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【番外編】ベルニーニの『聖ロレンツォ』

ウフィツィ美術館の展示は古代の彫刻にはじまり、中世宗教画、ルネサンスの巨匠たちの作品へと続く。それらがひと段落し、そろそろ疲れてきたなと思ったところで階段を下りると、現代的な内装の小さな展示室に通される。内心、まだあるのかと思いつつもそれぞれの作品をほどほどに眺めてまわる。楽しくはあるけれども集中力が途切れかかっている。時間を惜しんで途中にあったミュージアムカフェで休憩しなかったことを反省する。展示はもうすぐ終わりだとは思うがかなり辛い。そうして心身が限界を迎えようとする頃、一番奥の展示室に白く光るものがあらわれた。

ベルニーニ 『聖ロレンツォ』(1617年)
照明の妙

ローマで活躍したジャン・ロレンツォ・ベルニーニ(1598-1680)の彫刻だ。キリスト教の信仰がまだ禁じられていた古代ローマ帝国ウァレリアヌス帝治世下で生きたまま火に炙られ殉教した聖ロレンツォを彫りだしている。彼はローマの守護聖人だが、フィレンツェにも聖ロレンツォ教会があるため親しまれている聖人なのかもしれない。この作品を手がけたときベルニーニはまだ十代だった。裸身の聖人の隆々とした筋肉とポーズからはミケランジェロの影響がみられる。後から付けられた土台には組まれた薪と炎が木彫りで表現されている。

何を隠そう私はベルニーニが大好きで、この彫刻を見て少し生き返ったような気がした。私がベルニーニの一番の魅力だと思っている布の表現は腰巻きに見られる程度ではあるが、かわりに聖ロレンツォの身体を舐める火を堪能することができる。頭をのけぞらせた聖人の表情には宗教的恍惚が浮かんでいる。『聖テレジアの法悦』(1652年)はあまりにも有名だが、ベルニーニはほんとうにこういう表現がうまい。こんな若い時から人の表情や反応をはじめ森羅万象を深く観察していたのだろう。ベルニーニはすごい。

ベルニーニで元気になったのも束の間、私は間もなくこの展示室は折り返しに過ぎなかったことを知る。小声で「たすけて〜」と漏らしながら無限に続くかと思われる肖像画コレクションを必死で乗り越える。ウフィツィ美術館はすごい。


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