大学の片隅、美味しい時間
ランチの予約を入れた日だから、買ったばかりのお洋服でちょっとおめかしな月曜日。退屈な授業が終わって向かった先は、大学内のとあるゼミ室。
シェフは「寝坊した~」と言いながらふらりと現れた。いつもの調子で彼は会話に冗談を交えながらも、調理台の前に立つと美しい慣れた手つきで調理を開始した。
“ラボ's キッチン”の名で1か月ほど前から始まったパスタランチ。同じ学部の友達である彼が振る舞うその料理は、予約客の要望に応えつつもシェフの気まぐれの如くアレンジの効いたパスタを中心としている。
今回はしらすのペペロンチーノ、付け合せにマッシュルームと茗荷のカルパッチョ、ドルチェには自家製ティラミス。流れるように進んでゆく調理は見ているだけでもわくわくした。待たされたという感覚もないまま、目の前には出来立てのパスタがそっと置かれた。
歓声を上げながらすぐに口に運ぶ。おいし~~い。
すごいね、美味しいねと言いながらも淡々と食べ進め、あっという間に完食。カルパッチョもティラミスもぺろりと頂いた。「美味しいものを食べさせたい」と何度も繰り返す彼の表情はすごく良く、誰かを喜ばせたいハッピーにしたいと願う人のきらめきを見た。
満腹となりソファーに沈みながら心地よくまどろむ傍で、彼は誰に言うでもなく自分自身に確かめるように、料理を始めたきっかけを話し始めた。バルで食事をしていた時のこと。食事 という決して長くはない時間の中で、人が笑顔になり幸せそうに店を後にする姿を見て、料理のパワーを感じた。その瞬間から、料理で、美味しいもので、誰かの笑顔を生み出したいと決めた。
大学の講義もそこそこに、彼は毎日アルバイトで店に立つ。また、ラボ's キッチンに立つ。朝から晩まで料理に、お客様に、関わって過ごしている。そんな彼の姿は、ただなんとなく講義を受けていた頃よりも輪郭がはっきりしたように見えた。そして、次の料理のためにと食材の下準備を始めた彼の眼差しには、幸せな笑みが見えた。
パスタ一皿から、幸福というものは始まってゆくのかもしれない。