林間合宿
「小学5年生の頃ですかね」
「うちの学校では5年生になると林間合宿をすることになってて、山奥にある合宿施設まで行くんですよ。確か、バスで2時間くらいかかるところだったと思います。とにかく結構遠くて。周りにも目立った建物はないですし、普段であれば絶対に行かないところなんですよね」
「そんで、その合宿施設で1泊して、色々と活動したりするんですが。今思い返すと違和感があるというか。なんとなく、変なところがあるように思えてしまうんです」
当番組の取材に応じてくれたタナカさん(仮名)は、そう語った。
時折俯いたり、身振り手振りを交えたりしながら、当時の出来事について話してくれた。
「まず、トイレの構造がおかしくて」
「普通、トイレって奥の方に個室があって、手前の方に手洗い場があるじゃないですか。でもそこは違くて、手前の方に個室があったんですよ。まあ、これくらいなら問題ないじゃないですか。そういう造りなんだ、で納得できますし」
「でも、それだけじゃなくって。1つだけ、扉のない個室があったんです。工事中とかそういう感じじゃなく、完全に扉が取り外されていて。そのくせして、中はしっかり整備されてるんですよ。便器も洋式で綺麗だし、トイレットペーパーも補充されてるし」
「だけど、やっぱり扉がないってのが大きくて。結局、誰もそこは使いませんでしたね。わたしもクラスメイトも『これじゃ丸見えじゃん』とか言ってたんですけど、今思い返すと明らかにおかしいというか。整備するなら扉も付けるはずなんじゃないかって思うんです」
タナカさん曰く、その合宿施設には多くの不可解な点があったという。
更にそれだけではなく、所謂「心霊的」な噂も流れていたとタナカさんは言った。
「これは当時のクラスメイトから聞いた話なんですけど。そこ、出るらしいんですよ」
「なんか、昔にそこで心中した人がいるとかで、夜になると幽霊が出るって言ってて。で、部屋の壁にも何個か手形がついてるんです」
「ほら、小学生って怪談とか好きじゃないですか。怖いもの見たさって言うんですかね? まあ、とにかくそういう噂があったんです。わたしはクラスメイトと『こわいね』とか『不気味だね』とか話してたんですけども」
「あとは男子の方の寝室に『アイラブキュー』って書かれたりしてたらしいです。わたしは見てないんで分からないんですけども。あとは1つだけ電気のついた部屋があったりとか、そんな変な場所もありました」
他にも「100人規模の宿泊施設であるにも関わらず、浴室のキャパシティが3人程度であること」や
「水の備蓄がなく、一度飲み切ったら補充されるまで待つしかないこと」などの、
宿泊施設としての致命的な欠陥もあったという。
こういった欠陥についても同様に「不可解な点」であると、タナカさんは語った。
「元々は外で活動する予定だったんです」
「色んな場所を巡ってスタンプラリーみたいなことをするって聞かされてました。でも、直前になって『熊が出たから外での活動はなくなりました』って言われて、仕方なく屋内活動をすることになったんです」
「よく考えたら、これもおかしいなって。だって熊ですよ? 普通なら危険だし、そんなところに子供を連れて行かないんじゃないかって。最近のニュースを見ればわかると思いますけど、熊に襲われたら死ぬことだってあるじゃないですか。そんな危険があるにも関わらず、林間合宿を中止しなかったのは変だなって」
「先生たちは子供の命を預かっているわけだし、こういうところには慎重になると思うんです。でも、活動内容を変えてでも合宿を継続したのは、何か裏があるんじゃないかなって」
また、合宿施設には離れがあったという。
「離れにも近づかせてもらえなかったんですよね」
「特に封鎖とかはされてないし、入ろうと思えば普通に入れる場所にあったんですけど、先生たちから口酸っぱく『離れにはいかないように』って言われてたんです。自分で言うのもあれですけど、わたしは比較的真面目な生徒だったので、先生の言いつけを守って離れに行くことはありませんでした」
「クラスメイトも不気味に思ったのか、誰も離れに近寄らなかったんですよね。なんというか、離れの周りだけ空気が違うというか。こう、なんかどよんとした雰囲気があったんです。触れてはいけないものがある気がして、誰もそっちの方にはいきませんでした」
夜中には学年全体で特別活動をしたとタナカさんは語った。
曰く、「電気を消してロウソクの火を消した後にマイムマイムを踊った」とのことである。
タナカさんは「普通にマイムマイムをすればよかったのに」と言い、少し俯いた。
そして、合宿の終わりの時にも不可解な点があったという。
「合宿期間は1日だったんですが、帰り際の先生の様子がおかしかったんです」
「帰り際に卒業アルバムに載せる写真を撮ってたんですが、その時に先生が『さっさと撮って帰るべ』って言ってて。普通ならちゃんと撮るはずじゃないですか。だって卒業アルバムに載るんですよ? 粗末なものを載せるわけにはいかないし、何より記念品なんだからしっかりとした写真を用意するはずだと思うんです」
「でも、撮影回数は1回だけで。それが終わってすぐにバスに乗って学校の方に戻っていくことになって。結構疲れてたからその時は『早く帰れる』とか『やったー!』とか思ってたんですけど改めて考えるとおかしいですよね。先生、写真撮るときもしきりに本館の方見てたし」
