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勇知保育所 所長の想い

一生のうちで、自然の中で好きなことを好きなだけ遊ぶことが許されているのは幼少期だけなのではないでしょうか。もちろん、大きく成長してからも自然の中でたくさん遊べますが、余計なことを考えずに純粋に夢中で遊び込める時期というのは限られていると思います。(小さな子達が何も考えていないという意味ではありませんよ)

そして、この時期にする野遊びは成長発達にとても重要な意味を持っています。暑さや寒さ、花や木、虫や魚などの生き物、土や水や火など自然と触れ合いながら、自分が好きなこと、やりたいことを自分のペースでやっていく中で様々な体験をします。そこから心や体にたくさんの刺激や学びがあり、その中で培ったものがその後の成長発達を積み重ねるための心と体の土台を作っていくのです。自分という存在の核を作っていると言ってもいいかもしれません。大きく成長したこどもの野遊びは、ある程度できあがった土台の上に育ちや学びを積み重ねていくことになります。つまり、少年期の野遊びと乳幼児期のそれとではその意味合いや役割が違うということです。

また、こどもは生まれながらにしてより良く成長発達したい意欲に満ちていいます。自分自身で育つ力を持っていると言えます。「やってみたい」「チャレンジしたい」「上手くなりたい」という気持ちは、ここから生まれてきています。しかしこの力は育てていかなければ十分な効力を発揮しないばかりか、どんどん小さくなってしまいます。では、どうやって育てていくのか・・・それは大人の「こんな風に育って欲しい」という理想や都合に合わせることなく、学ぶ力や伸びる力を信じて様々なことを自由に(こども主導)やらせてあげること・・・つまり、野遊びを好きなだけしてもらうことだと考えています(好き勝手をなんでも許すという意味ではありませんよ)。

そして、側にいる大人は野遊びを一緒に楽しんだり、その時その時にこどもに湧き上がって来ている気持ちを受け止めて寄り添うことが役割となります。

だから勇知保育所では、野遊びをたっぷりできる場と機会を提供し、保育スタッフはこども達の心と体の様子を気にかけています。そして、そんな環境を可能な限り最適に整えるために日々悩み考え相談し、そして行動しています。

一方で、こどもが野遊びを満喫する上で前提になることがあります。それは、心と体が整っていること。整っているというのは「健康」であるとも言えますし、「安定」しているとも言えます。そして、こどもが常に整っているためには実は家庭の役割が重要になってくるのです。これは安心安全な生活環境、家族の適度な触れ合い、規則正しい生活リズムを作る・・・などです。これにより、こどもはスゴイ力を発揮できるし、たくさんのことを学びますし、日々の中でぐぐっと成長発達できるのです。
逆に「健康」や「安定」が危ういと、こども本来の力は発揮できないということです。例えば、寝不足や疲れが残っている体では思い切り遊べませんし、集中力や判断力を鈍らせます。また、気持ちが安定してないと常に不安の中に居ることになり、積極的に遊ぼうという気持ちや何かにチャレンジしようという気持ちも湧き上がりません。
こどもが日々の中で良い体験・良い学びができるかどうかは、当然なことですが家庭の役割が大切なのです。

勇知保育所の野遊び保育は、家庭で整えられた心と体を使って、常に新鮮で多様な刺激が溢れている自然環境の中で、本人が持つ好奇心と意欲に基づいた行動と、大人も含めた一緒に過ごす仲間達との関係性により、その子がこれから育ちゆくための土台を作っていくのです。

最後に・・・
私はこども達が毎朝目覚めた時「今日もまた楽しい一日が始まるな~」と思って欲しいと願っています。「今日は○○をして遊ぼう!」「今日は○○くんと一緒に遊べるかな…」「今日は○○を捕まえたい!」「○○先生と遊びたいな~」、そんな一日の始まりであって欲しいものです。

こんなこども達の活き活きと日々育っていく営みを勇知保育所で私達と一緒に作りませんか?


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