ドイツ@Sars-CoV-2 コロナウィルスアップデート(34) 2020/4/22(和訳)

話 ベルリンシャリテ ウィルス学教授、クリスティアン・ドロステン
聞き手 コリーナ・ヘニッヒ

2020/4/22

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やはり、マスクが義務化されました。多くの州で、当初の推薦、というかたちだった、買い物と公共交通機関の利用時でのマスクの着用が、義務となりました。 ヘルムホルツ協会が、基本再生産数を、1以下のもっと下の数値まで下げてから緩和したほうがよい、との警告を鳴らしています。 基本生産数R0が1以下、とは、1人が続く1人以下に感染させる、ということですが、この数値が0、2になれば、感染速度はかなり遅くなる計算です。  107 感染後の後遺症について、そして、ウィルスのルーツについて、、、今日も、ウィルス学教授、クリスティアン・ドロステン氏にお話を伺います。聞き手はコリーナ・ヘニッヒです。

まずは、一昨日のポッドキャストでの内容について、リスナーからの質問が届いています。 ご自身の研究や論文などから割り出された、感染性の期間と時期は、一番感染力が強いのが症状がでる前、感染してから4日〜7日で感染力がなくなる、ということでした。そこで、疑問なのですが、多くの入院患者は、重症化してから病院にきている。ということは、1週間以上たってから入院しているのに、院内での感染防止のための防護対策が必要なのは何故なのでしょうか。

何故か、というと、、、この間取り上げた論文などは、通常の環境での感染者と第二次感染者の間の話で、病院内ではありません。病院内の医療関係者を対象にした調査だと、少し結果は異なるでしょう。 論文内での調査結果は、、、これは、1つの研究だけではなく、他にもいくつかの研究で同じ結果に至っていますが、、、感染の44%が、症状が出る前におこっている。 そして、一番の可能性が高い時期が、症状が出始める1日前。 症状が出てから4日後には、ほとんど感染しなく、1週間後には感染しなくなる。 これは、モデル計算ででた数値で、計測数値ではありません。しかし、参考にできる数値で、実際のデータの分析の結果ですから極めて現実的です。 数多くの感染者と第二次感染者の通常の環境でのデータで、病院ではありません。 病院についてですが、例えば、気管挿管されている患者から感染するかどうか。挿管時と撤去する際など、このような問題は常に臨床においてあります。もし、重症化した後期の段階での感染がないことがはっきりすれば、器具を外る作業、そして、その後のケアも(集中治療室レベルではなく)普通の病室でできるでしょう。 詳しい検査が今おこなれていて、多分、そうだろう、という結果に至りそうです。 その反対に、気管挿管する際、重症化の初期の段階、1週間目の終わりですが、その際には、気管の奥、ウィルスの増幅が盛んにおこなわれている場所との接触がありますので、気管挿管の際の感染リスクは大きいと考えます。 院内では別のところでの感染防止策が必要で、日常のシチュエーションとは違う、特別な防護対策がされなければいけません。 院内で必要な対策は外、普段の生活では必要ないですし、適さない、のです。 

院内の話がでましたので、お聞きしますが、、、メディアやSNSなどでも、後遺症について様々な情報が出回っています。 完治した後で肺はどうなるのか。肺だけではありません。 インスブルックの研究では、肺塞栓、神経障害、そして、サイエンスでは腎障害があげられています。 このような障害はあるのでしょうか。 それとも、不安を煽るだけで、まだはっきりとはわかっていないことなのでしょうか。

