境界を溶かせ 多様な価値観が混ざり合う街へ
予備校の濱川学院(代表 濱川 武明さん)とITスタートアップ企業の「Dreamly(ドリームリー)」(代表 ラーシュ・ラーションさん)は5月31日、高松市の常磐町商店街にインキュベーション施設「BRIC(ブリック)」を開いた。施設の1・2階に共同で利用するコワーキングスペースを20席、3階に事業所として利用するシェアオフィスを5室用意した。4階には、スウェーデン出身のラーションさんが2019年に起業したドリームリーがオフィスを構える。
ブリックは、濱川さんとラーションさんが共同で運営する。「境界を溶かしたい」が二人に共通する思い。IT、アート、eスポーツなど幅広い分野のイベントを開催することで、多様な価値観が混ざり合い、ひらめきやアイデアが生まれる場所を目指す。起業を支援する仕組みも整えていく。
濱川さんは塾の講師を経て、2016年に高松市の常磐町商店街で予備校「濱川学院」を立ち上げた。続けて、商店街内に多世代が交流するスタディースペース「BIBLIO(ビブリオ)」を設け、さらにその隣のビルを購入しブリックをオープンした。「街をつくるのは人。街を変えたいなら一人ひとりが行動するだけ」と話す。
ラーションさんは、ヨーロッパ有数の工科大学であるスウェーデン王立工科大学でコンピューターサイエンスを学び、2017年に香川県に移住した。「挑戦を称賛し、失敗を許容する文化が香川に必要」と考えている。「IT(情報技術)を活用して、人々がより創造的な活動をできるように」と挑戦を続ける。
高松市中心市街地の商店街の一角で芽生えつつある変革のうねり。その中心にいる二人に理想の街を聞いた。
▽越境
寺西 なぜ予備校を立ち上げたのか。
濱川 日本のバブルが崩壊した1993年に大学に入学した。経済成長が止まり、就職氷河期がはじまったタイミング。23歳までバンド活動を続け、音楽を通じて人々の気持ちを変える夢を追いかけた。その夢をあきらめたとき、次の世代には、社会に流されない夢を持ってほしかった。子どもたちの未来を照らす存在になろうと塾の講師になった。そこからずっと講師を続けて、2016年に独立した。
寺西 濱川学院の特徴は。
濱川 文系と理系の垣根を越えた教育だ。生徒、生徒の保護者、かつての教え子に無料で「リベラルアーツ(教養)講座」を開いている。また、人口知能、生態学、アートなど様々なジャンルを英語で学ぶ「バカロレア講座」も無料で開設している。日本は、明治維新以来、文系と理系が分かれて、いまだにその断絶が深い。成熟した社会にこの教育制度はふさわしくない。海外では越境する仕組みが当たり前にある。リベラルアーツを学ぶことで、新たな価値観を育んでほしい。
寺西 ドリームリー創業までの経緯は。
ラーション スウェーデン生まれの僕は、5歳からコンピューターがおもちゃだった。壊れたら自分で分解して修理をしていた。首都ストックホルムにあるスウェーデン王立工科大学でコンピューターサイエンスを学び、2017年に香川県に移住した。19年に創業したドリームリーは「もっとカンタンな社会へ」を掲げ、IT(情報技術)を活用したプロセス改善や企業の相談に応じてアプリ開発などをしている。
寺西 ドリームリーではこれまで、どのようなことに取り組んだか。
ラーション 訪問看護システムやデジタルサイネージ(電子看板)のほか、ドローン物流サービスを展開する「かもめや」と協力して、気象観測システムを作った。また、小学生から社会人まで年齢を問わないプログラミングスクールを濱川さんらと続けている。
▽温故知新
寺西 二人が考える理想の街は。
濱川 あらゆる境界が溶け、多様な価値観が共存する街。価値観の異なる人たちが物理的に近い距離で接し、新たなアイデアが生まれることが街の機能だ。日本はまわりを海で囲まれた島国で、言語や文化が混交しにくい。価値観の画一化が進んだ一方で、日本独自の美意識も生まれた。ゴッホら印象派の画家に影響を与えた浮世絵はその代表例だ。
ラーション 僕が10年間住んだスウェーデンの首都ストックホルム。ここには香川県発展のヒントがある。人口はともに100万人を切りよく似ている。スウェーデンはイノベーションの先進地で、ストックホルムの人口あたりユニコーン企業輩出数は世界トップクラスだ。政府が積極的にICT投資を行い、国民のITリテラシーが高い。優れた文化や美しい自然に加え、変化を受け入れる価値観と多様性がある。結果、起業家コミュニティーが多く生まれ、スタートアップエコシステムが発達している。
寺西 香川県の未来について。
ラーション 香川県は挑戦者やイノベーターを支援する「実験場」を目指すべき。デジタル化に向け投資を続けたスウェーデンから学び、若者がチャレンジしやすい環境をつくる。挑戦を称賛し、失敗を許容する文化が必要だ。それから、和の世界観など日本の伝統を見つめ直すことが大切では。日本人の確固たるアイデンティティーは世界に誇れるものだ。
濱川 日本で一番小さい都道府県の香川県が、ジャポニスムのような日本人のアイデンティティーを発信する場所になれば面白い。それを体現するオリジナルブランドをブリックで生み出せたら。5年前に商店街で予備校をはじめたとき「常磐町商店街を文教地区にする」と宣言した。その実現に向け、商店街内に多世代が交流するスタディースペース「BIBLIO(ビブリオ)」を設け、さらにその隣にブリックをつくった。様々な情熱を持った人がこのエリアに集まり、混ざり合う。これはある意味、真の教育だ。
▽再定義
寺西 今後取り組むことは。
濱川 街は人の集合体。受験のための教育ではなく、人の価値観やアイデンティティーに影響する教育が必要。その部分だけで収益化することは難しい。だから濱川学院にリベラルアーツを無料で学べる環境を用意した。ブリックでこれから開催される様々な「学び、あそび、五感」のイベントなど、選択すれば多様な学びを得られる環境をこれからもつくる。
ラーション ITの力を使って業務プロセスを効率化すれば、空いた時間を創造的な活動に使えるようになる。一人ひとりがより豊かな生活を送る手伝いをしたい。僕たちが持つ技術とネットワークには自信がある。「ITならドリームリー」と広く認知されることを目指す。
濱川 ブリックでは、学びとITとアートをかけ合わせたイベントを開き、世界にネット配信する。生まれた着想の事業化を支援することも私の役割だ。ラーションはスウェーデン語、英語、日本語、ドイツ語、フランス語の5か国語を扱い、複数の高度なプログラミング言語を使いこなす。企業からの相談に対して、最新の技術を用いた解決策を提案できるドリームリーの存在は貴重。
ラーション ブリックは継続することが重要だ。継続すれば、必ず化学反応が生まれ、新たな価値観が地域につくられる。それが狙い。香川県には才能にあふれた人がたくさんいる。ただ、思考のフレームが狭いように感じるし、フレームをひろげようとする人に対して「やめておけ」など周囲からの圧力が残念ながらある。それでは若者は離れてしまう。今はネット環境さえあれば、IT企業はどこででも仕事ができる。素晴らしい自然がある香川でITの仕事を増やしたい。思考のフレームを壊して再構築していけば香川は飛躍できる。理想論とよく言われるが、5年以内に少なくとも常磐町周辺を変えていきたい。
濱川 一人ひとりが行動すれば街はいくらでも変えられる。あとは行動するだけだ。