犬養 孝『万葉の人びと』(新潮文庫、1981年)を読みました。
著名な万葉集研究者が昭和48年頃にNHKラジオで放映した番組を収録したもの。まるで犬養先生が語りかけてくるようです。時代背景や歌が読まれた場所性を丁寧に解説しながら、当時の貴族や田舎の農民、防人の心情を読み解きます。1300年前も今も人の心は変わらないというのがメッセージでしょうか。犬養先生は大阪大学教養部の教員でした。私もその後継組織で教員をしていました。今の私の職場に学生時代に犬養先生がされていた大阪大学萬葉旅行の会の幹事をされていた方がおり、犬養先生の思い出話を聞きます。私も後に学生が思い出してくれるような教師になりたいと思いました。
本書より…
私が大阪大学におりましたときに、学生を連れて『万葉集』にうたわれた故地を歩きました。その回数、百十二回。参加した学生約二万名。正確に言いますと一万八千五百十四名です。その人たちが、現地に行って、「先生、すばらしいですねぇ。人麻呂の心ってすごいですねぇ。万葉びとって詩人ですね」と言って感激するんです。その感激がもう、忘れられない。出席などなにも取らないのに、そんなに大勢来るんです。
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すばらしい歌でしょう。『万葉集』には愛の歌が大変多いんですが、私はあなたが好きだとか、愛して愛してやまないとか、離れられないとか、そんな観念的な言葉をちっとも使わないんです。それは、この歌をみてもわかるでしょう。
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「詩人ですねぇ」というのは、いわばすばらしい人間の心を発見した喜びでしょう。それが忘れられないから、学生諸君が「万葉の旅を続けて下さい、続けて下さい」と言うんですね。言うならば、忘れていた心を、学生はじかに風早の海岸で体験したんです。こういうことからも、万葉の歌がいまも生きているいうことがわかるでしょう。我々の胸にじかに響いて来るんです。
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子供の世界だって、わらべ唄は、このあいだまで生きていたんですから。そういう点からいえば、今日の人は歌を失っています。失ったからこそ、歌手が必要になり、その人の声を聞くことによって楽しみ、ある時にはその人の声を真似たりもする。ところが昔は、歌というのは生活の中に入っている。東歌はその生活の歌です。
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