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ホントに賢者か、オーディン?

北欧神話 第一話

 神話についてのエッセイもいろいろ書いてまいりましたが、今度は北欧神話でございます。ゲルマン民族に伝わる伝説ですな。

 まず、一番最初にお断り。

 これからいろんな固有名詞が出てきますが、例によって文献によって同じものでも表記の仕方が微妙に異なります。たとえば、「オーディン→オージン」「ユミル→イミル」「ミーミル→ミミル」「ヨーツンヘイム→ヨトゥンヘイム」なんて具合。これはもう、どう統一していいものやらサッパリわかりませんので、できるだけ多くの人が使ってる(ような気がする)表記をこのエッセイでは使います。

 と、お断りを入れたところで、まずは北欧神話を概観してみましょう。

 最初にこの神話はゲルマン民族に伝わる話だと書きました。ではなぜに「ゲルマン神話」とは呼ばれず、「北欧神話」と呼ばれるのでしょう。ちょっと不思議だよね。不思議なことは調べたくなる性分なので調べました。

 ええとですね。ゲルマン民族と一口で言っても、彼らはいろんな民族の集まりなんですね。4~6世紀に起こった民族大移動(聞いたことあるよね?)で、当時ヨーロッパ全土に広く分布していたケルト人(背が高く、青い目をした金髪の人々)を追い出しながら、どんどん南下して、さまざまな国を作った。これでヨーロッパの民族地図は完ぺきに書き変わっちゃった。古代が終わり、中世の始まり。

 ところが。

 ゲルマンの皆さま(アングル族、ザクセン人、フランク人など)は、ヨーロッパの主流派になったのもつかの間、今度は西ローマ帝国に支配されちゃう。当時のローマは強かった。で、ローマ皇帝、コンスタンティヌスのオッサンがオッケイ出しちゃったもんだから、キリスト教が大流行。コレラよりすごい勢いで流行しちゃって、もう、ヨーロッパ中、キリスト様様。気がつけば、いままで身近だった古代の神様は、みんな絶滅。ゼウスにしろオーディンにしろ、みんなふしだらな神様だから、許せなかったのね、修道院の皆さまは。

 そもそも神様は一人しかいないっていう、唯一絶対神思想がキリスト教の根幹だから、ちょいと美人な女の子見つけると、ほいほい子供作っちゃう神様なんて言語道断。

 そんなわけで古代の神様は、すっかり肩身が狭くなっちゃったんだけど、なんと北欧は10世紀になるまでキリスト教化しませんでした。だからゲルマンの神話がよく保存されてる。そのなかでもとくにアイスランドは、もっともキリスト教化が遅かったので、「エッダ」という神話の集成と(短いお話をまとめたもの)、「サガ」という英雄伝説がたくさん残ってます。だから「ゲルマン神話」ではなく「北欧神話」と呼ばれてるんですね。

 ちなみに「北欧神話」という、一つの完成された物語があるわけじゃなくって、短い神話の集まりが(でも、それぞれに関連性がある)、北欧神話って呼ばれてるわけ。

 蛇足だけど、土地を追われたケルト人は、けっきょく大陸から駆逐されて、いまはアイルランドとスコットランド地方に住んでます。ずいぶん狭くなったもんだね。イングランドは、ゲルマン系。つまり現在のイギリス(グレートブリテン)は、ケルトとゲルマンが共和国を作ってるようなもので(異論はありましょうが)、イギリスにケルト神話が根強く残っているのはこのためであり、またゲルマン民族の神話がイギリス文学に残っているのも、また、このためなのです。

 さて。この北欧神話を一言で表現しろと言われたら、ぼくは「陰鬱」という言葉を使います。北欧の神様たちってば、みんな戦ってる。いつも戦おうとする。その意味では勇猛であり(英雄指向が強い)、悪く言えば野蛮なんだけど、その根底に流れているのは、どんよりとした鉛色の空という気がする。

 これは北欧という地理に深く影響されていると言われています。北欧はギリシャなど地中海文明が栄えた場所と違い、太陽の光がさんさんと降り注ぐ自然に恵まれた場所ではなかった。とても気候が厳しかったんですね。大地は母ではなく、人間を苦しめる存在だったんです。常に多大な労力を持って土地を耕さなければ作物は収穫できない。収穫量も少ない。だからゲルマンの民族は、よりよい土地を求めて、他人の土地を分捕るような好戦的種族(勇猛)にもなるし、厳しい気候で気難しくもなる。みんな頑固親父になっちゃうのね。そんな頑固親父が作った神話だから、どうしても明るい雰囲気にはならない。陰鬱な雰囲気が漂ってしまうんですね。

