山下達郎スタジオアルバムランキング
初めまして。
Twitter経由で来た方はこんにちは。
何年も前にアカウントを作ったものの、ほとんどnoteは活用してこなかったのですがずっと塩漬けなのもアレなので今回、試しに音楽記事でもやってみる事にしました。というわけで。
山下達郎のスタジオアルバム全作のFromワーストtoベストです。
昨今(2023年現在)、シティポップブームもだいぶ落ち着きつつありますが案外、山下達郎の全スタジオアルバムを語ってみるというのはあまりなかったなと思い立ちまして。2022年までのスタジオアルバム全14作をカウントダウン形式でコメントしていきます。
アーティスト本人が明言しているように「生きている内はサブスク解禁はしない」との事ですので、もちろん音源(CD)をすべて購入しました。
なお
・ソロ以前の作品(シュガー・ベイブ、ナイアガラ・トライアングルなど)
・ライヴ盤(「 IT'S A POPPIN' TIME」「JOY」)
・アカペラ企画盤(「ON THE STREET CORNER」シリーズなど)
・その他サントラ、ベスト盤
以上は今回のランキングでは除外しています。悪しからず。
ちなみに評価基準はアルバムとしてのまとまりの良さ&自分の好みです。ファン内の評価がどうであるかはほとんど見てないので異論はあるかと思いますが、こんな感じになりましたということでどうかひとつ。
と、前置きはここまでにして、以下よりカウントダウンスタートです。
14. COZY (1998)
ワーストは「COZY」です。
95年にMOON RECORDS前半期のベストアルバム「TREASURES」をリリースして、キャリアが一区切りついて発表された作品ですね。現在に続くキャリアの出発点でもあります。リリース前年にはKinki Kidsのデビュー作「硝子の少年」への楽曲提供が話題になったりもしましたね。
この頃からタイアップソングがアルバム収録曲の大半を占めるようになり、発売同年に開催された長野五輪のキャンペーンCMソング「ヘロン」もこのアルバムに収録されていますが、一口に言って冗長です。というのも、全スタジオアルバムの中でも一番収録時間が長い(72分47秒)んですよ、このアルバム。
もちろんレコードを出していた頃はA面B面を意識した構成で、CDがリリース主体になった以降もしばらくそれが続いていたわけですが、この作品はCDバブル期(と言っていいんだろうか)によくありがちなCDメディアの限界近くまで収録曲を入れる構成になっていて、今まであった作品のメリハリが失われてしまってるように聞こえるんですよね。タイアップ曲がずらーっと羅列されてるような感覚で、聞いていて「まだあるの?」という気持ちが先に立ってしまう。
あとこれだけタイアップ曲が収録されているのにも拘らず、ぱっと惹き付けられる楽曲が少ないのも痛い感じですね。どれも悪くはないけど、飛び抜けない楽曲ばかりというか。
アルバム=作品として見た場合、どうしても印象がぼやけてしまうというか魅力が見出しづらい作品ですね。
13. GO AHEAD! (1978)
山下達郎のキャリア転換点になったアルバム「GO AHEAD!」が13位です。え? 出てくるのが早すぎるって?
