未完小説:二次創作小説
在庫処分その3。
二次創作小説。ありていにいうとエヴァ。
作ったのが07年の4月なので「序」が公開する前に書いたやつか。
一応シリーズにするつもりで「αρχη」というタイトル付けてる。
たぶんスタジオカラー(χαρα)からの発想だろうけど、どうだったか。
主役は綾波。話はぼんやりと「劇場版まどマギ」みたいなのを考えてた、はず。
なんか映画のヌーヴェルバークみたいなっぽいね、今見ると。
さて、始まりがあれば終わりがある。
時間、空間、瞬間。
何が起こって、何があったのか。
それを語るには順序立てる説明する必要がある。
が、しかし。
ここにまともな終わり方をしなかった話がある。
言うなれば、歪んでいる。
その歪みの上に重ねていく物語はいかほどのものだろうか。
終わりなき終わりを目指して紡がれる物語。
そう、終わりがあればまた始まりもあるのだ。
第α話
うつろい
ゆ
くもの
静かな部屋。時計の針がかちかち小刻みに鳴る。終わらない長針と短針の鬼ごっこ。鬼はどっちだろうか。まあ、いい。そろそろ目覚める時間だ。起きなくては。喧しく響く時計のアラーム。ここであくびを一つ。身体には安物のタンクトップと下着。ジリジリ鳴り続ける時計は殴り倒したら、何も言わなくなった。
朝日がカーテンの向こうに輝く。明かりを求めて、薄暗がりの部屋の中、電源を探した。それをいつもの場所に見つける。天井にある蛍光灯の淡く白い光を一身に浴びた。
部屋は、閑散としていた。家具もなく、申し訳程度の寝具だけ。それも簡素なベッドにタオルケットが一枚。内装設備は台所、風呂場、洗面台、洗濯機、冷蔵庫はもちろんのこと、冷暖房も完備であるから、生活には不自由ない。フローリングの床、ただっ広く四方に奥行きのある部屋、隣の小部屋も申し分ない。窓とベランダの外に広がる世界、自分の現在、知覚している世界、この身で感じ、肌で触れて、呼吸する自分。
「私はここにいて……ここに私はいる。私は、綾波レイ」
ベランダに出て、景色を眺めていた。が、どうも遠くの視界の焦点がぼやける。何度、目をこすり、しかめてみても、実像を捉える事の出来なくなった眼球は変わりようがなかった。振り向くと床に、眼鏡が転がっている。ごく普通の楕円系の眼鏡だった。しかし、片方に亀裂が走っている。それを顔に掛けると、途端に視界が明るくなり、目の前の光景の輪郭はよりはっきりして、鮮明に見えた。
くい、と指で位置を調整した。何かを考え込むのでもなく、上目遣いに覗き込むようになにかを見ていた。毅然と、厳しく、モノを見つめる瞳。しかし、目の前にはなにもなかった。本当になにもない。
だが、急にまるで亡霊を見ていた錯覚に陥り、はっとして指を下ろしたのだ。
辺りを見回した。閑散とした室内、そこに唯一人の住人。それ以外は見当たらない。ぽつんと部屋の真ん中へ立っている。部屋の周りに、妨げるものはない。彼女の支配する空間はただ静かに、何食わぬ顔で存在していた。すると視力は元に戻り、裸眼ではっきりと見える。眼鏡をかけていると、逆に像がぼやけ、目眩がした。
眼鏡を外して、支度を始める。もうそんな時間だった。床に衣類を投げ散らかし、浴室に入る。熱湯のシャワーに身を任せて浴びる事、数分。蛇口を止めて、タオルを掴んだ。淡く透き通った肌を良く拭き、壁脇のハンガーを手にする。そこから制服を外して、着替えた。鞄が椅子に立て掛けて、ある。すぐ近くの冷蔵庫から牛乳を出して飲む。一息で、勢いに任せてコップを傾けて、飲み干した。ぐい、と口を拭う。空になったコップを流しの水に浸けた。台所の周りは食器が散乱している。顔をしかめて、この現状を見つめた。ゴミと化したレトルト、インスタントの容器、缶詰、瓶。なんでもある。そしてそれらは行き場のない程、積み重なっている。
彼女はうんざりして、それらに背を向けると玄関を出て行く。
「行ってきます」
誰もいない、部屋に言葉を置いて、学校に向かった。
……
「おはよう」
