未完小説:タイトル『Gemini Life』

とりあえずテスト投稿。
昔書いた未完の小説を投下しておきます。
いちおう百合なのか、SFなのか、良く分かりませんがそんなノリの作品です。
未完ですので、物語の導入だけでぶった切れてます。
そこばっかりはご了承を。悪しからず。
これだけでも読んで、面白いと思っていただけたら幸いです。

 かつて人々が夢見た未来。それとは遠くかけ離れた現在がここにある。だが、未来は緩やかに推移していた。その変化はまったく微細なもので、普段生活しているだけでは滅多に気付けない。ふと目に付くと既に生活の一部として、組み込まれていることなんてのはざらな事である。たとえば携帯電話やパソコン。遠い昔、人類が月に行った時などとは比べ物にならない性能のデジタル機器が手元に存在し、一般家庭に下りてきている。このように、未来は静かにその歩みを進めているのだ。

 二〇二五年春。二十一世紀は四半世紀を迎えた。

 未来の足音は、止まらない。

 壱

 鏡美奈は春が嫌いだった。この桜舞う、麗らかな季節を嫌っていた。ぽかぽかと暖かい陽気も嫌いであったし、若草が薫る緑の庭も黄色く咲き誇るタンポポも大嫌いだった。

「季節なんてなければいいのに」

 誰もいない一人きりの家で、桜の花びらが散っていく窓の外を眺め、カップに口をつけた。ミルクも砂糖も入れない真っ黒なコーヒーは朝食の代わり。そして煙草を咥える。銘柄はラッキーストライク。火を付け、深呼吸する。立ち込めた煙が窓越しに桜を曇らせた。

 美奈はざまあみろと笑い、灰を落とす。彼女の指が煙草の背を叩くと、床のフローリングが少し剥げた所に落ちた。ほんの一瞬、彼女の動きが止まる。が、次の瞬間にはもう何事もなかったように彼女はまた吸って、大きく灰色の息を吐く。煙草の苦い味で舌が痺れた。

 春休み。幾度となく体験してきた、この短い休みへの感慨の浅さは高校生になっても変わらない。高校に入ってから二度目の春。独りぼっちになって、もう何度目の春だろうか。美奈は指先に煙草を遊ばせて、物思いに耽る。彼女の家庭は崩壊していた。今はこの広い一軒家に独りで暮らしている。母は幼いころ死別し、長らく会っていない父親から送られてくる生活費と週に三度、ハウスキーパーが身の回りの事を世話してくれる。ここ何年かはそういった生活を送っていた。

 灰皿に煙草を押し潰すと美奈は奥の和室に入る。備え付けの仏壇へ線香に火をつけ、鈴(りん)を鳴らし、仏前に手を合わせた。瞼を閉じ、ほんの少し静寂を保つ。終わると美奈は母の遺影を見つめた。亡くなって以来、日課として母に拝むのを欠かさなかった。この日課が終わると、いつも複雑な気分になる。笑っていいのか悲しんでいいのか、良く分からなくなるからだ。まだ生きている自分が恨めしい。

 逃げるようにして居間へ戻ると、コーヒーの残りを一気に飲み干した。すっかり冷めていて、とても苦い。おかげでさらに憂鬱な気分に陥り、憂さ晴らしに再び煙草を咥える。些細なことで苛つく心を落ち着けるには一番の薬だ。まったく毒されているな、と自嘲する。

 そうして火を付けようとした矢先、インターホンが耳障りに鳴った。途端に美奈の表情は歪む。

「ったく、誰よ……いきなり」

 なんて間の悪い客だ。咥えていた煙草を灰皿に置き、玄関先に行った。文句の一つでも言ってやろうかと息巻きながら、美奈は扉を勢い良く開けた。

 桜吹雪。

 鮮やかな色の花びらが送り届けられて、吹き込まれた風に美奈の長い黒髪が踊る。

 突然の訪問者──

 鏡に映った自分の顔がこちらを見て、お辞儀してくる。

 着たこと無いような、ロングスカートのワンピースにシックな柄のシャツに身を纏って。

 美奈は驚きを隠せず、言葉が出て来なかった。そんな馬鹿な。もう一度、目を合わせて確かめてみる。しかし錯覚ではない。美奈は信じられなかった。自分と瓜二つの顔を持った女が今、目の前に立っている。

「初めまして。あなたが鏡美奈?」

「そ、そうだけど……」

「確認、メモリー通り。ではお邪魔します」

 女は美奈への挨拶もそこそこにいきなり家に上がりこんできた。その場に立っていた美奈は突然の出来事に呆気を取られ、一体何が起こったのか分からなかった。女は靴を丁寧に脱ぐと、ずかずかと奥に進んでいく。