いや、確かにこの作品があったからこそ山下達郎が現在に至るまでのキャリアを築き上げる事が出来たのは疑いようのない事実ではあるんですが、本人も振り返っているように当時の評論家やリスナーからは「まとまりがない」って批判を受けているんですよね。自分も聞いててそう思いましたし。
当時、ミュージシャン生命が崖っぷちで「最後の作品のつもりで」作られたアルバムなのもあってか、けっこうやけっぱちな感触が残る作品なんですよ、これ。その分、山下達郎というミュージシャンの個性が強く滲んでる作品でもあるのですが、A面とB面の出来に大分落差があって、アルバム構成としてはかなりガチャついている印象ですね。
B面は大阪のディスコでヘヴィプレイされて、キャリアにおける起死回生の逆転ホームランとなった「BOMBER」を始め、ファンに人気の高い「潮騒」「PAPER DOLL」「2000トンの雨」といった楽曲がつるべ打ちになっているので、どうしてもA面収録曲が印象に弱い。
後先をあまり考えてないからこその力みもあったりで、なんだかアルバムとしてはぎこちない作品なのと、当時大ブームだったディスコ調の暑苦しい感触が自分の思っている山下達郎像とはちょっと違うというのも低い順位に落ち着いた理由ですね。
アルバムとしては成功作とは言いづらいけど、後のキャリアに繋がる要素が散りばめられている点ではキャリア的に外せない作品ではあると思います。
12. Ray Of Hope (2011)
12位は2011年の「Ray Of Hope」
この作品はリリース年からも分かる通り3.11、東日本大震災の影響が色濃く出ている作品で、収録曲もスロー~ミディアムテンポの楽曲が主体(もちろんその大半がタイアップ)なのもあってか、全体に「ゴスペルアルバム」の趣がありますね。
アルバムの核となっているのがタイトルの由来にもなっている「希望という名の光」、また細田守監督作品のアニメ映画「サマーウォーズ」主題歌「僕らの夏の夢」といった二大バラードなのもあり、歌詞内容も「人の結びつき」や「命」や「普遍的な愛」を歌ったものが多いという点でも鎮魂歌という色合いを強く感じる作品と言えるのではないかと。
代表曲の一つに「蒼氓」というゴスペル調の楽曲がありますが、図らずもその曲調を軸に一本アルバムを作ってみた、という感触もある一方で、「希望という名の光」自体が、震災の影響で人々によって意味合いを強くもたらされた楽曲でもあるので、自分の感じた印象もそっちに引っ張られてるのかなとも思わなくもないです。結果論としてそういう印象の強いアルバムですね。
この頃になると、CDフォーマットに対応した構成も練られていて悪くはないのですが、山下達郎の王道ともいえるポップナンバーが少ないのと、スロー~ミディアム主体のアルバム構成なのもあってか、聞き返す頻度はあまり高くなさそうだなという所でこの順位に落ち着いてます。
11. FOR YOU (1982)
はい。
シティポップブームの代表格であり、先日リリースされたアナログリイシ ューでもその人気の高さが窺えた「FOR YOU」が11位です。
ええ、この順位で間違ってないです。
山下達郎本人が「自分自身の音を獲得できた、愛着のある一枚(要約)」と言わしめる作品ですけど、これもアルバムの印象としてはアンバランスというより、異色作の印象ですね。世間の評価も過大評価な向きを感じなくもないです。一人歩きしているというか。
楽曲は「SPARKLE」や「LOVELAND, ISLAND」などの印象的かつキレの良い楽曲が揃っていて、当時の山下達郎の創作モチベーションの高さと前作で出揃った青山純、伊藤広規といった山下サウンドを支えるボトムラインを始め、パーマネントなバンドメンバーを固定できた恩恵を強く感じるのですが、個人的にはレコード両サイドに挿入されているインタールードの存在が結構ネックです。
レコードで聞いたら印象が変わるのかもしれないですけど、40分に満たない(39分05秒)収録時間に両面に二つのインタールードが入ってると、どうしてもアルバムを聞いているという感覚には程遠いんですよね。どっちかというとEP集に近いかも。
「COZY」みたいなボリュームのある作品ならいざ知らず、「FOR YOU」くらいの内容量だとやっぱり一気に聞き通したいなというのは、CDで聞いているとどうしても感じちゃいますね。
これも個人的な事を言っちゃいますと、このアルバムのフュージョン、ライトメロウ的な演奏があんまり好きではないというか。「GO AHEAD!」とは逆に今度は爽やかになりすぎちゃって、歌に対して演奏が洗練され過ぎてる印象なんですよね。山下達郎自身の声には「塩っ辛い」印象を持っているので、適度な甘さやソウルフルな粘っこさが欲しいんですけど「FOR YOU」はそこの味付けがあっさりしすぎているのも、この順位になった要因の一つです。
