マンガ・アニメの「聖地巡礼」-劇場版『名探偵コナン』の事例を中心に-
マンガ・アニメは波及効果・影響力の大きいコンテンツであり、日本の競争力が強い分野である。何年も前から「聖地巡礼」という言葉で、マンガやアニメの舞台として登場した地域を訪れるスタイルの観光が大きな動きとなっている。大ヒット中の劇場版『名探偵コナン』の事例を挙げつつ、マンガ・アニメの持つ力について簡単に描写する。
『名探偵コナン』連続メガヒット
4月12日に公開されたアニメ映画『名探偵コナン 100万ドルの五稜星(みちしるべ)』が大ヒットしている。公開から70日強の6月23日現在、累計興行収入150.6億円で名探偵コナンシリーズ歴代1位、日本国内歴代ランキング15位、邦画のみでは10位となっている(興行収入関連の数値は興行通信社「CINEMAランキング通信」より)。
青山剛昌氏原作のマンガ『名探偵コナン』は、1994年に少年サンデーで連載が開始され、今年が連載開始30周年となる。1996年にテレビアニメ化され、現在も放送が続いている。1997年には劇場映画が公開され、コロナ禍で延期となった2020年を除き、毎年GW映画として4月半ば頃に新作映画が公開されており、今年は27作品目となる(『ルパン三世』とのコラボ映画やテレビ放送の総集編上映などは除く)。
図1:劇場版『名探偵コナン』の国内興行収入
昨年の「黒鉄の魚影(サブマリン)」はシリーズ初の興行収入100億円超えとなり、今年の「100万ドルの五稜星」も100億円を超え、シリーズアニメで2作連続100億円超えは邦画初とのことである。そもそも四半世紀以上も続いているシリーズが、ここに来て連続して興行収入100億円超えということ自体が驚異的である。
函館は大活況
劇場版『名探偵コナン』では、映画の最後の最後に登場人物のセリフと背景によって、翌年のメインキャラが誰なのか、舞台はどこになりそうかなどが予想できるようになっている。その後も映画公開時期が近付くに連れて様々な情報が明らかになり、映画公開を盛り上げている。昨年4月の段階で、今年(2024年)の映画は函館が舞台であるようだということが明らかになっていた。
さらに、「100万ドルの五稜星」の上映が始まると函館観光が盛り上がり、函館は大活況となっているようである。江戸川コナン、服部平次、怪盗キッドなどの主要キャラのラッピング市電やバスが市内を走り、コナンの声での車内アナウンスもあるそうだ。主要な観光名所にはコナン関係のポスターや看板があり、スタンプラリーも実施されている。
函館市は2,000万円の予算をつけ、スタンプラリーやフォトスポットの設置などの準備を進めてきたそうであるが、その予算を遥かに上回る経済効果が生じているのではないだろうか。
図2:劇場版『名探偵コナン』に登場した観光名所の施設来場者数(4/12~5/11)
日本テレビ系列の札幌テレビによると、「100万ドルの五稜星」に登場した五稜郭タワー、函館山ロープウェイ、旧函館区公会堂は、GWを含む期間はいずれも昨年に比べて来場者数が大幅に増加したそうである(図2)。これら3か所の観光名所の施設来場者数を単純合計で考えると、昨年に比べて今年の来場者数は約1.3倍と計算できる。
函館市のGDPは、データの入手できる直近の2018年度で約9,440億円(出所:函館市「函館市市民経済計算推計」)。うち宿泊・飲食サービス業は、約356億円で函館市GDPの約3.8%である。宿泊・飲食サービス業の付加価値が前述の1.3倍に単純増加したと仮定すると、約107億円の対前年増加であり、函館市GDPを約1.1%押し上げる効果があったことになる。他産業への波及も生じるはずなので、計算上の押し上げ効果はもっと多いと見積もれる。一方、この計算はかなりざっくりしており、宿泊・飲食サービス業の付加価値1.3倍は過大見積もりの可能性もある。計算上の数値の是非はさておき、「100万ドルの五稜星」上映により来函数が増えているのは確実であり、経済効果は大きいであろう。函館は元々魅力ある観光地であるが、全世界にファンがいる『名探偵コナン』の劇場版の舞台になったことにより、その魅力がさらに多くの人に知られることとなった意義は大きい。
「聖地巡礼」(アニメツーリズム)の持続可能性向上へ
(1)「聖地巡礼」の盛り上がり
『名探偵コナン』の昨年(2023年)の劇場版である「黒鉄の魚影」の舞台は八丈島で、八丈島への観光客が増加しているとの報道が度々見られた。一昨年(2022年)の劇場版である「ハロウィンの花嫁」の舞台である渋谷は、元々様々な理由での来街者が多く、賑わいの絶えない街である。しかしながら、名探偵コナンの聖地巡礼として渋谷に行ってきたといった旨の情報が今でもSNSなどでアップされている。
「聖地巡礼」は、元々は宗教において重要な意味を持つ場所である聖地を巡ることであるが、日本ではマンガやアニメのファンが作品に関連する場所を「聖地」として訪ねることを意味する言葉としても使われている。マンガ・アニメの「聖地巡礼」がいつ頃から始まったのかは定かではないが、既に日本各地にそれぞれのマンガ・アニメの「聖地」が存在している。
