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#1619 デジタル教育の闇

話を進める前に、最近得た気づきを1つ。

「タブレット端末を最初から子どもたちに自由に操作させておけば、そのうち飽きて、適切な場面でのみ活用することができるようになる!」

こんな話がよくされる。

しかし、この認識は間違っていると感じる。

私が受け持つクラスの子どもたちは、4月からタブレット端末を授業でどんどん活用している。

上記の認識が正しければ、子どもたちはタブレット端末の活用に飽きるはずである。

しかし、もう「2月」だというのに、未だにタブレット端末に依存している。

タイピングゲームにハマっている。

画面にかじりつくように操作している。

タブレット端末の操作に夢中になり、話を聞けない。

こんな状態である。

完全に「根拠、俺」であるが、タブレット端末の依存性に子どもたちは勝てないのだ。

いくら4月から活用させても、飽きることはないのである。

この気づきを前提に話を進めていく。

ここからが本題だ。

私は過去に以下のような記事を書いた。

タブレット端末は非常に便利で、学習効率を上げてくれる。

しかし、その反面、副作用ともいうべき「闇」が存在する。

今回も、その「闇」が1つ露呈される形になった。

きっかけは私が休暇をとり、1日学校を休んだときであった。

※担任が学校を休むと、本当に「何か」が起きる。

私は授業で「共同編集できるスプレッドシート」を活用している。

私が休んだときも、子どもたちは自習をし、残り時間はスプレッドシートに「振り返り」を書くことになっていた。

その「共同編集できるスプレッドシート」が問題だった。

それは「チャット機能」である。

一部の子どもが「チャット機能」を見つけ、担任の不在をいいことに、チャットのやり取りをしていたらしいのだ。

そのチャットの中身はすぐに消えてしまい、保存されることはない。

なので、どんな中身をチャットでやり取りしていたかは不明である。

また、子どもたちがチャットをしているのを、教師の端末ではなぜか見れないのだ。

そういう理由もあって、教師にバレずにチャットをしているようであった。

翌日、私が教室に復帰したときも、何人かの子どもがチャットをしていた。

それを別の子どもが教えてくれたおかげで、事の真相が発覚したのである。

幸い、そのチャットの中身は些細な事であった。

しかし、私が見ていないところで、ネガティブな内容がやり取りされていた可能性もある。

私は授業を中断し、チャット機能の是非について全体指導をした。

この指導により、もうチャットを使うことはなくなるだろう。

しかし、これが「デジタル教育の闇」であると痛感した。

子どもたちは教師の目を盗み、セキュリティの穴を見つけ、自分たちのやりたい操作を勝手に行う。

今回のように、教師が授業のために「共同編集できるスプレッドシート」や「共同編集できるドキュメント」「共同編集できるスライド」を作成しても、その中の「チャット機能」を使い、授業とは関係のないやり取りをしてしまう。

そのシート内に2人以上がアクセスすれば、もうチャットはできるのである。

なので、教師がシートに入っていない時間帯でも、子どもたちはチャットでやり取りしている可能性はある。

本当に恐ろしい機能である。

ところで、このような「チャット機能」というのは、意味があって実装されたものである。

「遠隔のため直接話ができない」人とやり取りをするときに、チャットをすればよいのだ。

つまり、「教室」という直接コミュニケーションをとれる場では、不要なのである。

このような意識も、子どもたちに指導することが必要だ。

そして、他者に見えない「チャット機能」は、それがエスカレートすると問題に発展する。

「ネットいじめ」につながるのだ。

このような情報モラル指導も欠かせないのである。

今回学んだ「デジタル教育の闇」を肝に銘じ、デジタル機器を神格化しないように注意していきたい。

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