昇降口に入ると、チャイムが鳴った。教室に入ると、ちょうど教師がやって来た。席に座ると、朝礼が始まった。変わり映えのしない授業、何の変哲もない窓の風景。青空に白い雲が流れ、黄色い太陽が眩しく照り付ける。
チョークが黒板に当たる音、板書を書き写す鉛筆の音、かすかに聞こえる話し声が続く。それらをずっと聞いている。またチャイムが鳴った。それが何度か繰り返されて、校内は賑やかさを取り戻す。
昼休みだった。
レイは席を立って、人気のいない所へ歩き出す。
「おっ、綾波だ」
「2-Bの帰国子女か」
「そ。確かドイツだった、かな」
「あっちで飛び級して大学まで行ってるんだろ? なんでここに通ってきてるんだ」
「さあ?」
通り過ぎていった男子の声が耳に入る。他愛のない会話。耳を傾けて聞くほどの中味も、ない。彼らを無視して、彼女は廊下を歩き続けた。騒がしい校舎から逃げるように人気のない方へ。誰もいない場所へ。そんなところは何処もない、のに。
廊下に足音が響く。人声が遠く雑音に聞こえた。階段を上り、辿り着いた先は音楽室の前。入り口の鍵は開いている。扉を開いて、中へ。
室内は誰もいない。遠くで昼の喧騒が聞こえる。ここなら、誰にも邪魔されず過ごせそうだ。椅子を引き、机へ覆い被さった。綺麗に整えられた机の列の一角にぽつんと存在する。水を打ったような静けさが広がった。瞳を閉じて、時の流れるのを待つ。手にはDATのカセットプレーヤーが収まっている。その重みを感じて、耳につけたイヤホンから音楽を聞いた。中味はクラシックの弦楽四重奏。低音がゆったりと流れてゆき、主旋律が徐々に奏でられる。静かに、そして穏やかになにか輝かしいものが降下してくる優しい調べ。ふと目を開き、レイは誰もいない音楽室を眺めた。曲はまだ続いている。
彼女は考え込んだ。今、聞いている曲は誰の曲だろうか。曲名も分からない。そもそも、自分に音楽を聞く趣味はなかったし、現にここへカセットプレーヤーを持ってきた覚えもない。手には確かに持っているが、突然現れたらしい。気付くと、持っている手もいつの間にか包帯で巻かれている。それも肩から指先まで。怪我、でもしたのだろうか。
曲が終わった。彼女はプレーヤーを操作して、曲をリピートした。同じ曲がまた耳に流れ出す。何故だ。どうしてこの曲だけを繰り返すのだろうか。理由が分からない。ただ耳に流れてくる音楽の旋律に身を委ねる。そしてまた曲が終わると、もう一度繰り返した。そして曲の終わる度にテープは巻き戻されて、何度も何度も寸分の違いもなく、正確に耳に染み込んでゆく。
「綾波さん?」
いきなり肩を叩かれ、驚く。振り向くと、音楽教諭の女性が目の前に立っていた。
「どうしたの、こんな所で」
「いえ……」
レイは言葉を濁す。たまたまこの教室が開いていたからで、特に理由はない。
「何、聞いてたのかしら?」
教師は肩越しにイヤホンを拾い、耳にはめた。
「カノン……パッヘルベルね」
すると、彼女はこともなげに曲名を言い当てる。
「カノン、ですか」
「ええ。有名な曲よ、知らなかった?」
今、初めて知った。そうか、これはそういう名なのか。レイはカセットプレーヤーをじっと見つめた。中のテープが回転し続けている。よく見れば、テープに『Canon』と走り書きされていた。自分の字ではない、誰かの書いた文字で。
「……まあ、いてもいいけど、そろそろチャイム鳴るから授業には遅れないでね」
そう言って、音楽教師は出て行った。
レイは停止ボタンを押す。ぶつ、っと音の切れる音がした。
静寂だけが残り、一人取り残された気分に陥る。
いや、そんなことはない。
「問題ない……わ」
目を細め、遠くを睨む。ここではないどこかを。
レイは足早に音楽室を後にして、教室へと向かう。程なくして、チャイムが鳴った。追い立てられるように、彼女はその歩みを速めた。カノンの優しい音色とは違う、鐘の音を耳に鳴り響かせて。
……
この日、最後の授業は体育だった。
男子は陸上、女子は水泳。空は乾いたように青く、太陽の熱視線は校庭の砂を焼く。日陰の色合いは濃くなり、暑さは増していた。
EPISODE:Alpha
For You
「あ、綾波さんっ!」
放課後。一人昇降口呼ぶ声が聞こえた