 その陰鬱さを醸し出す最大の理由は「終末論」が物語の早くから存在してることでしょう。北欧の神様は不死ではないのです。いつか「滅びる」と予言されている。そして神々自身が、その予言を知っていて、なんとか滅びを回避しようとするんだけど、有効な手だてはなにもなく、けっきょく予言通り滅んでいく。

 神が「滅ぶ」という思想は斬新ですよね。ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に代表される唯一絶対神思想にはない。というかあり得ない。唯一絶対神は「完ぺき」な存在なので。

 だからこそ北欧神話は興味深い。北欧神話の「滅び」は、誤解を恐れずに言うなら「美学」だとぼくは思う。滅びの美学。神々は死ぬことがわかっていながら勇猛に戦い滅んでゆく。この辺も英雄指向の強いゲルマン民族の特徴が良く現れていると言えるかも。ヴァイキングの神様だしね。

 さあ、かなり大雑把だけど、だいたい歴史を概観したところで、そろそろ本題に入るとしましょうか。北欧神話のエッセイ。ここからが始まりです。

 なんといっても、最初は「天地創造」でしょうね。文字通りこれがなきゃ始まらない。ギリシャ神話だろうが日本神話だろうがメソポタミアだろうが、神話の最初のスペクタクルとして必ず登場する物語。古今東西、神話の「世界の始まり」って、どれも似たり寄ったりなんだよね。なにもないところに、なんかが生まれて、それが神様だった。みたいな。

 そんな中、北欧神話はやや趣が異なる。諸説あるんですが、大方の見方として「なにもない」という状態からは始まらない。世界の真ん中は確かに真っ黒い空間なんだけど、その真ん中から見て「南」という大変曖昧な表現で「ムスペルヘイム」という場所が存在し、そこは炎の世界であったという。そこにはスルトと呼ばれる巨人が住んでいる。この巨人がどこで生まれたのかの説明はない。さらに「北」には「ニヴルヘイム」という闇の中で嵐が吹き荒れる恐ろしく寒い場所があった。このニヴルヘイムは、のちに死者の世界となりますが、「始まり」の時点で、この世界がどんなものか詳しい説明はありません。

 さて。ここから、いよいよ「神々」が生まれてくるのですが、この辺は少しギリシャ神話に似てるかも。

 ムスペルヘイムから吹き出した熱風が、ニヴルヘイムからは吹き出した霜を溶かして、そこから新たな巨人が生まれました。名前はユミル。この後、北欧の神々をずーっと悩ませ続ける巨人族の誕生です。

 さて。つぎに雌牛が生まれます。この雌牛は、自分の乳で先に生まれたユミルを育てる。立派に成長したユミルくんは、男と女がベッドでやる楽しいことを、お一人でおやりになって(これも諸説あるけど彼は両性具有らしい)、一人で子供を産みます。なんだか寂しいというか侘びしいセックスですが、ともかくこれで巨人族がバンバン増えていく。

 そのころ。

 ユミルを育てた雌牛が舐めていた塩辛い氷の中から(そんな氷はあるのか?)、なんかが生まれます。それはブーリという男でした。これが北欧神話の神様のご先祖様。ブーリは紛れもない男で女性の機能は持ってない。それでもなぜかボルっていう子供作る。どうやって作ったかはわかりません。

 で、ボルくん。巨人族の娘さんのベストラちゃんと結婚して、三人の男の子をもうけます。これが世に悪名高い……いやいや名高いオーディン三兄弟。彼らは母方の実家の家長であるユミルのオッサンに戦いを挑んで、これをうち負かします。これでブーリ系の神様たちが北欧の世界を支配することになったのでした。

 純粋に神話(物語)の設定としてみたとき、なんでオーディンは母方の家長であるユミルを倒そうと思ったのでしょうか。理由はよくわかんないんですけど、どうも巨人族って言うのは、この世の無秩序の体現者(象徴)だったらしくて、とにかく好き放題に生きてた。ところがブーリの孫であるオーディンたちは秩序を望んだから。と、そういうことらしいです。

 オーディンが主神になる下りはギリシャ神話に似てますよね。ギリシャ神話では、最初ティターン族というのが生まれて、そのあとゼウスが生まれる。ゼウスはティターンに戦いを挑んでこれをうち負かし、世界を支配するんです。似てるでしょ?