臨床検査がありますが、この場合、複雑な重症患者での観察ですから、まず、そこで観察したことを、普通の患者にもあてはまるのか、ということです。血液凝固障害からくる 肺塞栓、これは、まず集中治療での観察です。 肺流動床、肺の細胞に後遺症が残るのではないか。肺内のガス交換の際に細胞の傷跡の影響で、特発性肺線維症がおこったり、これらのことはこれから調査されなければいけません。 神経疾患でも同じことです。 ウィルス感染によって脳の神経細胞の炎症をおこしやすい、ということがわかっていますが、これ以外にもどのようなことがおこるのか。 例えば、頻繁にあげられる、臭覚障害も神経疾患です。鼻のなかの嗅球は、中枢神経の一部ですから、嗅細胞につながっています。 脳に直接つながっているのです。 身体的な防御システムはあるにせよ、脳と周りの環境とは繋がっています。 ウィルスは細胞内で増幅しますが、他のウィルス、インフルエンザ、そして、狂犬病がこのようなルートで脳に達することができることが病理学的にわかっています。

しかし、今の時点では、軽症の場合に、臭覚障害があったとしても、脳の心配はしなくてもいいのでしょうか

しなくても良いです。 ほとんどの場合は、ウィルスはそこから先、脳にはいきません。今行われている試験は、稀に観察される重症ケースから、もしかしたら、軽症でも似たような症状が頻繁におこっているかもしれない、ということですから、臨床検査の際にたてられる仮説、です。完治した患者、、、幸い、現在かなりの数が完治していますが、、完治後にも、まだ臭覚障害が続く場合があることは報告されています。そして、それが最終的にはよくなることもわかっています。

キーワードは、対策、です。 これは、社会的、政治的な大きなテーマです。 大都市をみてみても、、、私はハンブルグに住んでいますが、、、もう少し我慢はするけれど、大体の一番酷いことは過ぎ去った。保育施設をまた再開してほしい。という声がきこえます。 イギリスの統計的な数値、そして、フランスでは、新しい疫学モデルが発表されましたが、そこでは、全く違う印象をうける結果です。 イギリスでは、ロックダウンが、3月23日に行われました。4週間くらい前ですね。国家統計局の発表によると、4月の頭に、死者数が急増しました。 20年以来の最多数だったようですが、風邪のエピデミックのように、目安となるのは超過死亡率でしょうか。