クリエイティビティのピークが必ずしもアルバムの出来の良さに比例しないという典型例のように思いますね。楽曲の個性がそれぞれ強い分、アルバムの印象がどうしても薄い作品です。
10. SONORITE (2005)
トップ10最初の作品は、21世紀最初のリリースとなった「SONORITE」
タイアップ曲の多さは相変わらずですが、前作の反省を踏まえてか、アルバム構成は格段に良くなっているのが目に惹きます。
02年に出たアルバム未収録曲を総ざらいしたコンピレーションアルバム「RARITIES」の続編という評価もあるようですが、Kinki Kids提供曲のセルフカバー「KISSからはじまるミステリー <feat.RYO(from ケツメイシ)>」や「忘れないで」のような今までにない変化球があったり、タイアップソングとして作られているシングル曲の出来が軒並み粒だっていて、楽曲面から言えば今まで以上に多彩かつ硬軟合わせ持った収録曲群になっているのがこのアルバムの美点と言えるのではないかと。
山下達郎の作風は大きく分けてポップシンガーとシンガーソングライターという二面があって、前者は外向き、後者は内向きの作風だと感じてるのですが、RCA/AIR期は前者の趣が強く、MOON RECORDS期以降は後者の色合いが強くなっているように思います。それでこの作品はどちらかというと内向き、内省的路線の作品ですね。
とはいえ内省と言っても、この作品と次作(「Ray Of Hope」)は「老いの不安」からかこれからのあるべき姿を模倣している、あるいは残された可能性を出来るだけ試している試行錯誤の作品でその中でキャリアの熟練が重なり、音楽的にはより滑らかになっている印象ですね。自らの内にあるものを探求している所は以前よりも少し角度の違うものかとも思います。
また諸事情によりこの作品からPro-Toolsを止む無く導入していて、それもあってか、音質がかなり上がっていて、演奏がダイレクトに伝わってくるのもこの時期に持っていた山下達郎の印象を塗り替える好材料のような気がしてます。今回、全作聞いていた中でもいい意味で裏切られた作品ですね。
9. SOFTLY (2022)
最新作「SOFTLY」をこの位置に持ってきました。前作より実に11年振り。山下達郎60代最後のアルバムとなった本作は、ネットに端を発するシティポップブームやアナログレコードの復権の流れを汲んだ、格好の一作と言えるでしょう。
なにより「『FOR YOU』から40年後の、現在の山下達郎」を前面に押し出した内容なのが最大の特徴で、シティポップに「回帰」したというよりは現在の山下達郎がありのままに、封印していた引き出しをも開いて作り上げた向きを感じますね。
また「COZY」を出発点とするソロキャリア第3期(ここでは1期をRCA/AIR期、2期を「MELODIES」から「TREASURES」までのMOON RECORDS前半期、と定義します)の作品群の中で、アルバム構成が一番良いんですよ。
全15曲の真ん中、8曲目のアカペラソング「SHINING FROM THE INSIDE」を境に前半(王道ポップス路線)と後半(バラード主体の内省的路線)でモードが変わるのは、アナログレコードのA面B面をひっくり返す構成を意識した感触がありますし(※同時リリースのアナログLPは2枚組)、なにより一作で山下達郎の作風を楽しむ幕の内弁当的内容になっているのが大きいです。それまではどちらか一方の作風が主体になっているというアルバム作りだったので、一粒で二度美味しいのは満足感ありますね。
もちろん今と昔は違い、加齢による衰えも否めないわけですが、「現在の山下達郎」を飾ることなく出しているからか、枯れた味わいが作品のアクセントになっていて「人力飛行機」や「OPPRESSION BLUES(弾圧のブルース)」といったブルージーな楽曲は70歳を目の前にした今だからこそ送り出せた新味にも思います。まさに老境に入ったミュージシャンが衒う事無く、自身のキャリアを総覧した一作かと。ひょっと顔を出すロックフィーリングも隠し味です。
8. POCKET MUSIC (1986)
やっと半分。折り返し地点には過小評価というか、今後再評価されそうな一枚を置いてみました。「POCKET MUSIC」はMOON RECORDSでの第2作で初めてデジタルレコーディングを導入した事で知られる作品です。また前作から取り組み始めた内省的なシンガーソングライター路線が本格化した、というのも重要なポイントです。