 でも似ているのはここまで。ギリシャ神話ではティターンは完全にゼウスに負けて、以後、彼らの世界を脅かすことはない。ところがオーディンは巨人族を完全に滅ぼすことができず、徐々に勢力を回復した巨人族と、ずーっと小競り合いを続けることになるのです。それどころが、この巨人族が「滅び」の原因なんです。なにせ、彼らってば無秩序の総元締めだから。で、オーディンたち北欧の神様は、常に巨人族の侵略に対処しなければならず、戦争また戦争の日々を送るのですが、最後の最後で、巨人族との大戦争をやらかして、神々と巨人族は、互いに最後の一人まで戦い続けて、彼らの世界は滅んだのでした。

 この最後の日を「ラグナレク」といいます。

 いきなり結末(終末)を書いてしまいましたけど、話を巻き戻しましょう。

 巨人族の総元締めユミルに挑むオーディン。このときの若かりしオーディンは黄金の兜を被り、戦士として、もっとも充実してたときなんです。とにかく強い。ユミルを撲殺したのか剣で切り裂いたのか知らないけど、このときユミルの身体から大量の血が流れ出て、それが大洪水となって、一組の夫婦を残して巨人族は全滅してしまう。なんだかな。すごい光景だよね、血の洪水。想像したくないね(苦笑)。

 んで、ユミルの死体から、どういうわけかオーディンは「世界」を作ることを思い立つ。なんでそんなことを思いついたのか、それこそ神のみぞ知ることで理由はサッパリわかりません。とにかく思いついちゃった。

 オーディンのお料理教室!

 いきなりですが、ここからは、オーディンのお料理教室です。ユミルの死体を使って、美味しい料理(世界)を作りましょう!

 まずオーディンは、ユミルの肉で「大地」を、頭蓋骨で「天」を作りました。基本ですよね。大地と天。これで下ごしらえが完成。

 ところが、ここで問題が発生。大地には、オーディンたち三兄弟が住むつもりだったんですけど、巨人族の夫婦も、たった一組だけ生き残っちゃってるんですよ。こいつらも始末しとけばあとあと楽だったのに、オーディンも、自分の母親が巨人族だったから、彼らを殺すは忍びなかったのか、神話作家の先生方が伏線はりたかったためなのか知りませんが、とにかくオーディンは彼らを殺さなかった。

 そこでユミルの眉毛を大地に植えて高い壁を作り、その向こう側を地の果てとして生き残った夫婦(ベルゲルミルと、その奥さん)を住まわせてあげることにしました。この巨人族のために作った世界が、ヨーツンヘイム。

 さあ、お料理の続き。髪の毛は「樹木」にしてみました。植毛かよ。大きな骨は「山」にして、小さな骨や歯を「岩や小石」にしました。これで大地は完成。

 ふと見ると、頭蓋骨で作った「天」が寂しい。そこでユミルの脳みそを空にぶちまけて雲を作りました。それでもまだ寂しかったんで、ムスペルヘイムって場所(覚えてますか? 最初にあった炎の国です)の火花を利用して、太陽と月を作りました。それでもまだ寂しいので、星なんかもつくってみました。

 こうしてオーディンは、ユミルの死体を余すことなく使って世界を作ったのです。あ、ユミルの血が海になったのは言うまでもありませぬ。

 さあ、世界ができたら、今度は生物を作らないといけない。ちょうどユミルの死体にウジ虫がわいてたんで、こいつを、自分たちの姿に似せて知恵を与えて小人を作りました。そしたら海岸に二本の流木が打ち上げれたんで、やっぱり自分たちに似せて、トネリコの木から人間の男を、ニレの木から女を作ってみました。これが最初の人間、アスクとエムブラ。アダムとイブ(エバ)に呼び名が似ているのはご愛敬(っていうか、たぶん旧約聖書の世界と関連性があります)。