そもそもアニメ・マンガにおける「聖地巡礼」は、当該作品の熱心なファンの自発的な行動で生じた事象である。美水かがみ氏原作の『らき☆すた』が、「聖地巡礼」の目立った事例の最初の一つとして知られている。マンガは2004年に連載開始、アニメは2007年に放送。メインキャラの柊かがみ・つかさ姉妹が巫女を務めているという設定の鷲宮神社(埼玉県久喜市鷲宮)が『らき☆すた』の聖地とされた。神社=聖地であるが、マンガ・アニメの聖地としての役割が加わったと言えよう。ともかくも、ファンの自発的行動で始まった『らき☆すた』の「聖地巡礼」であるが、当の鷲宮神社や地元の商店街がその事象に加わり、『らき☆すた』のキャラを描いた神輿まで登場したのは、「聖地巡礼」に関係する人達には有名な話である。
2016年に公開され興行収入251.7億円、日本国内歴代ランキング5位の新海誠監督の大ヒットアニメ映画『君の名は。』は、コアなアニメファン以外にも「聖地巡礼」の旅の普及を押し広げたと考えられる。最終場面で立花瀧と宮水三葉がすれ違う階段がある東京四谷の須賀神社、瀧が三葉に会いに行くシーンで登場した岐阜の飛騨古川駅等々、その近くに行ったら少し足を伸ばしてみる観光客も多いようだ。
このようにマンガ・アニメは人々の外出意欲を喚起する影響力を持っており、その波及効果も大きい。話題が拡散するので多くは触れないが、当該作品のコミックス、Blu-ray・DVDはもちろんのこと、関連グッズやコラボ商品の販売などの裾野も広い。またファンの生きる指針になったり、苦境を乗り越える原動力になっていることもある。
(2)「聖地巡礼」(アニメツーリズム)をその後の発展に
2016年に設立された一般社団法人アニメツーリズム協会(本稿執筆時点現在、公式ウエブサイトが「外部からの不正アクセスと思われる事象があったため」(公式X(旧Twitter)より)アクセス不能となっている)は、「訪れてみたい日本のアニメ聖地88」という事業を実施しており、『アニメ聖地88』というムックを2018年以降刊行している。聖地の選定は、国内外のアニメファンを対象とした投票結果をもとに、権利者、地方自治体等との協議を協会事務局が行い、その結果を基に理事会で総合的に判断し決定するそうである。選定結果には、選定されなかった作品のファン等から異論が出ることもあるが、一つの目安とはなるであろう。
アニメツーリズム協会の活動とは別に、各地方公共団体や各地域の商工会などは、地元が舞台になったマンガ・アニメ作品を公式ウエブサイトで紹介したり、作品に合わせたイベントを実施したりなど、「聖地巡礼」の活性化に一役買っているケースも多い。
また、政府では内閣府知的財産戦略推進事務局が窓口となって、「聖地巡礼」を「アニメツーリズム」という表現で推進している。ただ、政府の「クールジャパン戦略」は上から目線であることが多く、かつアニメ・マンガのコンテンツ、クリエイター、ファンの理解から縁遠い人々が戦略策定に携わっているケースが多いように見える。規制や表彰(という名の上からの権威付け)には積極的だが、現場の苦労を低減していこうという姿勢はあまり感じられない。例えば、消費税のインボイス制度導入が声優や小規模スタジオなどを苦しめている話などは、例外措置などを設けるように財務省に働きかけるなどするのであればクールジャパン戦略関係者の存在意義も感じられそうだが、今のところそのような働きかけはないと思われ、政府のクールジャパン関係の議論は税金と時間の無駄遣いのように見える。
最初から聖地化を狙って地域とタイアップしたがコケてしまったアニメが散見されるように、聖地巡礼あるいはアニメツーリズムが盛り上がるか否かはファンに主導権がある。マンガ・アニメが人気化した際に柔軟に対応できるような体制とそれを支援する諸制度の準備が、地元や地方公共団体、政府等に求められるものであろう。
なお、『名探偵コナン』のようなビッグタイトルの舞台になった地域は、その人気が一過性のものでは無く、その後も地域に継続的に人々が訪れるような魅力発信を国内外に向けて続けていく事が大切である。今作の舞台である函館は観光地としての魅力が元々高い地域であるが、「100万ドルの五稜星」上映を機に函館の魅力を再発見している層も多いと思われ、今後が期待される。
「日本の『遊び心』再考-ソフト・パワーの積極活用-」(2023年4月12日)、「観光は成長産業かつソフト・パワー」(2023年7月28日)で書いたように、マンガ、アニメ、観光はソフト・パワーであり、それらが結びついた「聖地巡礼」「アニメツーリズム」は当然にソフト・パワーの発露である。この日本が強みを持つソフト・パワーを活用することが、その後の発展に結びつく契機ともなり得るであろう。
ついでながら、筆者は数十年前に函館に訪れたことがあるが、今回の映画を観てまた行ってみようと企図している1人である。執筆時点で「100万ドルの五稜星」を映画館で5回観ました。
20240621 執筆 20240625 興行収入関連数値更新
主席研究員 中里幸聖
前回レポート:
「EVか?水素自動車か?-戦略的合従連衡-」(2024年6月7日)