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村上 春樹『猫を棄てる 父親について語るとき』(文藝春秋、2020年)を読みました。
村上春樹さんのお父様との関係性のお話。エッセイでお父様が国語の先生だったとのお話がありましたが甲陽学院の優秀な先生だったのですね。実家のお寺のこと、戦争体験、京大生として学んだこと、実家のお寺を継がなかったこと、そして村上さんがどちらかというと放蕩型の生活を送りながら偉大な小説家となっていったこととお父様との葛藤そして死の前の和解など、村上さんのルーツがわかり、家族の関係性を改めて考えました。最近家族療法というものがあると知りました。家族の葛藤はどこにでもあるものですね。みんな仲良くやれればいいのに中々難しいときもある。人生の縮図のようにも思えます。
本書より…
いずれにせよ、僕がこの個人的な文章においていちばん語りたかったのは、ただひとつのことでしかない。ただひとつの当たり前の事実だ。それは、この僕はひとりの平凡な人間の、ひとりの平凡な息子に過ぎないという事実だ。それはごく当たり前の事実だ。しかし腰を据えてその事実を掘り下げていけばいくほど、実はそれがひとつのたまたまの事実でしかなかったことが明確になってくる。我々は結局のところ、偶然がたまたま生んだひとつの事実を、唯一無二の事実とみなして生きているだけのことなのではあるまいか。
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僕がこの文章で書きたかったことのひとつは、戦争というものが一人の人間ーごく当たり前の名もなき市民だーの生き方や精神をどれほど大きく深く変えてしまえるかということだ。そしてその結果、僕がこうしてここにいる。