この時の試行錯誤は後に山下本人も語り草にしていますし、以降の作品でも続いていく事となるのですが、中でも本作は「実験作」の向きも強く、91年にはトラックダウンをやり直したリミックス盤をリリースしたほど、当初の出来上がりに不満を持っていた事でも知られています。
とはいえです。
山下達郎が不満を持ったとされる初回盤のミックスと音質、DTMやボカロなどのインターネットミュージックを通過した現在からすれば、思いの外悪くないんですよね。むしろ興味深い。
音圧が低く、シャカシャカとした薄っぺらい、かつメリハリのない平板なミックスは本人の意図するものではないにせよ、本作の内省的かつナイーヴな楽曲群にはフィットしてるように思うんですよね。アルバム自体が今で言う、ベッドルームポップな趣もあって、この時点ではかつてないほど内面の柔らかい部分に触れたようなサウンドになっているので、当時はともかく今聞くと面白いんじゃないかと。
今回、初回盤と91年リリースのリミックス盤と合わせて購入しましたが、初回盤に比べるとリミックスされた91年盤はサウンドのドリーミーさが増して、違った味口になっているのも面白い所で聞き比べもありですね(※20年に出たリマスター盤は91年盤準拠)。
全アルバムの中でも一番静謐な雰囲気に包まれている作品で、アンビエントソウルとしても聞ける一枚じゃないかと。初回盤アナログは今後価値が上がりそうな予感もしてますので、手ごろな値段で手元に置けるのは今の内かも。
7. CIRCUS TOWN (1976)
7位はソロ1stの「CIRCUS TOWN」。自らが率いていたバンド、シュガーベイブ解散の精神的ダメージと当時の日本の音楽シーンに自身の志向する音楽性が見向きもされなかった挫折感から、やむなく始めたソロ活動の指針に客観的に見定めるため、キャリア史上唯一の全面海外レコーディングを行った作品です。予算の都合上、希望したニューヨーク録音はレコードA面のみでB面はLA録音。
改めて聞き返すと、山下達郎は早熟のミュージシャンだと言えます。20歳の時にシュガーベイブを結成、後に解散してこの1stアルバムを送り出したのは23歳の時です。この時点で後に展開・変遷していく事となるサウンドの雛型は既に出来上がっているんですよね。
もちろんこのアルバムは山下達郎自身の目指す音楽性を本場アメリカの地で鳴らしたら、どれだけ確度の高さが出せるかという意図をもった実験でもあったわけですが、実際に行う事で得られた経験値は大きかったのは本人の述懐でも窺えます。
NYサイドのチャーリー・カレロの手掛けたエレガントなアレンジ、LAサイドのウェストコーストの空気を吸ったサニーサイドなメロディ。6~70年代のポップスの要素を多分に含んだ楽曲群は山下達郎という『音楽』のベーシックな土台を築いたと言って過言ではないでしょう。
進むべき方向の確信を得た点では、完成度の高い作品であり原点。その一方で制作経緯から見れば、下駄履かせてもらっている状態であるのも確かで、また一本立ちしていない垢抜けなさも加味すれば、これが中間点になるのかなというわけで、この位置です。
6. MOONGLOW (1979)
前作「GO AHEAD!」収録の「BOMBER」が大阪のディスコでヒット、同時期にマネジメント体制が整い、東京圏以外でのライヴツアーにも出られるようになって、崖っぷちだった活動が徐々に上昇気流に乗り始めた頃。
本作「MOONGLOW」はRCA内に出来た独立レーベル「AIR」のリリース第一弾として送り出されたアルバムです。発売の翌年にはこのアルバムを主体とした全国ツアーが始まり、次作のブレイクへと繋がっていきます。
前作に比べると、非常にアルバム構成の整った作品でメロウな3曲に始まり、「BOMBER」路線のポリリズムファンクを発展させた「FUNKY FLUSIN'」でA面を締め、B面始めのファンクロックナンバー「HOT SHOT」になだれ込む構成がとても気持ちいい。以降も緩急をつけた構成が秀逸で一枚ものとしての完成度はRCA/AIR期の作品でも一、二を争うレベルですね。
山下本人も語っているようにライヴでの再現性を意識した作品で収録曲が全曲ライヴで演奏された唯一のアルバムというのも作品の活きの良さを物語っているように思います。このライヴ感の強さも相俟って、当時の空気を上手くパッケージックできているのもデカいのですが、ディスコブームに乗せてソウル&ファンク色を強めにしたサウンドを来たる新時代のサウンドとして提示できたのが一番の要因ではないかと。
