“寺嫁お京”の自己紹介
”寺嫁お京”の生態
九州地方の浄土真宗 本願寺派 某寺 の若坊守。
41歳(2022年9月現在)。
夫と娘の3人家族。
”寺嫁お京”の暮らし
義両親は、お寺を継いでいないため、住職の祖母(現坊守)と3人でお寺運営。
住職の祖母は、お寺の敷地内の住宅に住んでますが、
私たち夫婦は、お寺の近くにマンションを賃貸して通勤方式を取っています。
”寺嫁お京”noteを始めたきっかけ
「お寺の仕事をしている。」と言うと、
「お寺の仕事って何しているの?」
「旦那さんってお葬式がない日は何してるの?」
と聞かれることが、たくさん、たくさん、たくさんあります。(大事なとこなので3回言いました。)
結婚をする前まで、私自身も、お盆かお正月の年2回程度しかお寺に立ち寄ることがありませんでした。
「お寺さん」と聞くだけで、敷居が高く、白壁がベルリンの壁のようにそびえ立って見えていました。(もちろん、ベルリンの壁はみたことありませんが。)
一般的な家庭の人からすると、それだけ、内部が“見えない”のです。
そこを“見える”化して、まずは色々な人にお寺を知ってもらいたいと思ったことがきっかけです。
“寺嫁お京”が見たお寺のジレンマ
お寺離れが急速にすすんでいます。
我が寺も例外ではなく、お参りに来られる方の高齢化、若い世代の方がお参りに来られる姿をあまり見かけません。
核家族化により、家庭での伝承がなくなったこと、ライフスタイルの変化によりお墓の維持が難しくなってきたこと、宗教観の変化…など原因はいくつでもあるようです。
また、嫁いで気づいたこととして、お寺の内部事情です。
お寺のほとんどが何百年という歴史を背負っています。
その長い歴史の中で築き上げられてきた伝統があり、同居、世襲スタイルもその一つだと思います。
その伝統に、先代たち個人の意向が加わり、伝統として受け継がれていっているものもあります。
何百年という歴史的背景があり、代々、人が継いでいるため、あって然りだと思います。
もちろん、伝統として引き継ぐべきことはたくさんありますが、現代のライフスタイルにそぐわないことも多々あります。
そこで、そのズレの狭間に立たされるのが、お寺に嫁いできた奥さんであることが多くあります。
“寺嫁お京”的立場の人の役割
お寺は、仏縁に出会うところであり、それを喜ぶ場所です。
そして、それを次の代に引き継いでいくことが私たちの役割です。
お寺はそのために時代に合わせた方法で働きかけをしていく必要があるのだと思います。
しかし、その内部にいるものが仏縁から遠ざかってしまう状況を引き継ぐのでは、お寺の継承から遠ざかってしまいます。
“寺嫁お京”がやっていきたいこと
このnoteでは、“お寺の奥さんのあり方”の模索も含めて、お寺での暮らしをできるだけ体現し、発信し、“見える”化できたらと思っています。
これから、仏縁に出会う方、お寺を担っていかれる方、嫁ぐのを迷っている方、ちょっと色々疲れちゃったって方・・・白壁を超えて、見ていってもらえたら幸いです。
私個人としては、儀礼が身についたり、浄土真宗の教えを知ることができたり、これまでとは異なるコミュニティができたり、地域住民の方との関わりができたり、マイナスイメージを払拭することが多くあり、他ではできない経験をしています。毎日欠かせないお掃除にも、意味合いが出てきました。
今では、夫と仏教の教えに出会えてよかったな、と思っています。
プラス、お寺以外のことでは、保育士時代や看護師時代のこと、バーンアウトした時のこと、育児のことなどのありのままの自分をお伝えすることもあるかと思います。
複雑な世を生きる私たちの心が少しでも和らぎますように。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
※文章の中で、「嫁ぐ」「奥さん」「お嫁さん」などと、現代のジェンダー差別の観点からそぐわない表現をすると思いますが、できるだけ、一般的な印象、感覚からイメージしやすいような表現をしていきたいと思っていますので、ご了承ください。
10年後には、その表現も変わっていることを願って・・・。