そうですね。 今、徐々に、超過死亡率を割り出せるようになってきました。ここ数週間、まだ、超過死亡率がでていなかったために、常に、新型コロナはそこまで酷くない、という議論が繰り広げられてきました。常に、インフルエンザとの比較がされ、2017年のインフルエンザの大流行の際に、2万5千人〜3万人の死者がでたのに比べると、まだ6千人ではないか、、、と。 この比較は、2つ全く違うものを比較しているところで無理があるのです。インフルエンザの季節には、超過死亡率が割り出されますが、これは、他の月の死亡者数と、インフルエンザが流行る期間内での死亡者数の差です。このなかには、直接的なウィルスの影響で亡くなったケースと、そうではないケース、例えば、自宅で亡くなった場合、、、大体がすでに病気を患っていて寝たきりだった、など。インフルエンザの時期にはそのような人たちの死亡確率もあがります。 このように自宅介護されていて、寝たきりで、肺機能も下がっている場合、急性ウィルス感染だとはなかなか気がつかないわけです。その後におこる細菌による肺炎も気づかれないことが多い。このようなケースもすべてカウンドされてしまうので、現実的ではありません。 もちろん、今回の新型コロナのように、感染して、検査での陽性が確認されて、最終的に集中治療で亡くなるケースもあります。このようなケースだけをみると、インフルエンザも数百人、多く見積もって1〜2千人でしょう。 しかも、この人数は、インフルエンザの季節全体の数です。クリスマスから、カーニバルの後までです。 イギリスの国家統計局で出た結果、、、今朝、もしかしたらリスナー的にもっと興味深いかもしれないものをみつけましたが、NYタイムズに載っていたもので、エコノミスト誌にも似たような記事が載っていましたが、、、、NYタイムズへのリンクを貼った方がいいかもしれませんね。 今、NYタイムズはコロナ関係の記事はすべて一般公開していて、無料でみれるようになっていますので。 そこには、様々な国の一年間の死亡者数のグラフがあって、、、スペイン、イギリス、オランダ、ベルギー、スウェーデン、、、インドネシアも、トルコ、などで、一年でどのような傾向があるのか、がとてもよくわかります。 数年間の平均値も載っていますが、ここで、今年の死者数が突然上がっているのをみてとれると思います。 急増です。とてもはっきりとした変化です。 ほとんど今カウントされている数は、通常の倍以上です。そして、上昇傾向です。しかし、これらの国では接触制限などの対策がとられていますから、このまま増えていく、ということはなく、無制御に増え続けるSars-Cov-2の拡大はありません。 世界中の健全な情報機関がある国々でとられている統計でみると、接触制限をはじめたばかりの国などで、どのくらい急激に増えているのかがわかります。 これが長く続かないことを祈るばかりです。
ドイツは、早い段階で接触制限をはじめましたので、かなり良い状態にいます。 政治が接触制限に踏み切るには、2つの基準が必要です。 まずは、集中医療の急激な負担など、状況の緊急性の把握。これはテレビなどの報道で受ける印象も重要です。 このようになってはいけない、と、危機感を感じる。 そして、2つめの印象です。 ウィルスはもうすでに外から入ってくるだけではありません。国境の閉鎖はもう意味がないのです。ウィルスは国内にいます。様々な国の政治家は、死者がでてから危機感を持ったように思います。 どんどん増え続ける死者数。 しかし、死者数というのは、感染から1ヶ月後にみえてくるものなのです。 死ぬまでには時間がかかります。 まずは、感染。 そして、少し具合が悪くなる。そして、病症が悪化する。 集中治療でも為す術がなく、、、1ヶ月後に死亡する。 この死者が出始めてはじめて気が付いた国も多かったのですが、実はそれでは1ヶ月遅いのです。 ドイツは、この1ヶ月を無駄にはしませんでした。 早い段階で、検査体制を整え、ベルリンでは1月に整備が整っていました。 1月末にはすべての大学病院、そしてその他のラボもその後を追って準備が整っていったのです。2月中旬には、広範囲での検査が可能になり、3月にさらに検査数を大幅に増やすことができました。まだ記憶に新しいですが、カーニバルの後でバーデン=ヴュルテンベルクで、イタリアから入ってきたケースを発見することができましたし、同じ週に、偶然、違うケースの発見にもつながりました。  はっきりと覚えていますが、バーデン=ヴュルテンベルクの研究者から電話で、「感染ケースは、あのイタリアから入ってきたウィルスだけはないようです。私たちのラボでは、インフルエンザの検査と並行して、新型コロナの検査も可能なのでやってみたのですが、、、はじめの3人のうちの1人に陽性反応がでたました。 これは、イタリア帰りの感染者が発見されたケースとは全く関係のないケースです」 この偶然の発見から、もうすでに国内に感染が循環しているのだ、ということがわかったのです。 この発見は、イタリア、イギリス、フランスなどの国での突然の死亡者数の増加と同じくらいの意味をもちます。 ドイツは他の国よりも、1ヶ月先発しているのです。 ですので、ここ数日、この先取りした1ヶ月が無駄になるのではないか、という大きな懸念があります。 今、パンデミックのどのあたりにいるのか、というのを統計でみてみると、、、ドイツは、世界でも数少ない現実的なデータの把握がされている国です。 統計面では、一番大きく、そして一番報道の透明性を持っている国だ、といっても良いでしょう。 それなのに、、、ショッピングモールに人が溢れてしまっている。 なぜでしょうか。 なぜなら、800平方メートル以下の店の営業再開が許可されたからです。 ここに意味があるのか、ということを真剣に問わなければいけません。 例外的ですが、ここで私の意見を言わずにはいられません。

再度、外国の死亡者数に注目したいと思います。イギリスの数をみても、もうすでに70歳以上だけではないことがわかります。 ここから、致死率が、徐々に若い世代に移っていっている、ということが読み取れるでしょうか。

