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遠き口笛 闇より深く

その日、モノクロームの夜を経験した
赤い車はチャコールグレーに見えた
街灯の光は白く輝いて見えた

遠い昔の出来事

彼女に聞いた
応えは
「彼に聞いて‥」
の一言だった。
その一言で僕は混乱した
夏の長い夜のこと

夜の海は真っ黒だった
いっそ夜も海が青ければいいのにと、その時は思った
ぼーっと闇夜に青白く光る海を想像したら
怖くなって
一瞬で、その思いを取り消した

シモガマシティには猫ほど大きな鼠がいると言う
僕らは4マイルほど離れたシモガマシティまで
車を飛ばして確かめに行った
大きな影を見つけた
大ネズミのお出ましに 
僕らは胸がわくわくしたのを覚えている
確かに鼠の形をした猫ほどの影だったが
大ネズミを見ることは出来なかった

「本当に大ネズミなんているのかい?
誰か見たことがある奴はいないのか?」

彼女は応えた
「彼に聞いてよ‥」
夜のアスファルトは照り返しで熱気を帯びていた。

その後、モノクロームの景色を見た
雪深い冬の朝だった
ロットリングで縁取ったくらいに、僅かな黒が白い景色をいっとう引き立てている様に見えた。

カストーラは茶色い髪に黄色い顔で
僕を見つめてる様に見えた
その時、初めて世の中は黒と白だけではないことに気づいた。

「僕の顔は何色?」
彼女に聞いた
「彼に聞いてよ‥」
彼女は退屈そうに、そう応えた。

アルファベットの終わりは数字の始まり
そうやって永遠に歴史は作られていく
昨日の夜

異邦人が大きな声で罵倒を浴びせている
誰に腹を立てているのだろう?
テレビの中のあのくたびれた顔の政治家に?
「彼には堪えないよ」
僕は異邦人に、気づかれない様に配慮しながら小声でそう呟いた。

まんじりともしない長い夜が明けると
朝日ばかりが眩しく感じた
そのおかげで毎日ぼくは午後から微睡んでいるんだ
夜の借りを昼に返しているのかもしれない
これでプラスマイナスゼロという訳だ。

昨日はアザミの刺が指に当たって痛かった
誰かが悪戯して手袋の中にアザミを仕込んだに違いない
お陰で指は血だらけじゃないか!

次第に不思議と怒りは収まっていった
南の海で釣りをしていることを想像したからだろうか?
そうだ!
こうやって怒りを収めればいいのか!

米粒ほどの、この小さな町にも
毎日、あちらこちらで、いざこざが起きていて
本当にうんざりする。
顔に大きく「寿」と墨で描いた老人が
横断歩道の信号待ちで一人怒鳴っていた
世の中、上手くはいかないものだ。

黒いワンピースを着て
顔を黒塗りにして
夜の街に出たら
どんな悪さだって出来るんじゃないかと
そんな事を考えてニヤニヤしてしまう

蕾のまま終わる花の生涯

ありきたりで、おざなりな歌詞

世の中不満だらけで何もやっても間に合わない

「君は何か不満がある?」
彼女に聞いた
「彼に聞いてよ!」
彼女はうつ向きながらそう答えた。

モノクロームの景色は悪くはない

ただ

世の中、白と黒しかない訳じゃないんだと

気付いただけでもよかったんだ。

今日は穏やかな顔で眠れそうだ。

Fin.