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大地震に向けた備えは常に

宮崎県日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震を受けて、南海トラフ臨時情報の「巨大地震注意」が初めて発表された。南海トラフ巨大地震の被害は、阪神・淡路大震災、東日本大震災を大きく上回ると予想される。地震列島、火山列島、台風銀座である日本に住む以上、次なる自然災害への防災・減災の備えは常日頃から欠かせない。


南海トラフ地震、巨大地震注意


8月8日夕刻、宮崎県日向灘を震源とするマグニチュード7.1の地震が発生し、宮崎県日南市では震度6弱となり、各地で津波も観測された。ケガ人や住宅被害、土砂災害などは生じたが、地震による死者は確認されていない。
ただし、今回の日向灘の地震は南海トラフ地震の想定震源域に含まれるため、「南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会」の臨時会合が開かれ、8月8日19時15分に「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」(以下、「臨時情報」)が発表された。「政府では、南海トラフ地震防災対策推進地域に対して、8日の地震発生から1週間、日頃からの地震への備えの再確認や、揺れを感じたら直ちに避難できる態勢をとるよう呼びかけています」とのことである(気象庁地震火山部「南海トラフ地震関連解説情報(第5号)」令和6年08月13日)。
臨時情報を受けて、南海トラフ想定震源域の市町村では避難所を開設したり、海水浴場を閉鎖したところもある。東海道新幹線は一部区間で減速運行の対応をした。また、小売店の店頭では水のペットボトルなど災害用品が売り切れになるところも見られた。
 
図1:南海トラフ巨大地震の震度分布及び津波高

出所:気象庁ウエブサイト「南海トラフ地震について」「南海トラフ地震発生で想定される震度や津波の高さ」(図の注を文末に記載)

自然災害列島


地震列島、火山列島、台風銀座である日本に住む以上、次なる自然災害への備えは欠かせない。図2は1995年の阪神・淡路大震災以降の我が国の主な自然災害のうち、死者・行方不明者100名以上(噴火については50名以上)の自然災害を抜粋したものである。
1回あたりの期間が長いこともあってか大雪関連の回数が相対的に多い。一方、死者・行方不明者数が6千人以上の阪神・淡路大震災、2万人以上の東日本大震災は言うに及ばず、平成28年(2016年)熊本地震、令和6年能登半島地震はそれぞれ250名を超える死者・行方不明者数となっており、大きな地震は大災害となりやすい。
 
図2:阪神・淡路大震災以降の主な自然災害

注:計数は2024年6月14日現在。
出所:内閣府ウエブサイト「防災情報のページ」「最近の主な自然災害について(阪神・淡路大震災以降)」より抜粋。

防災・減災への継続的取組


自然災害の要因そのものを防ぐことは、現在の人類の科学では不可能である。しかし、一定程度、人的被害や住宅被害等を防いだり、減らしたりすることは人々の努力や工夫によって可能である。
特に阪神・淡路大震災以降は、現代都市に対応した様々な対策が強化されている。例えば、1995年の阪神・淡路大震災、2004年の新潟県中越地震などの教訓を踏まえて、橋梁強化などが進められていたことにより、あれだけの大災害にもかかわらず2011年の東日本大震災での東北新幹線の復旧は相対的にスムーズに進んだ。
一方、東日本大震災は津波により多くの人命を失っており、8月8日の宮崎県日向灘を震源とする地震や1月1日の令和6年能登半島地震では、津波の教訓が活かされていると思われる場面が見られた。津波をはじめとする東日本大震災からの教訓は、南海トラフ地震への対策にも組み込まれている。

大地震による経済的被害


巨大地震は人的被害のみならず、経済的被害も甚大である。
政府関係機関の推計によると(図3)、阪神・淡路大震災の固定資産の被害額は約9兆6千億円で名目GDPの1.9%相当、東日本大震災では約16兆9千億円で名目GDPの3.3%相当の規模であったと考えられている。この推計は人的被害、商品・製品、サプライチェーンや交通の寸断による影響などは含まれていないであろうから、実際の経済的被害額はもっと大きかったであろう。
中央防災会議が2013年に公表した南海トラフ巨大地震の被害想定では(図3では「南海トラフ地震」)、固定資産の被害額は169.5兆円と見積もられた。名目GDPの33.9%相当と、阪神・淡路大震災、東日本大震災に比べて格段と大きな規模である。さらに、経済活動への影響が44.7兆円と見積もられた。地震の想定を同じとして、最新のデータにより内閣府が2019年に再計算した固定資産の被害額は171.6兆円で、名目GDPの30.8%相当の規模と見積もられた。南海トラフ地震の想定震源域はかなり広くかつ太平洋ベルトの工業地帯や人口密集地が多く含まれるため、経済的被害額も格段と大きくなると見込まれる。
 