前作の反省をきっちり修正して、内容をブラッシュアップしたものを出せるのは地味ながらも山下達郎というミュージシャンの特性であることは今回スタジオ盤全作を聞いて気付いた点ですね。このアルバムもその成果の一つと言えるでしょう。
5. 僕の中の少年 (1988)
いよいよトップ5。
「僕の中の少年」は前作「POCKET MUSIC」に引き続き、内省的なシンガーソングライター路線の作品です。プライベートでは30代半ばを迎え子供が誕生した時期でその影響も色濃く、本人曰く「シンガーソングライターによるコンセプトアルバム」と位置付けられています。
アルバムはポップサイドのA面、大作ナンバーの揃うB面と趣が異なりますが、一方で当時の年齢でしか出せない内省や苦みの強いトーンが全体を占めているのも特徴で、ベタではあるけど「大人になる」「父になる」という要素がアルバムを覆っているコンセプトであるのが感じられるのではないかと。溌溂とした若者ではなく、艱難を乗り越えようとする大人の姿に変わる様が記録されている作品なのでしょう。
事実、前作から続くデジタルレコーディングの試行錯誤は本作でも解決を見てないし、この時期のコンサートツアーも決して満足のいくパフォーマンスではなかったらしく、精神的な苦労の絶えない時期であるのは本人の語る所であり、そういった精神状態が影響してか、本作はポップナンバーよりもずっしりと重みのあるスロー~ミディアムナンバーの方が出来が良いアルバムなんですよね。
レコードB面に当たる「ルミネッセンス」「マーマレイド・グッドバイ」「蒼氓」「僕の中の少年」はそれぞれ魅力の異なるナンバーで非常に聞き応えのある楽曲が続きます。反面、「そういうモードではなかった」と振り返っているように80年代初頭に見られるポップナンバーは影を潜めている事からも、山下達郎自身の内面が記録された当時性の強い作品で、後にも先にも作り得ない一作でもあるのです。当時20代前半だった年齢層から人気が高いというのも、「大人になる痛みや苦しみ」が詰め込まれた作品である事が響いてるのかなとも感じますね。苦みを美味しく感じるアルバムと言えるかも。
4. RIDE ON TIME (1980)
押しも押されぬブレイク作にして大ヒットアルバム「RIDE ON TIME」をこの位置に。この作品はなんと言ってもドラムの青山純とベースの伊藤広規の存在が大きい。作品自体は前作「MOONGLOW」の発展形なのですが、以降の作品で山下サウンドの屋台骨となる二人との邂逅によって、一気に新鮮な色合いが出たのと、先行シングルで表題曲の「RIDE ON TIME」のヒットによって、長年の夢であったスタジオ代を考慮せずに違うテイクやアレンジを試せるようになった事で創作ペースが上り調子になっていく様が克明に記録されています。
ただ内容は前作と打って変わって「地味」です。ライヴ仕様に楽曲が作られた「MOONGLOW」に比べると「RIDE ON TIME」などのダンサブルなポップナンバーをレコードA面に集約し、レコードB面にはスウィートかつメロウなミディアムテンポの楽曲をしっとり歌い込んだ内容になっているので、前作のノリを期待すると肩透かしなのは確かです。しかし、「GO AHEAD!」以降、ソウル色がどんどん強くなっていって「RIDE ON TIME」ではついにディスコ色が抜けて、ソウルアルバムの趣が強くなっています。
サウンドの華やかさをあえて抑制した、骨っぽいソウルミュージックを指向できたのも、青山純や伊藤広規を始めバンドメンバーを固定できたことでバンドのグルーヴを練り込めるようになったのが大きいように思えます。実際練習スタジオでリズムパターンを練り上げて、レコーディングを行い、曲作りに反映させられるようになったのがこのアルバムからという事なので、いかに二人の存在が大きかったかが良く分かりますね。
そういった録音環境も相俟ってか、サウンドがとてもふくよかで滑らかなんですよね。オープニングの「いつか」や「DAYDREAM」は言うに及ばず、B面の「RAINY DAY」「雲のゆくえに」といった辺りも演奏のニュアンスが芳醇で、アルバムの周回性が高いのですよね。繰り返して聴ける、程よい濃密さとバランス。このアルバムの名盤たるゆえんではないかと。
3. MELODIES (1983)
3位は「MELODIES」です。RCA/AIRから移籍したMOON RECORDSでの第一弾アルバムで、30代最初の作品。「RIDE ON TIME」以降、リゾートミュージックの印象を持たれていた自身の音楽のイメージ転換を図った事でも知られいます。
