こんなひといたよ 第17話「3人でくらしている」
今日は「特別なできごとが起こるわけでもく、とくだん物語的な筋もなく、登場人物さもあやふや」なお話。青野春秋の短編集「五反田物語」に収録されている「くらし」から。
この記事は、私が出会った出会ったマンガの登場人物の物語を紹介するマガジン「こんなひといたよ」に収録。
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3人でくらしている
時間はまだ夜7時前、2人の男が6畳ほどのせまい部屋に布団を並べて寝ている。一人は青野と言い、もう一人の寝ているのにサングラスをかけているのはウーちゃんと言う。
二人が寝ている部屋をノックする音「コンコン」。その音に青野が気づき、ムクッと起きて「ハイ」と答える。まだ寝ているウーちゃんにも「メシできたよ」と声をかけた。ウーちゃんは横になったまま「うん」と答えた。
食卓には、ご飯とみそ汁、大皿に揚げ物のおかずが並んでいる。キッチンでは女性が料理の後片付けをしている。ふたりは無言でもくもくとご飯を平らげた。2人の「ごちそうさま」の声に、女性は「はい」とだけ答えた。
2人はまた部屋に戻り、「あーつかれた」と言って布団に入った。しばらくすると「ピンポーン」という音が聞こえた。宅配便で大きな箱に入った机とパソコンが届いた。青野は「何これ?」と箱を不思議そうに見た。ウーちゃんは「机とパソコン買ったんだよ」と箱を開け、机を組み立て始めた。
一時間ほど経過したが、ウーちゃんは説明書を読んでいるだけで前に進まない。すると女性がサッと手伝いはじめる、すぐに机を組み立てた「ハイ…完成」。ウーちゃんは「スイマセン」ちょっと申し訳なさそうにした。
ウーちゃんはさっそく机に向かってパソコンを広げた。同じく「マンガ描くわ」と机に向かった青野は「ウーちゃん机とパソコンで何すんの?」と聞いた。
「何って?小説書こうと思って」と真顔で答えた。青野は「そう」とだけ答え、2人は机に向かってそれぞれの作業を始めたが1時間もたたないうちに。
「青野氏、酒飲みにいかない?」
「いいよ。」
そして…2人が飲みに出て帰ってきたのは、もう日が変わったころだった。
「ビービー」ウーちゃんの携帯のアラームが鳴った。時間は午後5時過ぎ。机に向かってマンガを描いていた青野は「おはよう、よく寝たね。もうすぐ久美さんが帰ってくるよ。夕飯何食べたい?」とウーちゃんを見た。彼は「ホイコーロー」とだけ答えた。
いつものように夕食を済ませるとまた2人は「あーつかれた」と言って布団に入った。するとフッと電気が消え、真っ暗になった。
2人は「あれ?停電?」「でもパソコンはついてるよ」「じゃあなんでだ?」「おかしいね」とあたふたしている。「ああ蛍光灯が切れたんじゃない?」と女性が部屋に入ってきた。
女性はささっと踏み台にのって蛍光灯を交換した。「おっ」「ついた」2人は女性を眺めながら言った。
「ありがとう」
「どうもです」
「いいえ」
という短い会話を交わして。ウーちゃんは申し訳なさそうに「脚立くらいは、僕、しまいますよ」女性は「あ、ありがとう、じゃあお願いします」と答え脚立を渡した。
「…どこにしまえばいいですか?」
「ウーちゃん大丈夫私がしまうから」
女性は嫌な顔ひとつせずたんたんと脚立を片付けた。
3人でくらしている
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変な話である。特に何が起こるわけでもなく、謎の女性とヒモのようにぶらさがって生きる自堕落な男2人の3人の暮らしを正味24時間くらい切り取った物語。机の組み立ても、蛍光灯の交換もできない、料理も作らない、たぶんお金も稼いできていない男2人。女性が作ってくれた夕飯を食べた後、なぜか「あーつかれた」と言って布団に入る2人。おいお前たちは何もしていないとつっこみたくなる。たぶんこんな日々がずっと続いているんだろう。
この物語が収録されているコミックの最後に「巻末特別対談 青野春秋(漫画家)×川又宇弘(事象小説家) 生い立ちから”病気”のことまで包み隠さず大放談!『ぼくたちの創作の源は”生き死に”』にあるんです」という対談記事がついている。
この対談を読むと、この物語が理解できる。マンガの著者であり物語に登場する青野は「青野春秋」のこと、ウーちゃんは「川又宇弘」、女性は青野春秋の妻だ。鬱病の青野とその妻、そして青野の親友で躁鬱病のウーちゃん、そんな3人の奇妙な(?)暮らし。
これを読んで私は何を感じたのだろうか…言葉にできない。ただただ、男2人のなんとなくぼーっとした表情と、女性の微笑んでいる表情が印象的だ。いや正確に言えば、女性の表情は真正面からは描かれていない。でも、何もできない2人をさも当たり前のように世話をしてあげている姿がそう感じさせるのかもしれない。