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あなたの見た夢についての話

クーラーの効いた部屋の中で、あなたは横たわっている。布団の上で手足を広げ、全身から力を抜いていく。ひやりとした風があなたの肌を撫ぜる。耳元に置かれたスマートフォンから流れる音楽は、自然とあなたの耳 の中へ吸い込まれていった。

えもいえぬ心地良さを感じながら、あなたの意識は微睡んでいく。瞼が重くなり、目を開けているのもやっとになった。睡魔が身体を蝕んでいくのを感じる。あなたは部屋の電気を消すために、右手を横に伸ばした。

照明のリモコンを掴み、ボタンを押す。それに伴い、電気が消える。ふっと暗くなった空間には空調音とあなたの呼吸音だけが響いている。

眠るため、あなたは目を閉じた。足元にいったシーツのことを忘れて、意識を手放していく。頭がふわふわとする。全身からじわじわと力が抜けていくのを感じる。

それが続いたある瞬間、あなたの意識は深い眠りの底へと落ちていった。




電車の座席にあなたは座っている。車内にいる人の数は、両手で数えられる程度だ。ガタゴトという揺れに身を任せながら、窓の外を見る。窓の外は夕焼けだ。しかも、上の方は既に夜になっている。藍と橙が混ざって、混沌とした色彩を放っている。

数羽のカラスが窓際を飛ぶ。翼をはためかせ、先へ先へと進んでいく。遠くへ行って、夕焼け空に溶けていった。

あなたはふと、電車の行先が気になった。これはどこに向かっているのか、はたまた向かう先などないのか。気になったが、すぐにどうでもいいことだと考えた。あなたは車両に身を任せている。結果がどうであろうと、自分にはどうにもできない。それを理解した。

スピーカーから音が鳴る。日本語ではない、未知の言葉が聞こえてきた。知らないはずの言葉だが、あなたはそれに聞き覚えがあった。

そう、母親の子守唄だ。

かつて眠るときに聴いていた、子守唄のメロディに似ている。漠然とした安堵を感じながら、あなたはこれが夢であると悟った。電車が止まる。ドアが開き、人がなだれ込んでくる。その流れに飲み込まれ、ぐちゃぐちゃになるまで揉まれていく。

自分は流れに身を任せることしかできない。


高層ビルにあるレストラン。あなたは、そこの窓際席で食事を楽しんでいる。目の前には愛しの彼女がいる。真っ赤な唇が動き、運び込まれた料理を咀嚼していく。その艶やかな様子に、あなたは見入っていた。

ウェイターがやってきて、テーブルの上にステーキを置く。焦げ目のついた表面は、まさに「食べてくれ」と叫んでいるようだった。テーブルの上のナイフとフォークを手に取り、ステーキに切れ目を入れる。ナイフを動かす度にカチャカチャという金属音が鳴る。

カットした肉をフォークで突き刺し、口へと運ぶ。じゅわ、と肉汁が溢れる。それだけではない。脳内に記憶が溢れ出す。

彼女との出会いは偶然だった。部署異動の際に出会い、話していくうちに意気投合した。最初はぶつかることもあったが、次第に打ち解けていった。告白したのはあなたからだった。バラの花束を抱えて放った「愛してる」の言葉は不格好なものだった。それでも、緊張のあまり声の裏返ってしまったあなたを、彼女は優しく受け入れてくれた。

指輪が彼女の左手薬指に通される。その一瞬に宿った美しさを、あなたは今も覚えている。子供には恵まれなかったが、それでもよかった。彼女といれるならそれでよかった。

でも、その彼女はもういない。つまり、目の前にいるのは。

あなたは全てを悟った。これは夢だ。彼女は幻影だ。夢なら覚めないでくれ。幸せなままでいさせてくれ。涙を流しながら、ステーキを食む。

仄かに塩味がした。


あなたは湖のほとりにある酒場の常連だ。今日も、酒を飲むためにそこを訪れている。目の前にはビールの入ったジョッキが1つ。あなたはそれを飲み干し、勢いよくテーブルに置いた。

酒場の店主は黙々と仕事を続けている。あなたはテーブルの上に置かれたツマミのナッツを食らっている。ふと、入口のドアが開いた。視界を動かすと、そこにはびしょ濡れの少女が立っていた。端正な顔立ちと透き通るような白い肌。パッと見では人形と勘違いしてそうなほどだ。

少女があなたの隣に座る。店主は少女にオレンジジュースを差し出した。少女はストローをさしてオレンジジュースを飲む。あなたはその様子を黙って見ていた。あなたの視線に気付いた少女は、にこやかに笑ってみせた。

それはまるで、幼少期に見た人魚のようで。

そう思い浮かべると、少女は「正解」と呟いた。立ち上がり、指をパチンと鳴らす。足先が変化していき、魚の尾ひれになった。指の間には水掻きがある。少女は、まさしく人魚だったのだ。

あなたは驚く。人魚がいると知って、喜ぶ。そして暫くして、これが夢だと気づいて落胆する。人魚が店を去っていく。あなたは「待て」と言おうとしてそれをやめた。

夢は追っているだけでいい。手に届かない方が、綺麗に見せるから。そう呟いて、ビールを口に含む。
テーブルの上には、1枚のウロコがある。




目覚まし時計のアラームで、あなたは目を覚ました。

窓の外を見る。燦々と輝く太陽と、透き通るような青空が広がっている。身体を起こすと、足で蹴飛ばされてよれたシーツが目に入った。枕元に置かれたスマートフォンのバッテリーは5%になっている。クーラーからは相変わらず風が吹いている。

不思議な夢を見た気がする。それは電車で揺られる夢であり、最愛の人と食事をする夢であり、かつて追っていた夢を再発見する夢だった。

それらの夢に関連性はない。意味もなければ、物語性もない。それでも、あなたは夢を見る。夢を見て、そこに広がる世界に想いを馳せる。そんなことに意味なんてないのに。

これであなたが見た夢についての話はおしまい。


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CC BY-SA 3.0
照守皐月/teruteru_5
2024 「あなたの見た夢についての話」

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