商業的成功をもたらした前作「FOR YOU」をキャリアピークと見定め、「浮き沈みの激しい音楽業界であと何年も活動していけるはずがない」というのが当時の山下本人を始めとして、周囲スタッフの共通認識でした。今となっては笑い話ですが、担当ディレクター(小杉理宇造)が独立して立ち上げたレコード会社の稼ぎ頭であり、役員の一人でもあった山下達郎はレコード会社を移籍することも含めて、大きなリスクを背負い、楽観は出来ない状況。故に「(今の内に)やりたい事をやろう」という意識が働いたのが本作です。
結論から言えば、この作品はキャリア屈指の傑作でしょう。本人も「流行り物ではない音楽をやりたかった」と回顧してるように、当時の流行からは完全に背を向けた、キャリア史上最もスウィートかつソウルフルな内容。もうね、1曲目の「悲しみのJODY」から凄まじいわけですよ、今までの楽曲でもそこまで使ってこなかったファルセットボイス全開で。
本作では「悲しみのJODY」以外の収録曲でもファルセットを随所に使っててる事からも全体にキーが高い楽曲が並んでいて、山下達郎のハイトーンボーカルを楽しむという点では間違いなくキャリアハイの内容ではないかと。今まで本気出してなかったのかと思えるほど、全力投球のパフォーマンスなのが強烈に耳に響いてきます。
そしてなんといっても本作は最大のヒットシングルにして代表曲「クリスマス・イブ」が収録されています。スウィートネスなソウルアルバムという印象を深めているのは、この曲がアルバムの最後を飾っているのも大きいですが、そこに至るまでのアルバム構成が頭一つ抜けてるんですよね。
本作も前作に比べるとすごくマットな音で地味な内容なんですけど、テンポの速い曲(「高気圧ガール」など)でもスローな曲(「夜翔 (Night-Fly)」など)でもアルバム全体のトーンが統一されていて、引っ掛かりなく聞けるんですよ。それで大トリに「クリスマス・イブ」が控えているわけですよ。鑑賞体験としては最高に極まる構成なんじゃないかと。
またこのアルバムから、山下達郎自身がほぼ全曲の作詞を手掛けるようになったのも重要な転換点です。シンガーソングライターとしての側面は次作「POCKET MUSIC」から本格化していきますが、ここではまだ内省というよりは都市生活者のロマンティシズムの趣が深く、本作の甘くも切ない楽曲群にいい塩梅を与えています。あと自作自演の楽曲がいくつか収録されているのも次作以降の布石となっていますね。
自分が「FOR YOU」を異色作としてるのは本作と「RIDE ON TIME」がかなり地続きな内容だと感じているからです。ソウル色が強くかつマットな録音、流行りや華やかさからは距離を置いた、地味目なサウンド。と、共通点が多いんですよね。むしろ「FOR YOU」の次作なのが不思議なくらいで。
「FOR YOU」が時代の要請によって作られた作品だと考えれば、その反動で作られた本作や「RIDE ON TIME」の方が山下達郎の本領のような気がします。
2. ARTISAN (1991)
2位はMOON RECORDS前半期を締めくくるアルバム「ARTISAN」
MOON RECORDSに移籍後、志向してきたシンガーソングライター路線の到達点で、模索し続けて来たデジタルレコーディングがひとまず山下本人の満足のいく水準となった点でも本作はこれまでの集大成といった趣の一作です。
前2作が内省的かつパーソナルな要素を含んだ内容であった事も踏まえて、「MELODIES」あるいはそれ以前の「RIDE ON TIME」などといった作家主義・楽曲主義な作品へと揺り戻した内容となっているのですが、ここまで積み重ねてきた経験値によって、言文一致ならぬ詞曲一致とでもいいますか、頭からつま先まですべて山下達郎で構成された音楽である事が今までと大きく異なる点です。
なにより顕著なのが収録楽曲数の比率です。このアルバムで初めて、山下達郎の自作自演曲がバンドスタイルの楽曲を上回ったんですよね。アルバム内容を作家主義・楽曲主義に戻しても、演奏や作詞・作編曲面でパーソナルな色合いを濃くしているのは本作に至るまでの試行錯誤や研鑽の成果と言えるでしょう。
つまり山下達郎というミュージシャンが完成を見たのがこの「ARTISAN」という作品なのですね。ゆえに「職人」と名付けられたアルバムタイトルは山下達郎の矜持を表したものである事は間違いないでしょうし、そのくらいの手応えはあったのだろうと推察されます。