 さあ、役者が揃った。ガンガン世界を作りましょ。

 オーディンは人間たちの住む世界を大地に作ってあげた。これがミッドガルド。その一段上に、自分たち神々が住むアースガルドを作った。ミッドガルドとアースガルドは三色の虹の橋で繋ぎました。これがビフレスト。あと、小人たちや妖精たちの世界を作って、とりあえず七つの世界を作ったと。このほかにオーディンが生まれる前からある、炎の世界のムスペルヘイムと、死者の世界(黄泉の国ですな)ニヴルヘイムを足して、合計九つの世界で、この世は成り立ってる。ってのが北欧神話の世界観でございます。

 複雑でわからん? しょうがないなあ。んじゃ箇条書きにしてみましょうか。

1 アースガルド 神々の国(アース神族の住むところ)
2 ヴァナヘイム 神々の国(ヴァン神族の住むところ)
3 ミッドガルド 人間の国
4 ヨーツンヘイム 巨人族の国
5 ニダヴェリール 小人の国
6 スヴァルトアールヴェイム 黒妖精の国
7 アールヴヘイム アールヴヘイム
8 ムスペルヘイム 炎の世界
9 ニヴルヘイム 死者の国

 おや? 神の国が二つあるぞ? アース神族とヴァン神族? なんじゃそりゃ。と、お思いのあなた。まあ、待ちなさい。これはあとで説明します。

 さあて、世界ができた。よかったよかった。と、浮かれてる場合じゃないんですよ。まったく北欧神話を作った神話作家の先生方ったら、世界設定に命かけてるんじゃないかって言うぐらい、複雑怪奇にしてくれたもんで、まだまだ、この世界の仕組みを説明しなきゃならない。ああ、しんど。

 愚痴を言っても始まらないんで、続けます。この世にはトネリコの大木があって、こいつが九つの世界すべてを貫いております。これがかの有名な世界樹「ユグドラシル」。世界樹どころか宇宙樹なんて呼ばれることもあるくらいすごい木で、ラグナレク(滅び)の日に、つぎの世代の命を守ると言われている、大切な大切な木なんでございますよ。あ、だから、ユグドラシルの実は安産の薬になるって言われてるんですね。でも、トネリコ(モクセイ科の落葉小高木)は、日本にも自生してますけど、実が薬になるって話は聞かんなあ。まあいいか。

 で、ユグドラシルには三本の根っこがあって、アースガルド、ヨーツンヘイム、ニヴルヘイムにある泉に、その根を下ろしています。ここでも、箇条書きにしますか。

泉の名前 泉のある場所
1 ウルドの泉 アースガルド/アース神族
2 ミーミルの泉 ヨーツンヘイム/巨人の国
3 フヴェルゲルミルの泉 ニヴルヘイム/黄泉の国

 と、言うぐあい。設定が凝ってるというか細かいというか几帳面というか。そのわりに時間の経過や、神々の血縁関係、あるいは世界(土地?)の場所なんかは矛盾だらけのいい加減。

 ま、神話がいい加減なのは本当でしてヴァン神族の住むヴァナヘイムなんか、どこにあるのかもわかんない。たぶん設定を複雑にしすぎて破綻したのでしょう。だいたい北欧神話に限らず、神話というのは一人の作家が緻密に考えて創り出したものではなく、伝説とか言い伝えとかを紡ぎ合わせた、リレー小説みたいなもので、しかも監修する人がいないから、矛盾が生じて当たり前なんですね。ギリシャ神話はホメロスとヘシオドスによって、そこそこ編集が成されたけど。

 なんだか、いつも話が横道に逸れるけど、とりあえず、これで世界設定の説明は終わりです。

 やっとこさ世界をつくって、アースガルドでのんびり暮らし始めたオーディン三兄弟ですが、こっからがよくわかんない。どういうわけか、神様がどんどこ出てくる。いったいだれが産んだの? だれか教えて。

 一説には、ヨーツンヘイムに住まわせてあげた巨人族の夫婦が子供(娘)をつくって、オーディンたちが、この巨人族の娘に子供を産ませたとも。で、もっと気味の悪い説では、オーディンが一時的に性転換して、弟たちとセックスして妊娠したとも……