そういったこと以外にも、夜中に突然電気がついたこともあったという。
タナカさんによると、消灯時間は既に過ぎていて、館内電源が落とされた後のことのようだった。
その他にも、合宿開始前にもいくつか不審なことがあったという。
「合宿の数日前に、先生が『何かあっても大丈夫だからね』としきりに言ってたんです」
「普通に考えると『緊張しなくていいよ』みたいな意味だと思うんですけど、どうしても違う意味にしか思えなくて。なんというか『変なことがあっても気にするな』とか、そんな感じの文脈があるように思えちゃうんです」
「どうにもこう、引っ掛かりを覚えるというか。何かを知っているような様子だったというか。もしかしたら、わたしの気のせいかもしれませんが」
タナカさんがこういった「林間合宿に関する不可解な点」を思い出したのは、つい最近のことだったという。
そして、当番組の存在を知り、情報提供などを目的として取材に応じることにしたようだった。
「気になったので、その合宿施設の名前で検索をかけてみることにしたんです」
「そしたら、検索候補の一番上に『幽霊』って出てきて。やっぱりなんかいるんだなって思ったんです。でも、それで検索しても心霊体験は一切引っかからないんですよ。口コミを見ても4.0で、誰一人として幽霊のことには触れていなくて。なんなら後半のレビューに至っては中身のない、それこそ行ってなくても書けるようなものしかなくて。それこそ『設備がよかったです』とか『寝室が綺麗でした』とか、そういった感じの」
「それで、『これサクラなんじゃない?』って思っちゃったんですよね。だって、明らかに致命的な欠陥のある宿泊施設じゃないですか。なのに、誰もそこに触れてないんですよ。団体で宿泊したら明らかに不便だし、なんなら家族で宿泊する場合でも不便に思うことがあるかもしれないのに」
「で、後で知ったんですけど、口コミの内容って第三者が編集したり削除したりできるみたいなんですよ。だから、意図的に心霊系のレビューとか、不都合なレビューを消してるんじゃないかなって」
タナカさんは怯えた様子を見せながら、番組スタッフに向かってこう言った。
「先生の言ってた『大丈夫』の意味ってなんなんですかね」
「あそこはなんだったんですかね」
「わたしたちは、一体何をさせられたんですかね」
タナカさんは再度俯き、先程よりも低めのトーンの声で話を続けた。
「合宿施設があったのは山奥の、それも結構市街地から隔絶された場所だったんですが、なんとなく近づきたいと思えないというか。嫌な雰囲気があるんです」
「もう近寄ることはないと思うんですけど、やっぱり不気味で。それで誰かに話したくなったから、こうして話してるわけなんですが。あとは、あそこがなんだったか気になるから、あわよくば調べてもらえないかなって思って」
「今まで言ったことはわたしが実際に体験したことで、脚色とか誇張とか一切してないんですけど。それを話すだけでなんというか、こう、一本話の筋が出来上がるというか。なんか話としてまとまりができるんですよね。意図的、とまではいかないんですけど、どこか不自然さを感じるんです」
タナカさんの声は、少し震えていた。
「なんだか、こうして誰かに話させることを目的にしているように思えちゃって。子供なら怪談とかオカルトとか好きだからクラスメイトに話すだろうし、なんなら結構食いつくことだってあるじゃないですか。それに、大人なら違和感を覚えてそれを誰かに打ち明けようとするだろうし」
「先生たちが合宿を続けていたのも、合宿施設側が不可解な点を残し続けていたのも。もしかしたら、合宿施設についての噂を流してもらうためだったのかもしれないなって思ってて。言葉の持つ力はわたしたちが思っているよりもすごくて、それが積み重なることで何か、それこそ怪奇現象とか幽霊とかを意図的に発生させたりできるのかもしれないなって。言霊があるように、祈りが現実に影響を与えるように、そういった『変化』を起こしたかったのかな、って勝手ながら思うんです」
「もし、本当にそれが目的だったら。もしかしたら、わたしたちはもう手遅れなのかもしれませんね」
「気のせいだと良いんですけど、それを否定することも肯定することも出来なくて。結局、わたしにできることは『気のせいなんだ』と思って、何も起こらないことを祈り続けることだけなんです。何かあっても、わたしにはどうしようもできないわけですし、そうなったら『だめだったか』って諦めるしかできなくて。本当に、気のせいであってほしいです」
最後に一言、「なんだか怖いので」と言って、タナカさんは口を閉じた。
取材の後日、番組スタッフは例の合宿施設を訪れた。
しかし、めぼしい情報は得られず、詳しいことを知ることは出来なかった。
タナカさんの言うように、こういった不可解な点は「気のせい」だったのだろうか?
我々が、その真相を知ることはないだろう。
上記音声はローカルテレビ局の資料室にて発見された、カセットテープの中に存在していました。
テープはテレビ番組の企画の一環として使用される予定でしたが、テレビ局側の都合により、その予定は取り消されることになったようです。
それだけではなく、そのテレビ番組は打ち切りになり、再放映自体も禁止されてしまったそうです。
その背景には、何があったのでしょうか。
林間合宿
2024/12/04 照守皐月
CC BY-SA 3.0/4.0