もちろんです。80歳上の問題ではなくなっています。若い年代も死亡しています。

先をみるならば、、先ほどから話していることをふまえて、、、今後どうなるのでしょうか。 フランスのモデルで、対策の緩和がどのような影響を及ぼすか、という計算がされています。フランスでは、3月17日にロックダウンが始まりました。 そして5月11日までには対策の効果が計算通りにいくはずだ、と。再生産数R0は、3、3から0、5まで下がる計算です。 この予想はどうでしょうか。

予測をするには、、、あまりはっきりしていません。予測は1つしかされていなく、接触制限の解除によって終わるロックダウン、の時点のみです。370万人、もしくは、フランスの人口の5、7%が感染する、という計算で、感染しているか、すでに感染したか、という数ですが、まだまだ集団免疫には程遠い割合です。 役に立ちません。 感染はまた広がりはじめるでしょう。 想像しなかった、季節的な効果があれば別ですが。 フランスはドイツよりも暖かいですから、、今後、暖かい月が訪れて感染が減速する、、、夏効果、です。  フランスの地方で、一番感染濃度が高い、イル=ド=フランスや、グラン・テストでも、12、3%と11、8%なのです。 思い出せない人のために説明しますが、この地方は、呼吸困難の患者に呼吸器を挿管して列車にのせ、別の地方の病院まで運んだいった、大変酷い状態だったところです。 このような、最悪な状態だった地方ですら、長いロックダウンの後でも、免疫は、12、3と11、8%なのです。
このモデル研究チームはとても有名なチームです。この数字には信憑性があります。 ここで付け足しますが、この計算からは、死亡率の良い情報もあります。この件に関しては、また個別に話した方が良いかもしれません。 この、ドイツではなかった、本当の最悪な緊急事態を経験した国でさえ、、まだ、集団免疫には程遠い、ということです。

このフランスの数値から、重症化する確率と、病院で死亡する確率はどうでしょうか。

ここでは、他のデータを加えてモデリングがされていますが、そのなかに、豪華客船での発症率などを並行して計算して比較しています。

ダイヤモンドプリンセス号でしょうか。

そうです。簡単にまとめると、、感染者の2、6%が入院。ここには、老人ホームなどは含まれません。 もう一度言いますが、老人ホームは特殊な例です。 この説明もしますが。 普通の一般人、老人ホームではなくて、、、は、2、6%が病院に入院します。 感染したら、リスクはどのくらいなのか。 何%が死亡するのか。 感染死亡率は、0、35%です。ドイツでは、良く反映された 数値がでていると思います。 これは、感染者からでる致死率ではありません。カウントされていない感染者がいるために、致死率は高くでます。 そこで、感染した際に重症化して死亡する確率はどのくらいなのでしょうか。 それは、0、53% 感染死亡率です。この数値は、ドイツの疫学モデルとも一致します。 この数値はモデル計算に「よって、0、5%くらいの差があります。私自身は、0、3〜0、7、ニール・ファーギソンは0、6%〜0、9とモデルによって計算していました。他のシュミレートモデルでもそのくらいの数値 がでています。 ここでも、0、53%です、  80歳以上では、感染死亡率は8、9%。 これは、老人ホームにいない高齢者の場合です。老人ホームはここでは外されています。

これらの数値はドイツでも使える、とおっしゃっていましたが、ここに、介護施設の要素を入れてたら、、、どのようになりますか。

今、ドイツ国内の介護施設でも激しい感染がおこっている、という情報が入っています。 これは、死亡者の統計にも反映してきてるところです。はじめは、若い世代が多かったのですが、現在、それに加えて50代が多く、そして、高齢者です。これからドイツの致死率の統計に表れてくるでしょう。 とはいっても、ドイツでは多くのことが達成されてきました。 この軽いロックダウン、これは自覚しなければいけませんが、ドイツの対策は緩かったのです、誰もが外出できましたし、家族でも外出できました。 フランスでは、外出禁止令で、家からでてはいけませんでしたから。 ロックダウン中は、単独でジョギングにでることも許されませんでした。