アルバムも冒頭から「アトムの子」「さよなら夏の日」「ターナーの汽罐車 -Turner's Steamroller-」とシングル三連発で畳みかける、完璧な滑り出しに始まり、「Splendor」、あるいは「飛遊人 –Human–」のような小品、山下本人が演奏を気に入ってないらしいヤング・ラスカルズのカバー「Groovin'」に至るまで、非シングル収録曲の粒立ちには目を見張るし、ある種ラフな感触を残したままの、当意即妙なアルバム構成も堂の入った感じで絶妙です。
印象としては「物凄く金が掛かってる宅録アルバム」なんですよね。その位にミュージシャンの手の届く範囲で作られたパーソナルな作品でありながらも、きちんとスタジオ録音で作られたプロ目線の作品であるという両極端な二面性が同居している不思議なアルバムでもあります。
それとアナログLPのA面B面を意識した最後の作品とも言えそうです。本作はリリース形態がCDに移行した後の発売なので、当時アナログ盤は出てないのですが「飛遊人 –Human–」を折り返しにした、1枚もののアナログ盤構成となっています。でも調べると21年に出たリマスター盤のアナログLPは
2枚組みたいでちょっと残念。最新作の「SOFTLY」はCDでアナログ盤のひっくり返す行為を再現した疑似構成でしたし、ちゃんとした1枚で再現して欲しかったですね。
とはいえ「山下達郎」そのものを体現した、という点だけを取ってみても他に類をない強い価値を持った作品である事は揺るぎないでしょう。それだけ完成度の高い作品ということです。
1. SPACY (1977)
1位は2ndアルバムの「SPACY」です。
今回の記事を書くに当たり、持っていなかった作品を買い揃えて、全アルバム聞きましたが、山下達郎の最高傑作はこれに尽きます。元々所持していて、何度も聴き返しているのですが、やはりこれに勝てるアルバムはないなという思いを強くしましたね。
1stのNYサイド録音時にチャーリー・カレロから持ち帰る事を許されたスコアが山下達郎に与えた影響は非常に大きく、本作はNYサイドで得た経験の応用と実践が色濃く表れた作品です。どんな分野でも「初作にこそ、その者の全てが詰まっている」とよく言われますが、「SPACY」はまさにそれを地で行く作品で、真の意味での山下達郎のソロ初作といえるのではないかと。
振り返ってみれば、1stは本人も認めているように「自身の志す音楽性を本場で見極める」事が主眼であったわけで、位置づけ的には「試運転」に近いんですよね。海外まで行ってなにやってるんだってなりますが、それはともかくとして。元より早熟のミュージシャンであった山下達郎が予算の制約がありながらも、2作目にして早くも完成形に辿り着いてしまった感すら強い内容は鬼気迫るものがありますね。野心に満ちた血気盛んな若者の勢いに満ちてる。
村上秀一、細野晴臣、佐藤博、大村憲司、上原裕、松木恒秀、坂本龍一などなど、当時国内で揃えられる最高峰の演奏メンバーが揃い、繰り広げられるのが、ダウナーかつ内省的なヤングソウルなのは意識無意識に限らず、すごく攻めてますね。奏でられているのはポップスなのに、非常にオルタナティヴなニュアンスを強く意識するといいますか。
印象としてはカーティス・メイフィールド辺りのニューソウルな趣を感じるんですが、このアルバムの不必要なまでに陰影の濃い青春感は90年代のオルタナサウンドに近似しているように思うんですよね。20代前半の若さがないと出てこないような、尖った感性の上に成り立っている音に聞こえます。
その辺を鑑みるとこの当時、海外で隆盛していたパンクロックと同じ空気感を纏っているんですよね。パンクは若者の鬱屈や怒りが音楽に乗せていたわけですが、山下達郎はそこを直接表現せず、ポップスの情景に乗せて歌った。捻くれているように見えるけど、ポップミュージックの王道で勝負して表現してみせたのですね。ガワはポップだけど、その姿勢はすごく攻撃的というのもまたパンク的です。
こうやって見ると、山下達郎の主たる作風の、ポップシンガーとシンガーソングライターの二面性は1stと2ndに集約されているとも言えます。前者は作家主義・楽曲主義的であり、後者は内省的で、パーソナルな性質を伴っている。山下自身が辿ったキャリアもそうです、RCA/AIR期では1st的な世界を目指し、MOON RECORDS前半期は2ndに見られる内省的サウンドの熟成を試みたと考えるなら、「ARTISAN」が集大成となったのは偶然ではなく、積み重ねてきた必然であったわけです。
「SPACY」はそうした積み重ねていく必然の第一歩でソロミュージシャンとしての個性の発露を強烈に押し出した作品なのです。それを最高傑作と言わずしてなんと言うのか。という所で、個人的には選ぶところなし文句なしの1位として輝いているアルバムです。全曲必聴。