脱サラ一念発起
誰もが手に届く、質の良い三味線を作りたい。
そんな想いに駆られて、一念発起した人がいます。
東京都心から約40km圏内の神奈川県相模原市に本社を構える三味線の卸、製造、修理を手掛ける有限会社小松屋の代表取締役・小松英雄さん(以下、小松屋さん)です。
サラリーマンから職人の世界へ飛び込み、独立開業しました。
喧騒から離れた自然豊かで静かな同市緑区には、アーティストや職人が次々と移住している町でも知られています。
市内の藤野エリアは、1986年から「藤野ふるさと芸術村構想」としてアートを軸とした地域活性化の取り組みを始め、これまで約400名のアーティストが移住しました。
小松屋さんも出身は大分県なので、移住者の一人です。
もともと大手製紙メーカーに就職し、サラリーマン生活をしていました。
民謡が好きで趣味として習い始めたのがきっかけで、三味線と出合います。当時の民謡の師匠から、「民謡には三味線の伴奏者が必要だから弾いてみなさい」と言われ、先生から譲り受けた三味線で演奏を始めました。
音色に惚れ込んだ小松屋さんは、三味線屋に転職。「三味線で人生が狂った」と、笑いながら当時を振り返ってくれました。
劣悪な三味線は売りたくない!
転職先は大手三味線メーカーでした。営業担当として次々に三味線を売りさばき、敏腕営業マンとして腕を振るいました。
しかし、営業を続ける中で、葛藤が始まります。
三味線は飛ぶように売れるけれど、売っているものは素人向けの安価な製品。
小松屋さんの人生を変えたほどの、あの心を動かした音色とは似ても似つかぬ劣悪な製品だっと言います。
三味線のレベルを下げるためにこの業界に身を投じたのではない。
もう一度、人生を仕切り直すことにしたのです。
それから5年、自費で三味線製作について修行し、1992年に独立。
今では草加市にも工房を構え、職人も雇っています。また、ラオスにも工房を進出しました。
弾き手に合う細やかな要望に応じた三味線づくりを貫き、こだわり屋として親しまれています。
破れない三味線で市場に挑む
近年の三味線生産の減少で、三味線屋は存続危機に陥っています。
筆者も趣味で演奏をしていますが、通っていた三味線屋が2軒立て続けに廃業しました。生産減少を危惧したオーナーは後継者を育てられず、オーナー引退によって店舗を畳んでしまったのです。
現在、三味線屋を支えているのは、おもにリピーターである固定客です。
少々乱暴な言い方にはなりますが、皮が破れないと三味線屋は稼げないという事情があります。
一方で、演奏者にとっては皮が破れることで高い修理費が負担となります。
三味線を生業としていない持ち主(演奏者)は、修理がきっかけとなって止めてしまうということも決して珍しくありません。
日本の美しい音色を文化として継承するために、三味線普及に求められる条件は何でしょうか。
それは、足枷となっている「コストを抑えた三味線製作」に他なりません。
小松屋さんにとっても、「三味線を楽しみ、こよなく愛する方々が末長く使用できる製品」の提供が命題となりました。
安いだけではなく、音にもこだわった製品でなければ意味がない。
そんな想いで構想10年、ついに人工皮「リプル」(工業用の強靭で特殊な繊維)の開発がついに陽の目をみることになったのです。
“お墨付き”の人工皮リプルの音色
サンプルが完成したのは今から7年前の2010年。
三味線の動物皮には「ダキ」という脇の部分を必ず取り入れて張ります。
ダキを張らないとこもった音になってしまいます。また、全面をダキで張ってしまうと、音がスカスカになります。程よくダキを張ることで美しく音が抜けるのです。
小松屋さんでは顧客の三味線が奏でる音データを蓄積し、素材(棹や皮)の違いによる音源比較を分析しました。動物皮を使った美しい音色に近づけるために、何百回もリプルを張って本皮の音に近づけるよう試行錯誤したのです。
2016年1月、有限会社日本音響研究所(東京都渋谷区、代表取締役社長鈴木創氏)に依頼したリプルと動物皮の音源比較の分析が報告され、「三味線皮リプルは四っ皮と犬皮の張力とほぼ同程度」と判断されました。
「人工皮リプル」と「動物皮」の比較 長唄三味線編
人工皮リプルによる津軽三味線演奏「 津軽じょんがら節曲弾」
※演奏:津軽三味線奏者 高崎将充氏
開発意欲とこだわりの職人魂
動物皮の音色とほとんど変わらず、水に強く破れにくい素材のリプル皮の三味線は、維持費のコストダウンに貢献しました。
リプル皮三味線が認知されると、一時は発注過多で生産が間に合わず、日の出から夜遅くまで働き詰めの小松屋さんが倒れてしまうという事態まで起こりました。
生産体制を見直し、製作スタッフを強化することで、今では効率的に安定供給が維持できるようになったとのことです。
それでも「まだまだ発展途上。改良を続けていきたい」と小松屋さん。
加工方法も、皮張り機に至るまで、頑固さとこだわりで「最高のリプル皮三味線」を追求し続けています。
リプル皮の開発にとどまらず、地元相模原市の間伐材を使った棹で製作された「三味ボーイ」も商品化しました。
通常の三味線よりも小型化軽量化され、3万円台の価格設定となっています。
三味線には必須の「さわり」という、糸を振動させて響かせる機能も付いています。
この「さわり」を搭載し、三味線のツボ(勘所)も通常様式と変わらないため、初心者の練習用としても最適です。
プロの演奏家からも好評
AUN J CLASSIC ORCHESTRAの双子のユニット、井上良平さんもリプル皮三味線を使っているそうです。
井上さんの感想は、小松屋さんの企業案内にも紹介されています。
雨の日でも「湿った皮の音ではなく、さきほど張り終えたばかりかのような鳴り」「いつもと変わらない音」と称賛しています。
また、海外では「犬の皮を使っていると言っただけで、『演奏を聴きたくない』という人にたくさん出会った。だから”アニマルスキン”だとこまかしていた」と過去の苦い経験を振り返り、人工皮で堂々伸び伸びと演奏できる喜びも語っていたようです。
クラウドファンディング大成功
新世代三味線「リプル」の開発で、三味線市場も少しずつ改善していく兆しが見えてきましたが、「三味線産業の現状を多くの人に知ってほしい」と、クラウドファンディングにも挑戦しました。
2017年末、日本文化の美しい調べである三味線を世界へ広める活動費として、イギリス最大級のジャパンフェスティバル「Hyper Japan」出展旅費57万円をクラウドファンディングで募集。
2018年2月の終了時点で49名の賛同者を得て、目標金額の283%にあたる161万7千円を集めたのです。
クラウドファンディングで資金調達するプロジェクトは国内でも盛んになってきたものの、中小企業の事業者がこれだけの出資額を集めた事例はそれほど多くはありません。
小松屋さんの活動に共感し、応援したい人がこんなにもいるという証です。
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