 ぐえええ。気持ち悪い。やめてくれ。巨人族の娘説を採用しよう。

 なにせ巨人族の娘さんたちってば美形揃いなのよ。いやホントに。のちにオーディンもグリッドっていう巨人族の娘さんに息子を産ませてる。それどころか、この世で最も美しい女性は巨人族にいるってんだから驚きじゃありませんか。彼女の名はゲルド。名前は可愛くないけど、その名に似合わず、かの美しき女神フレイヤも嫉妬するほどの美しさだったとか。その証拠に神の中で最も高貴で美しい男神フレイ(フレイヤのお兄さんね)が、ゲルドに一目惚れしちゃって、さあ大変。けっきょくゲルドとフレイは結婚するんだけど……おっと、いまはこの話じゃなかった。

 なに? もったいつけずにゲルドの話を聞かせろ? まあ、あわてないで。ゲルドについては北欧神話の4話あたりで書くから、ぼくのnoteをチェックしといて。

 すんません。話を戻します。

 さあ神様がどんどこ増えていくんですけど、いつごろからか神様は二系統に別れます。その一つがオーディン率いるアース神族。ゴキブリ・ホイホイを作ってる会社の名前みたいですな。そしてもう一つがヴァン神族。と、ここでは神の系統が二つに分かれたと言うことだけ覚えといてちょーだい。

 アースガルドに豪華な屋敷を建てて悠々自適のオーディンですが、彼は急に知識欲に目覚める。自分の好きなように世界を作ったん主神なんだから、なんでも知っていて当たり前だと思うのですが、オーディンは知識を求めるんですね。なんででしょう? 理由はわかりません。北欧神話を作った神話作家の先生たちに聞いてみたいね。

 とにかく、万能の神であるはずのオーディンは知恵を求めて、ヨーツンヘイムにあるミーミルの泉に出かけていく。この泉は別名「知恵の泉」と呼ばれているぐらいでして、その水を飲むと頭が良くなるって噂なのよ。大学受験を控えている学生の皆さまは、飲みたくてしょうがないんじゃないでしょうか?

 でもね。簡単には飲めないんですよ。この泉の番人はミーミルっていう巨人なんですけどね、なにせ泉の番人だもんで、毎日、泉の水を飲んでるから、とんでもなく頭がいいんですな。この世界を作ったオーディンより、いろんなことを良く知ってる。自己矛盾というか設定の破綻というか、どんどん強敵を作らなきゃいけないアクション漫画というか、とにかくオーディンより頭がいい。

 だから「その泉もオーディンが作ったんじゃないのかい!」という突っ込みは受け付けておりません。突っ込めるものなら、ぼくが突っ込みたい。ホントいいかげんな設定だよなあ。

 それはともかく、泉の水を飲むにはミーミルと知恵比べをして勝たなきゃいけないんですよ。もちろんオーディンはかなわない。それでも彼の知識欲はやまず、なかなか引き下がらない。だったら帰って勉強しろよ。泉の水なんかに頼るなよ。必死に勉強してる受験生にぶん殴られるぞ。と、現代人は思うわけですがオーディンは、そこまで勤勉ではないようですな。

 ミーミルも諭したりはせず、ついに根負けして条件を出すから、それを承知するなら水を飲ましてやると約束します。その条件とは、おまえの片目をえぐり出せという、かなりスプラッタ&グロテスクな要求。片目を失うってことは、戦士にとっては致命的なんですよね。立体的にモノが見れなくなるから、戦いにものすごく不利。ミーミルは、そのことを知っていて(なにせ頭いいから)、この条件なら戦士であるオーディンは諦めるだろうと思ったのです。

 さすがにオーディンは悩む。でも耐え難い知識欲に突き動かされて、ミーミルの前で片目をえぐり出しちゃいます。ミーミル。おまえ、なんでも知ってるんだろ。なぜオーディンが条件を承知することがわからなかった? と、突っ込んではいけません。話が前に進まない。

 そして、オーディンは一杯の水を飲みました。

 とたん。ドーン! と、オーディンの脳みそに、すさまじい知識が降り注ぎます。一気に頭が良くなっちゃう。

 また余談だけど、これ以後オーディンは黄金の兜を脱ぎ捨てて、われわれが良く知る帽子を目深に被って、魔法使いみたいな服を着たカッコを好むようになります。戦士としてのオーディンは死に、賢者としてのオーディンが誕生したわけですね。いや賢者は言い過ぎだな。中年過ぎてちょいと頭が良くなった(気がしてる)、過激なオッサンってとこか。

 さて。いきなり知識を得たオーディンは、とんでもないことを知ります。この世にはその昔、ルーン文字というものがあって、それは強力な魔法だったらしい。しかしその文字はすでに失われていて、知るすべはない。いや、一つだけあります。それは死者がいる黄泉の国に行けばいいのです。ルーン文字を知ってるヤツも、いまは黄泉の国にいるわけですからね。

 待て待て待て!