イタリアやスペインでもそうでしたね。

そうです。 このことを忘れてはいけません。 ドイツは、そこまでのロックダウンをしなくても、ここまでの成果をあげることができた。 これもすべて、早くにはじめ、検査分析体制が整っていて感染を発見することができたお陰です。 なので、ヘルムホルツ協会が発表したように、今現在のロックダウンをあと数週間続けると再生産数R0を0、2まで抑え込むことができる、という計算になるのですが、、、、政治はこれには賛同しませんでした。

店などをまだ閉めておく、ということですね

そうです。緩和内容についてはここでは評価はしませんが、、、政治家は良かれと思って決断したのでしょう。 ロックダウンが宣言された時点で、新しい感染を防ぐべく、細部まで熟考されたプランだ、ということはわかりました。 メルケル首相の演説からも伝わってきました。 真摯に受け止め、危機感を持って挑めば、感染を封じ込むことができるだろう、と。 それを、0、2という数値まで落とすのか、それとも、R値を1以下に持続していくのか。ここで意見が二分しているように思います。 とにかく、最低でも1以下にキープすることと、ここから脱線しないことが大変重要です。 今、とても壊れやすい状況です。 昨日のロベルト・コッホ研究所の数値は、また0、9まで上がっていました。 この数値には様々な影響が関係しますので、ロベルト・コッホ研究所が勝手に予測しているものではありません。 イースターの長い週末に未申告の期間がありました。この分を遡って足していくのですが、この方法にも限界はあるでしょう。  例えば、もし、私がイースターの週末に具合が悪くなったとします。 熱はあったけれど、そこまでひどくならなかった。この場合、多くの人が救急にはいかなかったと思うのです。家でじっとしていた。 この人たちはカウントされないわけです。 しかし、この数は現実にはいるのです。ここから感染が続いていかもしれない。このような部分は統計にいれることができません。
国民の間で様々な解釈と意見がありますが、私は、何か、ご意見番のように思われているらしく、メールを書けば、返事をしてくれるだろう。何か書いてくれるだろう、と。 もちろん、そのようなことはしません。 そのようなことは私の仕事ではありませんし、専門でもありません。 しかし、今、よくわからない想像や解釈をしてみたり、自己流で考えた変な行動規制も持ってきたり、、、そのようなものをみていると、やはり、はっきり言わなければいけないと思いますが、、、、 手を洗うだけではダメです。 マスクをするだけではダメです。そんなことだけしていてもダメなのです。 大勢の人が密集するのが危険です。 ドイツR値を1以上にしたくないのであれば、絶対にしてはいけません。 各自が勝手な解釈で無責任な行動をとり続けたのであれば、、5月、6月にコントロールが効かないシチュエーションになるでしょう。
ロックダウンの裏で、エピデミックの基本的な部分が変化しました。 このことについてはお話しました。 対策を緩和し、各自が自分勝手に解釈した基準で行動するならば、各地で必ず新しい感染が勃発します。それは、ベルリンの一部の地区、ハンブルク、バーデン=ヴュルテンベルク、ノルトライン=ウェストファーデンなどの感染濃度が高い地区で、ではありません。 はじめに、ウィルスが持ち込まれて感染がはじまった場所ではなく、全土の広範囲での同時にはじめる感染と感染連鎖なのです。 そして、止まることをしらない高齢者での拡散がおこるでしょう。 感染での死亡率が高い年齢層で、です。

これからどうなるか、という質問には、ウィルスが変異したらどうなるのか、ということも含まれると思うのですが、以前の回、3月6日の8回目に突然変異についてはお話いただいています。 その時には、ウィルスは変異を常にしている、ということでしたし、もうあの時点で変異していました。 しかし、その時点ではウィルスの特性への影響についての詳しいことがわかっていませんでした。 中国の杭州市と宜昌市からの論文で、11人、はじめの頃の調査ですが、ここからウィルスの変化についてどのようなことがわかりますか。