図3:大規模震災の経済的被害

出所:内閣府(防災担当)「東日本大震災における被害額の推計について」(平成23年6月24日)、中央防災会議「南海トラフ巨大地震の被害想定について(第二次報告)~経済的な被害~」(平成25年3月18日)、内閣府政策統括官(防災担当)「南海トラフ巨大地震の被害想定について(経済的な被害)」(令和元年6月)、内閣府「国民経済計算」より筆者作成(図の注を文末に記載)

「備えよ常に」


8月8日に発表された臨時情報は「南海トラフ地震の想定震源域では、大規模地震の発生可能性が平常時に比べて相対的に高まっている」というものであった。その上で社会経済上の影響も踏まえて「8日の地震発生から1週間」と注意喚起している。
気象庁の資料によると、「Mw7.0以上の地震発生後、7日以内にMw8クラス以上(Mw7.8以上)の大規模地震が発生するのは、数百回に1回程度」とのことである(気象庁「令和6年8月8日16時43分頃の日向灘の地震について(第6報)及び南海トラフ地震関連解説情報(第5号)について」(令和6年8月13日))。「南海トラフ沿いの地域において『30年以内に70~80%』の可能性でM8~9クラスの地震が発生するという確率は、7日以内に換算すると概ね千回に1回程度」とのことなので(前同資料より)、確かに通常よりは高いと言えよう。しかし、この数値を切迫したものと捉えるか、深刻には考えないかは人それぞれであろう。なお、Mwはモーメントマグニチュードを表す。モーメントマグニチュードは、岩盤のずれの規模(ずれ動いた部分の面積×ずれた量×岩石の硬さ)をもとにして計算したマグニチュードである。
「備えよ常に」はボーイスカウトのモットーであるが、全ての人に通じるものであり、防災・減災にも当てはまる。日頃からの備えが重要であり、慌てて水や食料、防災グッズを買いに走ったりするのではなく、常日頃から買い置きの効くものは準備しておくのが望ましい。また、地震列島、火山列島、台風銀座である日本に住む以上、自然災害とは常に背中合わせであると考え、泰然自若に構えたいものである。もちろん、一旦ことが起きれば火急に対応する意識も併せ持ちたい。


図1の注
注1:震度分布は、強震動生成域を陸側寄りに設定した場合。
注2:津波高は、「駿河湾~愛知県東部沖」と「三重県南部沖~徳島県沖」に「大すべり域+超大すべり域」を2箇所設定した場合。
注3:「南海トラフ巨大地震の被害想定(第二次報告)」(中央防災会議、2013)より。

図3の注
注1:阪神淡路大震災、東日本大震災のストック区分の内容は以下の通り。建築物等:住宅・宅地、店舗・事務所・工場、機械等。ライフライン施設:水道、ガス、電気、通信・放送施設。社会基盤施設:河川、道路、港湾、下水道、空港等。
注2:南海トラフ地震被害想定のストック区分の内容は以下の通り。準公共部門:電気・ガス・通信、鉄道。公共部門:ライフライン(上水道、下水道)、公共土木施設(道路、港湾等)、農地・漁港、災害廃棄物。
注3:南海トラフ地震の資産等の被害想定は被災地についてであり、一番被害が大きい強震動生成域を陸側寄りと想定したケース。
注4:2019年の「【参考】再計算」の被害想定は、南海トラフ巨大地震の被害想定(2013年3月公表)について、最新のデータ(建築物や人口、ライフライン等のデータ、津波避難意識アンケート結果等)に基づき、再計算したものである 。
注5:ストック被害総計の対名目GDP比は、発生年度、推計年度の名目GDPと比較している。


20240815 執筆 主席研究員 中里幸聖


前回レポート:
マンガ・アニメの『聖地巡礼』-小豆島、下灘駅、予讃線-」(2024年8月6日)

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