 その昔ってなんだよ、その昔って。オーディンが作ったんだろ、この世界。なんで「その昔」があるのさ。

 いやはやまったく、北欧神話ってお茶目。この時点ですでにオーディンは万物の神って存在じゃないんですね。依然として神々の中じゃ一番えらいけど、いつの間にか、ただのオッサンに成り下がってる。矛盾にいちいち腹を立てていては、神話なんて読めないんだけど、北欧神話はその中でも矛盾度が高い。

 話を戻そう。

 ルーン文字は黄泉の世界にしかない。でもルーン文字を学ぶために黄泉の世界には行けない。だって黄泉の国に行ったら、死んじゃうもん。死んじゃったら知識なんて意味ないもん。

 ところがどっこい、知識の泉の水はダテじゃない。黄泉の国にかなくても、ルーン文字の秘密を知る方法があるのです。それもオーディンは知った。もちろんミーミルも知ってるんですが、恐ろしくてとても試す気にはなれない方法なんです。

 どんな方法なのか。上の方でユグドラシルは――

1)ウルドの泉(アースガルド/アース神族)
2)ミーミルの泉(ヨーツンヘイム/巨人の国)
3)フヴェルゲルミルの泉(ニヴルヘイム/黄泉の国)

 以上の、三つに根を下ろしていると書きました。そう。ユグドラシルは黄泉の世界にも繋がっている! こいつを電話線のように使って黄泉の国と交信をすればいい!

 おお。ネットワークか。インターネットの先駆けだな。すごいじゃん。しかもユグドラシルの根っこなら、かなり太いだろうから、光回線並みに速いに違いない。

 これのどこが恐ろしい方法なんだろう?

 といいますのは、交信するためには厄介なことをせにゃならんのですよ。ミーミルもそれだけはごめんだよと思うような方法。それはユグドラシルの枝に身体を宙づりにして仮死状態にならないといけない。トランスですな。相手が黄泉の国だからね。半分死ななきゃお話できないわけ。

 オーディンはどうしてもルーン文字が知りたくて、躊躇なくこの方法を試みます。ユグドラシルの枝に身体を張り付けて(逆さにね)、そのあと仮死状態になるために、腹を切ったっていうんだからビックリ。仮死状態どころか本当に死んじゃうってば。でもオーディンって、いまでこそ中年オヤジだけど、もともと戦士で体力有り余ってるから、滅多なことじゃ仮死状態になれなかったんでしょう。なにせ腹かっさばいても、九日間は意識がしっかりしてて、痛いよう、痛いようって泣いてた(うそ)らしい。んで、九日目でやっと意識がもうろうとしてきて、黄泉の国と交信に成功。ついにルーン文字を手に入れましたとさ。

 余談。実際のルーン文字は、ギリシャ文字の変形したものです。じつはミーミルの泉も黄泉の国も関係なくて、本当の賢者が住んでいたギリシャが発祥なんですね。古代ゲルマン人はルーン文字を実際に文字(記録)として使ってたんだろうけど、そのうち魔除けとか呪いのために使われるようになる。この辺の過程はよくわかりませんが、そういう歴史的背景が「魔法の文字」なんて神話を残すことになったんでしょう。ぼくの邪推なんだけど、オーディンを最初に考えた古代のゲルマン人は、ギリシャの洗練された文化を知らなくて、それを知った後世の人々が、オーディンに知識を求める旅をさせたんじゃないかな。

 そんなこんなで、片目を失い戦士としちゃあ役立たずになったけど、その代わりなんでも知ってる頭のいいオッサンになったオーディン。

 なんですが……

 こいつ頭がいいのかどうか、ぼくはとっても疑問んんです。

 ある日。ミッドガルドを歩いてたオーディンは庭のテラスでお昼寝してる娘さんを見かけるんですよ。ミッドガルドだから、もちろんこの娘は人間。で、このオッサンも神様の例に漏れず、大変スケベな好色家でいらっしゃるから、この娘さんと楽しいことをしたくなっちゃう。どんなに頭が良くなっても、下半身はべつらしい。