この論文は、、、残念ながら、もうすでにSNSなどで拡散されてしまって国際的な話題となっています。 これは、まだ査読されていないプレプリントレベルの論文です。 このことについて話さなければいけない必要性は、ウィルス学に精通していなく、ウィルスの検査について全くわからない素人が解釈することに意味がないからです。 基本的には、この研究は、表現型の特徴分析の分野です。 ウィルスのシークエンジングによって、ゲノムが割り出され系統樹をつくることができます。そこで、どのウィルスとどのウィルスが系統的に近いか。 しかし、ウィルスの危険性の違いなどはわかりません。そのためには違う検査をしなければいけません。 一番簡単な方法としては、ウィルスを細胞培養して、どのウィルスが一番はやく増殖するか。その他にも、例えば、細胞内での免疫防御システムでの試験。 私たちの細胞は小さな免疫システムを持っています。 細胞内で、何かウィルスがこの免疫を攻撃するものを持っているかどうかを観察するのです。 ウィルスは、道具のようなものを持ってこなければいけませんが、それが進化してしまうと、細胞内の免疫にダメージを与えるものに変わっている可能性があります。 もしそのような変化が認められたのであれば、それは、ウィルスの病原性が高まった進化である、といえるでしょう。
これを確認するためには、複雑な細胞培養システムを使った試験をしなければいけません。肺のモデルなどですが、ラボでのモデルがあって、癌患者などから切り取った肺の一部に感染させる、それか、人工肺粘膜をつくる。 そして、動物実験ですね。 動物で、各ウィルスの感染状態の比較をする。 この論文では、はじめの簡単な実験段階での結果しかありません。 細胞培養での増殖経過の比較です。ここで使われたのは、武漢からのウイルス分離株です。 武漢か、武漢と間接的な接触があった感染者からのものです。 比較的初期、1月22日〜2月4日の間ですが、ここでもうすでに、ウイルス分離株の多様性はみられ、現在把握されているウィルス系統樹のほとんどがはいっています。 ここが興味深い部分です。 著者は、ここで、ファウンダー変異が観察される、と書いています。 これは、この変異が、ウィルスのゲノム的に、系統樹の根の部分である。現在知られている系統樹がそれでわかる、と。 しかし、そのようなことはないでしょう。 というのも、今でも、進化は続いているからです。 ここで明らかにされていることは、現在のウィルスではなくて、その当時のウィルスがどうであったか、です。でも、これは、そこを意図して選ばれたわけではなく、武漢のウィルスだからです。その当時は、すべての原型タイプが武漢にありました。 それらを、細胞培養で増やし、PCR検査、これは本来は喉のウィルスの有無に使いますが、それでウィルスの確認した。 勿論、このようなやり方もできるでしょう。しかし、定量的な検査の方法もあります。ここでは、ウィルスが増殖するかどうかではなく、そのくらいの量のウィルスが増殖するのか。そこでみつかったのは、270倍です。1種類のウィルスタイプが、270倍の増殖をみせた。

