映画『ボイリングポイント/沸騰』鑑賞記録
90分ワンショットで撮られ、イギリスで大変話題になった本作。
その撮影スタイルもあって映画マニアの間で話題になっていたし、海外では絶賛している人なんかもいて観てみたいなという思いもあり、先日鑑賞。
90分ワンショットというその試み、それで一つの作品を撮ろうという野心は見事だし、特にコロナ禍での撮影による現場のスタッフ、キャストの肉体的精神的疲労と緊張を思うと同情から「素晴らしい作品でした!」とか「画期的かつ見事な作品です!」と称賛の声を与えたくなってしまうけれど、正直に言うと映画として作品として観て平等にジャッジするならば、評論家でもなんでもない単なる一映画好き如きがこんなこと言うのは制作陣には申し訳ないが、「その意欲と野心、現場の苦労、工夫は大変素晴らしいです。でも作品としては平凡極まりないものです」と評してしまわざるを得なかった。
ワンショットで撮りたいという思いは分かる。観客に緊張を強いたい部分、会話劇などは特にそうだろう。それに役者によってはワンショットだから緊張感が増し演技がキレてくるというのもある。
ただ今作ではそれが裏目に出てしまった感がある。
というのも、長回しのデメリットの一つが、アップで見せるべき表情や演技が見せられず、また広角での状況説明のショットも入れられないので、メリハリがつかずどこか間延びした印象を受けてしまったりするのだ。今作ではそれがモロに出ているように感じた。
観ていて「ここ普通に割ればいいのに」「この演技はもっと演技指導してバストショットでじっくり見せればいいのに」「レンズワークとかライティングもっとやって欲しいな」「リアルオブリアルを目指してるのは分かるけど、超低予算ドキュメンタリーじゃないんだからせめてBGMで演出くらいは…」とかそんなこんなを思ってしまった。
私は撮影スタッフでもなんでもないので、これは想像・妄想によるところが大きいのだが撮影はもちろんビデオ一本(おそらくは手持ちでなくジンバルに固定)、録音はビデオにとりつけた指向性マイクのみ、当然レンズはおろか露出を変えるなんて出来ない、照明や録音に関しては"脅威のワンショット映画"という縛りが最優先であり、それに伴いカメラマンの移動が最優先され、まずもって導線確保と映り込みの防止をしなければならないので照明を組めなかったのであろう、そのせいかいかんせん室内も外も暗く、映像に絶対に意図的ではないノイズがかかって素人の撮った映像という感がある。
最初は「わざと撮影時の露出をマイナスにして暗めの作品にしたいのか、あるいは、高級レストランが舞台だから少し暗めにしてムード面での演出だろうか」とも思ったけど、そういうのではないことは観ていて推測できた。
ストーリーとしてはシナリオはまあ悪くはないと思う。ただ及第点ギリギリといった感じ。あえて狙ってモキュメンタリーにしているのだろうが、問題が一夜にして起こりすぎ、かつそれが上手く線で結びつかず、色々とっ散らかっているので逆にリアリティがあんまりないのだ。
そもそもスタッフが混雑して忙しい店内で呑気に私語を楽しんだり、やる気も能力もなければムードメーカーにもなりえず遅刻癖もあってドラッグをキメるスタッフがいる時点で正直リアリティがない。いやまあ話していいのよ。楽しい雰囲気って大事だし。でもそれは客がいない暇なときとか余裕があるときだけ。オープンキッチンならなおさら。
自分も一応学生時代レストランでバイトしていたことがあるから分かるが、大入りのときに、しかもオープンキッチンでスタッフが呑気に私語を交わしているなんてのは店全体の雰囲気をぶち壊すし(今作の舞台設定は”高級レストラン”なのでなおのことそういった演出は重要)そもそもお喋りしている暇なんてない。いや経験したことあるから分かるけどマジでないのよそんな暇! マジで手の一つ指の一つでも動かせという感じなんだ。
老害と言われそうだけど、実際人気の居酒屋で働いたことがある人なら分かるのではないかと思う。
でもあれなんだろうか。海外いやイギリスでは高級レストランであってもああいった光景は普通なのだろうか。文化の違いかもしれない。
スタッフ間のやりとりとそれによる人間劇に軸をおいて物語を展開するのであれば、オープンキッチンではなく、それこそ極端な話外に音が一切漏れないようなクローズドキッチン、密室空間で行って欲しかった。そして変な客やそんな客たちとのトラブルを挿入しまくるのではなく、スパイス程度のものにすれば物語、人の動きと心理は内側に向かい、感情や葛藤のマグマが溜まりそれが発散・解決されたときのカタルシスは大きく、ラストは爽快になる。
若干ネタバレになってしまうけど、一番重要なラストが唐突かつとってつけた感が凄く、しかも引きの画で淡々と見せられるから臨場感がまるでない。
この物語の主人公はあらすじを見るとオーナーシェフであるアンディのように思えるが、実際はレストランで働く全てのスタッフであり、そしてイギリスのレストランでの労働事情そのものなのであろう。垣間見える息遣いや動きなどは生々しく国を問わず人気店で働いたことがある人には刺さるのではと思った。
だからこそ、いっそこの作品は僕は「編集をしたドキュメンタリー」として観たかった。そのほうがメッセージ性は強烈になり痛烈な社会批判となり、より良い作品になったと思う。
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