 で、オーディンのオッサン。寝てる娘を揺り起こしてナンパする。この娘さんがまあ、人間のくせに相手が神々の主たるオーディンと気づいても動じることなく言います。

「オーディン。暗くなってから、もう一度来てください。だって、わたしとあなたが楽しいことをしたなんて人に知れたら、変な噂が立ってしまいますわ。ね」

「うむ。そうだな。では、また夜に来よう」

 なーんて会話を交わしてオーディンは夜になるのをウキウキしながら待って、いよいよ日も暮れたんで、今度はワクワクしながら娘の屋敷に戻ると、な、なんと、その屋敷には何百人という戦士が武装して屋敷を守ってた。

「だ、騙された……」

 と、オーディンは思った。マジで。なんでも知ってるオヤジのくせに。それでもオーディンは諦めきれず、戦士たちの警戒がゆるむのを待って、まんまと娘のベッドルームに忍び込むんだけど(ホントに神様かこいつ?)、彼女のベッドには一匹の雌犬が繋がれていただけでしたとさ。

「た、謀られた……」

 と、このときオーディンは思った。マジで。そこで、なんでも知っている頭のいいオッサンは、こんな言葉を後世に残した。うやうやしく。

「女なんか信用できねえよ!」

 バカだよこいつ。実際には「女の言葉は信用できない。その約束を当てにするな。女の心は気まぐれだ。わたしはそれが正しいことを知っている」というようなことを言ったらしい。

 男女に関係なく、人の心の移ろいやすさというのか、人間関係の難しさというのか、そーいうことをいいたいなら、百歩譲ってわからなくもないけど……ナンパした女性に逃げられたあということか?

 いかがでしょう。たいぶオーディンについてわかっていただけたでしょうか? 詩と戦いを司る大賢人、渋いナイスミドルをイメージしていた皆さま、ごめんなさい。

 なんて、舌の根の乾かぬうちに、もっとコキ下ろします(苦笑)。

 さっき北欧の神様はアース神族とヴァン神族に別れたって書きましたよね。なんで別れたのはいまいち理由はわかりませんが、彼らはあまり仲がよろしくなかった。

 アース神族はオーディンが率いているだけあって勇猛な戦士タイプ。ヴァン神族の方は文化的な知能が高いって言えば聞こえはいいけど、なんちゅうか宮様みたいなもんかな。麿は~ なんて言い出しそうな。平安貴族的な世界観。フレイなんて光源氏だよね。そう。有名なフレイはヴァン神族なんです。男とベッドで楽しいことするのが大好きな妹のフレイヤも、もちろんヴァン神族。

 と、かなり性格(文化?)を異にするアース神族とヴァン神族。当然ながら仲が悪い。アース神族にして見りゃ、あの淫らなヴァン神族のやつらめ(アース神族だって負けず劣らず淫らなんだが)となり、ヴァン神族から見れば、アース神族なんて力任せの野蛮な連中。

 そんなある日。ヴァナヘイムから、一人の女神がアースガルドにやってきます。彼女の名はグルヴェイグ。この女神様、黄金に目がない。とにかく金が大好き。アースガルド中の金をかき集めて、持って帰ろうっていう魂胆でやってきたわけなんです。彼女が黄金を手に入れる武器はズバリ自分。女の魅力ってやつですな。アースガルドの男神たちを、つぎつぎにたぶらかし、ベッドをともしちゃあ、その男神の持ってる黄金をいただいていく。なにせヴァン神族ですからね。そういう色仕掛けがお得意。

 そんなわけでグルヴェイグさん。せっせと黄金をかき集めて回ってるわけですが、ある日すごいものを見てしまう。それはオーディンのお屋敷。なにせオーディンはアース神族の親玉であり、ヴァン神族の元祖であるわけなので、その屋敷の金持ちぶりは桁が違う。屋根がぜ~んぶ、黄金でできてたんですよ。これでグルヴェイグさんが目の色変えないわけがない。さっそくオーディンに会って色仕掛け。

 そのオーディンなんですが、先程も説明しましたとおり、大変スケベな好色家でいらっしゃるから、さっそくグルヴェイグとベッドイン。それからお二人は、甘い甘い日々をお過ごしになりました。ああ、なんだかなもう。