とても恐ろしく聞こえますね。

恐ろしく聞こえますし、そのように拡散されてしまったのです。 ウィルスのタイプによっては、危険性が違う。 そのなかで、一番危険なタイプは、通常の270倍に増殖する。これが、ツイッターされて、どこかの記事、、、科学ジャーナリストが学者に確認しながら書いたのではない、、、短い見出しになる。このようなシチュエーションになってしまうと大変難しい。 通常であれば、このような科学的な情報は、まずは、学者間で議論され、査読されてから、公の場で発表されるものなのです。 私も頻繁に、そのような査読作業を専門家としても編集者としてもしますが、編集者としては、はじめの段階からチェックを入れ、場合によっては、査読に出さない、という判断をすることもあります。 そのレベルに達していないこともあるからです。そのような過程をこの論文は踏んでいません。
ウィルスが細胞培養で270倍増殖した。ここでは、どの期間内でこれが行われたのか、ということを明記しなければいけません。ここでは、増殖の終了地点がまちまちです。 ここでは、指数関数的な成長周期でみなければいけないところ、それがここではされていない。この数値、270倍については統計的な調査も加えられていますが、統計的ばらつきが発生している最終周期でのものです。大変解釈が困難です。別の部分で解釈に困るのは、出発地点はどこなのか、というところ。 もし、本当に進化の段階で270倍増殖するタイプができたとしたら、それは、平均より270倍なのか、それとも普通のウィルスと比べて、なのか。 普通のウィルス、という定義もわかりません。 ここでは、単に270倍という数があるだけです。 これだけでは、危険になった、ということなどはわかりませんし、反対に悪くなったかもしれないのです。

悪くなった、というのは、この場合どうことでしょうか。ウィルスにとって、ということですか。

ウィルスの多くは変異しますが、変異は統計的にみると、いつもウィルスにとっては悪い変化です。 データからもそうみてとれます。 ここには、技術的なミスもあります。今、話していたのは、解釈の問題です。どうにでも解釈できてしまします。この、270倍という数字からはなにもできません。 この数字が、増殖の際のことなのか、それとも、増殖周期の角度なのか。角度データ、たぶん、こちらだと思います。これ以上言うのは困難です。

角度とはこの場合どのようなことでしょうか。

増殖は全て異なる、ということです。

270倍、違ったかたちで増殖する、ということでしょうか。

そうです。そして、細胞培養でのウィルスの増殖にしては、270倍というのは少なすぎます。増殖の比較をする場合、細胞培養に入れたはじめの数と最後段階の数を比較しますが、ここでは、10万単位ですから。270だととてもよくみないとわからないでしょう。もう一つの問題は、これは、専門家にしか気がつかない点ですが、著者は、どのくらいの量のウィルスを種としてつかったのか、ということが、間接的に明記されています。論文内のグラフをみると、スタート時点でのウィルス量にばらつきがあり、そのばらつきはファクター100です。 これは、特定のパラメーターの部分をみれば明らかなのですが、ここからも、これがきちんとされた試験ではないことがわかります。スタート時点でのウィルス数のばらつきは、典型的なラボでの問題です。 博士課程の学生がこのようなデータで私のところに来たとしたら、、いやぁ、興味深い実験だけど、、やり直しだね、と言うでしょうね。 結果がすべてあわないわけですから。 その学生はがっくりと肩を落として私の部屋をでていくことでしょう。 2週間の作業をもう一度しなければいけないので。 実際には、私のところに来る前にどこを指摘されてるか、ということはわかっていたはずです。そして、もう一度、そしてまたもう一度、同じことがおこったら、、、もう私のところに来る前に結果を破り捨ててもう一度するでしょう。

ということは、基本的に何もわからない、ということですね。SNSで拡散された、ウィルスがどんどん変異して変わっていく! 危険度もまして大変なことになる!ということではないのですね。

少なくとも、この論文からはそのようなことはありません。この著者には、もう一度実験をするチャンスが与えられるでしょう。 現在、学術雑誌には、取るに足らない論文もでるのです。そんな内容でも、公が話題にしたら、専門家は一応めを通さなければいけません。特に、ここから、政治的、社会的、医学的な決断の参考になるデータをとろう、ということになったら、です。常に、専門家の意見を仰がなければいけません。大げさなことが好きな学者もなかにはいるのです。 インパクトのある題名をつけたりして。 そうやって発表した内容が、どのような影響を及ぼすのか、というところまで考えないひとが多い。

全く意味がない論文もある、ということですね。 また勉強になりました。今日もありがとうございました。またよろしくお願いいたします。

ベルリンシャリテ
ウィルス研究所 教授 クリスチアン・ドロステン

https://virologie-ccm.charite.de/en/metas/person_detail/person/address_detail/drosten/


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