二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-
食料、エネルギーの大半を輸入に依存する我が国は、戦争などによりシーレーン(海路)が不安定化したり、輸出国の政情や政策によっては、生存に欠かせない食料、エネルギーの入手が困難な状況に陥る可能性がある。我が国は生き残りをかけて、食料、エネルギーの自給率向上に本気で取り組むべきだ。幸い、自給率向上の潜在力はある。
食料とエネルギーは戦争と密接に関連
人間が暮らしていくためには食料とエネルギーは欠かせない。戦後の我が国では、自然災害などにより一時的あるいは局地的に食料やエネルギーが入手困難になることはあっても、地域全体が飢餓やエネルギー不足に苦しむ状態が長く続くようなことは経験してこなかった。
古来、洋の東西を問わず、食料問題、エネルギー問題は戦争のきっかけとなってきた。我が国にとっては直近の戦争である第二次世界大戦は、石油問題が日本側の開戦決断の大きな要因である。古代、西ローマ帝国を滅ぼす原因の一つとなったゲルマン民族大移動は、食料危機を背景にアジア系遊牧民フン族が侵入したことがキッカケと考えられる。
食料・エネルギーが入手困難となる可能性
全世界的に航行の自由が保障されているような平和な時代が続くのであれば良いのだが、現実の世界はそのようにはできていない。「防衛費増額は喫緊の課題、求められる地政学のセンス」(2023年1月23日)、「デフレの時代からインフレの時代へ」(2023年2月3日)に書いたように、現代は世界的乱世、インフレの時代に移行しつつあると思われる。
否応なしに戦争当事国となってしまう可能性も大いにあるが、戦争当事国とならなくてもシーレーン(海路)周辺地域で戦闘が起きれば食料やエネルギーの入手が困難になる可能性がある。戦争や治安という観点では平和な時代が続いていたとしても、天候をはじめとする様々な要因により食料生産は不安定化するし、エネルギー供給は種類によっては枯渇する可能性があり、運搬に適した代替エネルギーが存在しない場合もある。
供給不足という形での需給バランスの大幅な悪化が世界的に生じた場合、いくらお金を積んでも食料・エネルギーを入手できない事態も想定し得る。食料・エネルギーは生活の基礎であるため、生産国内での供給が優先され、次いで近隣諸国となる可能性がある。あるいは、陸路でも海路でも運搬途上で略奪されてしまい、お金をキチンと支払う需要国まで届かないケースも十分起こり得る。
なお、電子部品などの軽量物を少量で良いのであれば空路の活用も考えられるが、食料やエネルギー原料などの重量物を大量に運ぶ場合は海路がメインとなる。
危機的状況にある日本
貿易による食料・エネルギーの入手が困難となる事態が生じた場合、自給率が低い国には死活問題となる。米国の海上覇権が揺らぎつつある現在、こうした事態が現実化する可能性は高まっている。
食料・エネルギーにおける自給率の代表的な指標は下記式で計算される。
◆カロリーベースの食料自給率=国産供給熱量/総供給熱量×100
◆生産額ベースの食料自給率=食料の国内生産額/食料の国内消費仕向額×100
◆一次エネルギー自給率=自国内で産出・確保できる一次エネルギー/国民生活や経済活動に必要な一次エネルギー×100
※一次エネルギーは、石油、天然ガス、石炭、原子力、太陽光、風力などのエネルギーのもともとの形態。一次エネルギーを転換・加工して電力や都市ガスなどが生産される。
国で言えば、自給率が100%を割っていることは、現状の生産活動や暮らしを維持するためには輸入が必要な状態を意味する。
図1、図2にあるように、我が国の食料及びエネルギーの自給率はかなり低い。2020年の我が国の自給率は、食料はカロリーベースで37%(生産額ベースでは67%)、エネルギーは一次エネルギーで11.3%である。我が国は、日々の生活がいつ脅かされてもおかしくない危機的状況にあるといっても過言ではない。しかも、そのことを自覚していない国民が多いのではないだろうか。
図1:食料自給率(カロリーベース)の推移(%)
農産品輸出大国でもある米国は図示した期間の全て、フランスは図示した期間のほぼ全てで自給率100%超となっており、近年は120~140%の水準となっている。1960年頃の英国は40%程度だったが、近年は60~70%程度の水準となっている。図示した主要国の中では、日本だけがカロリーベースの食料自給率が低下基調で推移し、直近では総供給カロリーの4割も満たせていない状態となっている。
図2:一次エネルギー自給率の推移(%)
一次エネルギーの自給率も日本は主要国の中でかなり低い方である。図示した諸国の中では飛び抜けて低く、10%を割ることもしばしばあった。なお、2011年に下折れしているのは、東日本大震災に伴う原発停止の影響であろう。
他の国の特徴的な動きをみると、長らく一次エネルギー自給率100%に達していなかった米国が、近年100%を超えるようになっている。シェール革命により、ガスや石油の国内産出量が増えた影響であろう。このことが米国の中東への執着を弱めたとの見方もある。
一方、気になるのは共産中国である。2000年前後から一次エネルギー自給率が100%を割るようになり、近年では80%程度の水準となっている。東シナ海や南シナ海などでの共産中国による強引な海底資源調査などが目に付くが、背景の一つにエネルギー自給率の低下があることは間違いないだろう。インドも一次エネルギー自給率は60~70%水準と100%を割っている。経済成長国であり世界の人口大国である共産中国とインドの一次エネルギー自給率が低下基調であるのは、将来における世界レベルで見たエネルギー需給バランスの大きな不安定要素と言えよう。
ここまで書いてきたことを踏まえ、次回は食料、次々回はエネルギーについて、日本の現状をもう少し解説し、自給率向上の可能性について書く予定である。次回以降に記すが、我が国の食料・エネルギーの自給率は向上の余地があり、不安定な国際情勢の下、国民の生き残りをかけて本気で取り組むべき時に来ている。
図1の注
注1:日本は年度。それ以外は暦年。
注2:食料自給率(カロリーベース)は、総供給熱量に占める国産供給熱量の割合である。畜産物、加工食品については、輸入飼料、輸入原料を考慮している。
注3:ドイツについては、統合前の東西ドイツを合わせた形で遡及している。
図2の注
注1:一次エネルギーは、石油、天然ガス、石炭、原子力、太陽光、風力などのエネルギーのもともとの形態。
注2:一次エネルギー自給率は、国民生活や経済活動に必要な一次エネルギーのうち、自国内で産出・確保できる比率。
20230210 執筆 主席アナリスト 中里幸聖
前回レポート:
「デフレの時代からインフレの時代へ」(2023年2月3日)
「二つの自給率向上が生き残りの鍵」シリーズ:
二つの自給率向上が生き残りの鍵(1)-食料とエネルギー-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(2)-輸入頼りの三大栄養素-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(3)-農業の企業組織化・大規模化-
二つの自給率向上が生き残りの鍵(4)-分散型エネルギーの推進-