「ねえ、オーディン」
 ベッドに横たわりながら、グルヴェイグさんが言う。
「あの屋根にしている黄金をわたしに少しくれない?」
「ん~ そうだなあ。んじゃ、もう一回ね」
「ま、まだやるの?」
「じゃあ、あげない」
「わ、わかったわよ。もう、しょうがない人ねえ」
 なんて感じで、オーディンのオッサンはうまくはぐらかして、グルヴェイグに黄金を一グラムもあげようとはしない。グルヴェイグさんも、なかなかラチがあかないんで、オーディンが身体を求めてこないときは、ときおり屋敷を抜け出て、外でほかの男神に抱かれて黄金を集めるって日々を過ごしておりました。

 それをオーディンに見つかっちゃう。いやはや、オーディンが怒った怒った。激おこぷんぷん丸。って古いか(苦笑)。いや待て、なんでオーディンが怒るんだい。怒る資格ねえよ、おまえに。でも怒っちゃったものはしょうがない。

「なんて貞操の薄い女だ!」

 だーかーらー、あんたこそ、そんなこと言う資格は……まあいい。話が前に進まない。

 オーディンのオッサン。じつに自分勝手というかなんというか、グルヴェイグさんを屋敷に呼び戻し、怒りのままにグルヴェイグの身体に槍を突き刺して滅多刺し。もし現代ならオーディンのオッサン、即逮捕、死刑確実。ゼウスだって女にひどいこと結構やってるけど、彼の場合は奥さんのヘラが嫉妬に狂ってやったことであって、ゼウスには情状酌量の余地がある。しかしオーディンにはない。こいつはただの狂人。切り裂きジャックも真っ青。だって切り刻んだグルヴェイグを屋敷の外で火あぶりにするんだもん。斬り殺したあとにだよ。かなりヤバイです。さすが北欧神話の主神。気性が大変激しくていらっしゃる(絶対、知り合いになりたくないね、この人と)。

 ところがグルヴェイグもただ者ではない。なんと火あぶりにされている最中に生き返っちゃう。なんとこの女神さま不死身だったのです。驚いたオーディンは、もう一度グルヴェイグを焼いたけど、また生き返る。性懲りもなく、三度焼いてまたまた生き返る。

「なんだこの女!」

 と、オーディンが叫んだとき、グルヴェイグは鷹の羽衣を取り出して身にまとうと(どこから出した?)、一羽の鷹に変化して飛び去っていったのでした。このとき呪いの言葉を残していったって説もあります。アースガルド中の女神が、セックスに狂ってしまうと言う恐るべき呪いを。

 その呪いはともかく。ヴァナヘイムに逃げ戻ったグルヴェイグは、ことの一部始終をヴァン神族の仲間たちに話す。これでふだんは雅に暮らしてらっしゃるヴァン神族も怒り狂う。

 こんなバカバカしい理由で、アース神族とヴァン神族の全面戦争が始まります。

 腕力で勝るアース神族が圧勝したと思うでしょ? ところが、なかなか勝負かつかないんですよ。なにせヴァン神族は魔法の使い手。神様だから魔法を使えて当たり前だと思うんですが、なぜかアース神族は使えないらしく(ヴァン神族も男神は魔法を使えない。おまえらホントに神様か?)、勝負はどうしてもつかない。オーディンは、すでにルーン文字を知っていて彼だけは魔法を使える。だからフレイの持ってる勝手に相手を斬り殺してくれる魔法の剣を、ルーンの魔法ではじき返したりしてるんだけど、やはり決着はつかない。

 さて。なかなか勝負がつかないうちに神様たちバカバカしくなってきます。どうも、こんな全面戦争をするほどの理由でもないんじゃないかと。戦ってから気づくなよ。と言いたくなりますが、神様って現代人よりおバカだから、やってからでないと気がつかない。いや現代人もバカか。いまだに戦争やってるもんね。

 そんなわけで、おバカな神様たちは、やっと戦いをやめて和睦することにします。このときお互いに人質を出し合う。アース神族からは、ヘーニルとミーミルが(ミーミルっていつアース神族の神になったの?)、そしてヴァン神族方は、ニヨルド(海の神様らしい)のご家族さまご一行がやってきた。ニヨルドの息子がフレイ。娘がフレイヤ。

 さあ、何度か名前は出てたけど、ついにフレイとフレイヤの兄弟がアース神族の仲間となり(人質だけど)、北欧神話は第二ステージへ向かっていきます。

 というところで、今回は終わり~

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