冷静と情熱の間を教育する

ビジネスでも何でも、何かを決めるところから始まる。

合意すること、アイディアを練り上げていくこと、実行するかどうか決定すること、これらはどんな組織にもある。

決めるときに、私の所属する某グローバル企業で取り入れられている仕組みとして、必ず推奨案に対して「Reason not to proceed」(推奨しない理由)を入れる、というものがある。

例えば誰かを昇進させるとき。普通はその部門の部長なりが昇進させる人のこれまでの活躍ぶりや信頼されている状況を説明する。資料になっていることも多い。我々の会社では活躍ぶりの記述欄の下に「今回昇進させないとしたら理由は何か?」を記述する欄が必ずある。推薦する上司自らこの欄に必ず記入しなければならない。ついでにこの者の昇進を推薦する他部署の者も必ずこの「昇進させない」理由を記入する義務がある。

これによってコミュニケーションが実にバランスとりやすくなる。

通常は昇進の推薦はいいことばかり書いている。いいことばかり書かれた昇進候補者の中から選抜しないといけないとき、極めて難しい議論になることはどの会社にもあるだろう。これをその場で一番役職の高い常務あたりが鶴の一声で「今回はこいつでいいんじゃないか」なんて言うものだから納得感がなかったり、「あいつは常務とゴルフに行ってご機嫌取りだ」などと言われる。

昇進の決定というのはかくも簡単に組織のモチベーションを下げることに直結する。

だから、最初から推薦者が語る「推薦しない理由」を並べておくということだ。

「彼は営業成績も抜群で、自らよく勉強しているし、部内の信頼も厚く、現在のポジションで2年半努力を続けてきた人である。しかしもしあえて推薦しない理由を上げるとするならば、まだ目先の課題解決にとらわれすぎで全体最適まで考えが至らないところが物足りない」など。

元々ネガティブ部分が全員分提示されているので、このネガティブ部分がどれだけ重要か・Criticalかというところが議論になる。隠すことはできない。

昇進の場面だけでなく、どんな機能を開発すべきかという開発の決定にも同じようなことが行われる。開発といっても様々な機能が候補に挙がる。ユーザーインターフェイス部分から、データベース周りから、機械学習機能の刷新など、それぞれ簡単には同列に優先度をつけにくいものが開発候補案のリストに並ぶわけだ。

このときも、部長あたりが「今年はデータベースを綺麗にしよう」と行ったところで周り全員が「なんで?」となるし、財務部門は売上に直結しやすい機能を優先させるように言ってくるし、顧客対応部門からは現在のクレームの原因となっている機能の改修を求めてくるし、そう簡単には決められない。

それこそがGoogleやAmazonでプロダクトマネジャーが花形ポジションである理由でもある。プロダクトマネジャーはテクニカルな知識のみならず、この開発意思決定力に優れていなければならない。

このときも、定量化できるものできないものを並べるので、やはり推薦する機能の長所を確認したあとで「推薦しない理由」「今開発しない理由」を並べて議論する。

この「推薦しない理由」は、複数案から一つ選ぶときによくメリデメ表を作るのと似ているが、ミソは「たった一つのことをやるかやらないか決めるときでも使うこと」と「メリデメ表のような比較がしにくいものでも、それでもあえてバランスの取れた議論にするために使うこと」。

翻って、学生のビジネスコンテストやPBLにおいて、最終案のプレゼン等で見られるのは「この案すごいです」的な記述は多いが、リスク面や「なぜ今までこのサービスはなかったのか」「今やるべきでない理由があるとすれば何か?」が少ない。実際に事業を作ったりすることまで構想するなら、そこまで思考を深めて欲しいと思うのだ。

先日書いたような”質問力”とも関係するが、常に良い案には「この案がよくないとしたら何か?」という思考を同時に進めた方がよいのだ。

ブレスト等で時々、全員がものすごく盛り上がる案が生まれることがあるが、実際にその案を実行してもうまくいかないことが経験則上わりと多い。なぜなら上記のような「これは絶対やるべき」の思考が10割占めた議論になっていたからだ。「どう考えてもいい案に思えるがそれでもこの案をやらない理由があるとすればそれは何か?」を常に調べることが、どんな小さい決定でも意思決定の質を高める。

元々「どんな案にも悲観的な側面がすぐ浮かぶ」という人もいるが、悲観的すぎて何も行動を取れなくなるのもこれまた教育上マイナスである。やはりこれもバランスが取れるかどうかなのだ。

私がリクルートにいたときに、多くの事業がうまくいかずにたたまれていったのを自分でも経験し、よく見てきた。よくよく調べてみると、事業がうまくいかなかった理由は、その新規事業を始めるときにでも把握できていたケースが多い。「市場がまだそれを求めていないのではないか?」「高級路線すぎてかなり市場は狭いのではないか?」「どれだけ店構えをカッコ良くしようが、商品購買においては結局値段勝負となるのではないか?」等々。

新規事業を進める部署は「事業を構築したる!」「業界を変えたる!」と意気込むので、事業立ち上げ時期には結構な確率でこんな「うまくいかない理由」を黙殺するのだ。これを読んでくれている人には、そんなアホな、と思われると思うが実際にこのネガティブ要素をいつか気合いと根性でなんとかしようと考えてしまう人って意外と多い。

責任者じゃなくても、若手メンバーでも気付いていても言葉に出さないことも多い。新規事業がうまく行かない理由を最初から議論するなんて、ネガティブ人間と思われたくない、皆全力で商品開発・営業開拓しているのに、、、という意識が働く。

だが、もっと初めからこの理由をつぶすべく早期に手を打っていればこの事業はつぶさずに済んだかも、という後悔を作らないためにも、常にこの理由を念頭におくことが事業を進める上で核となる。

その思考はたとえ高校生、大学生でも身につけておいて損はない。

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