「えっ、なに。なんなの!?」

 立ち尽くしていた美奈は我に返り、すぐ女の後を追った。

 一階は居間、ダイニングルーム、キッチン、和室、洗面所、浴室。二階の方は個室が大小二つ、書斎。天井には屋根裏部屋もある。女は家を隅々まで見渡し、細かなところまで逐一確認している。そして一階にまた下りてくると、廊下を見渡した。

「なんなの、あんた」

「確認します、ここは鏡功博士の自宅で相違ありませんか?」

 久々にその名を聞いて、心がざわつく。美奈は咄嗟に女の胸倉を掴み、物凄い形相で迫った。

「あんた、誰。あのろくでなしの助手? 答えろ……!」

 美奈の反応に女は大して驚いてもおらず、平然とした表情で彼女を見ていた。逆に美奈の方が動揺を隠せていなかった。眼鏡こそ掛けてはいないが、自分と同じ顔がある。髪型、体つき、背格好も見た感じ、ほぼ一緒。服装の趣味ぐらいにしか違いを見出せなかった。

 ああ、と女は声に出す。なにか気付いたらしく、美奈の方をじっと見つめた。

「すみません、私の紹介がまだでしたね」

「いちいち癪に障る言い方ね、なんとかならないの?」

「襟、離して下さい。これでは説明もできません」

 美奈は女の真っ直ぐな瞳から目を逸らし、手を襟元から離す。

「ありがとう、美奈」

 さっきまで表情一つ変えなかった女に笑みが浮かんだ。柔らかい、穏やかな顔。美奈は少しぎょっとして、目をぱちくりさせた。

「では、居間へ参りましょうか。お話すべき事はたくさんあります」

 居間に移ると二人はソファに向かい合って座った。さて、と美奈が視線を女に向ける。

「私はミラ。あなたの体細胞を元にして作られた生体アンドロイドです」

「……なんだって?」

「クローン技術はご存知ですか。私の身体の90%は、美奈さんからの体細胞から作り出されました。顔がそっくりなのも、私が美奈さんのクローンだからです」

 突拍子もない返答だった。自分と同じ顔の女が口にした言葉を耳に捕らえて、美奈は訝しむ。

「あんた、私を馬鹿にしてる?」

「私に嘘はつけません」

「」

 美奈は憮然とした表情で、足を組み直した。続けざまにソファにもたれかかり、また視線を逸らす。彼女はミラの言うことなど、まるで信じようともしていない。一方、ミラは若干、困惑した目つきでずっと美奈を見ている。

「しかし現に、私はここに存在します。私はどうやってあなたに自分を証明すればいいのでしょう?」

 瞳を逸らすことなく、ミラは絶えず美奈の顔を視野に入れて、はっきりとして口調で喋っている。その理路整然とした態度に美奈はだんだん苛立っていた。

「なら、証明して見せてよ。もしあんたがロボットだって言うんなら、その証拠を」

 意地悪く、美奈は言葉を吐き捨てる。きっとろくな証拠もないだろうと踏んだ上で、彼女はミラにこの問いを突きつけた。どう答えるかとにやにやしながら、ミラの顔を窺う。

 するとミラは唇を真一文字に閉じ、少し困った風に目を伏せた。その後、人差し指を口元に添えて、眉を曲げる。なにやら考え込んでいるようだった。

「……分かりました」

 躊躇う声がミラの口から漏れると、彼女はすっくと立ち上がった。

「少し手間が掛かりますが、よろしいですか?」

「はいはい、どうぞ好きにして」

「では、目を閉じてください」

 言われるがままに瞼を閉じて、美奈は待った。真っ暗な視界が広がる。何も見えない中で物音が聞こえてきた。ごそごそとする音、ぷつぷつと途切れる音、そしてぱさり、と何がが落ちた音。

「ねえ、まさか……」

 音を聞いて、不安に駆られた美奈はあわてて目を開いた。悪い予感はどうしてこう外れないのか。彼女は光景を目の当たりにして、うんざりした。

「なに、してるの?」

 案の定、裸になったミラの姿があった。彼女はこちらに気付くと、なにか問題でも、という風に首を傾げた。そしてまた、しばらくしてからなにか閃いたらしく。

「服を脱いでいました。こうしないと証明出来ませんから」

 はにかむように笑った。顔もかすかに赤らめている。だが身体を隠そうとはしなかった。

 

 

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