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素人催眠術師によるインチキ催眠療法にご注意を!

 近年、催眠術師を名乗る方がマスメディアに露出する機会が増えてきました。場所は様々です。テレビで誰もが知る有名人に掛けたり、Youtube上で有名な方に掛けたり、有名Vtuberの方にかけたり……といった具合です。催眠術師自身がSNSアカウントを開設し、情報を発信しているケースもあります。

 特にSNSの台頭は大きく、本来フィクションでしか催眠を知る機会がなかった方が、有名人のコラボをきっかけにリアルの催眠術に触れるという機会も多くなってきているのではないかと推測されます。

 しかしながら、大変残念なことに、催眠術師を自称する者(催眠を使用できるカウンセラーと名乗っている場合もあります)の中には、次のような行為を行っている方がいます。有名・無名問わずです。中にはクリニック(のようなもの)を実際に構えているにも関わらず、1のような行為を行っている者もいます。

  1. 本来、精神科医や臨床心理士といった専門職が行うべきカウンセリング・治療を、催眠をかけることで自ら行えると標ぼうし、料金を請求するもの(催眠療法の提供)。標ぼうしている者は、明らかに無資格ないし、一般人でも容易に取得できる資格しか保持していない。

 今回の記事は、こうした方々に対する強い注意喚起の記事となります。仮に引っかかれば多額の金銭・時間を失うばかりか、自らの病状すら悪化させることにつながりかねません。実例については、以前以下の記事でも取り上げました。


以下、上記の行為の具体的に何がまずいのか、詳細に解説していこうと思います。

無資格者による催眠療法の提供

なぜまずいのか?

 まず、初めに誤解なきよう申し上げますと、催眠療法自体が怪しいというわけではありません。催眠療法それ自体は、れっきとした治療手段であり、催眠療法による治療例も論文等で報告されています。
 問題なのは、催眠療法が無資格者によって提供されているという点です。
 例えば、気分の落ち込みを訴える方が相談に来られたとします。本来であれば、その気分の落ち込みがどのような疾患に由来するものか判断した上で、薬物療法、精神療法、他様々な治療手段の中から、適切な治療方法を選択する必要があります。
 しかし、催眠療法を無資格で提供している者は、治療手段として催眠療法しか提供できません。加えて、催眠に関わる知識しかない(催眠に対する正確な知識を持っているかすら怪しいところですが……)ため、仮にその方が、精神疾患や身体疾患の症状を呈していたとしても、それを判断することが出来ません。結果として、相談者の病状を悪化させることにつながりかねません。
 催眠療法を行うにあたっては、催眠に関する専門知識を有していることはもちろん、治療対象に対する専門知識も必要となります。例えば、精神疾患を催眠療法で治療しようとするのであれば、医師免許、精神科専門医、臨床心理士等々の資格と合わせて、催眠関連の資格を取得していることが一つの基準となります。

 さらに、催眠療法それ自体にも、問題があります。薬物療法、精神療法と同じように、催眠療法も万人に効く療法ではありません。催眠誘導の違いでも、療法の成果に大きな違いが出ますし、場合によっては、別の療法で治療したほうが、治療成果を挙げることすらあり得ます。
 よく、催眠療法で、ありとあらゆる疾患が解消するかのように宣伝している文句が見受けられますが、あれは真っ赤な嘘です。
 下記のページで示されている通り、催眠療法自体のエビデンスも残念ながら乏しいのが実情です。効果が全くないわけではないのですが……

 もしかすると、既に精神科にかかられていて、症状が改善せず「もしかしたら催眠療法で改善するかも……!」と思っている方もいらっしゃるかもしれません。事実、前述の方に対して向けられたと思わしき宣伝文句を掲示しているケースも見受けられました。
 ですが、そのようなケースでも、無資格者による催眠療法を受けることは強くお勧めしません。単純に時間とお金の無駄ですし、場合によってはかえって症状が悪化する可能性すらあります。そこまでの労力をかけるのであれば、セカンドオピニオンを求めた方が、ずっと良いはずです。

では、どうすればいいのか?

 答えはシンプルです。ちゃんと病院に行きましょう。……身も蓋もないですね。

 何度も言っている通り、催眠療法というのは、数ある治療方法の一つにすぎません。まずは、病院にかかって現状を正しく判断してもらい、その上で治療方法として催眠療法が望ましいと判断されて、初めて行うものです。

 一応以下に、正当な催眠療法を提供しているクリニックと、そうでないクリニックの見分け方を紹介しておきます。無論絶対ではないですが、この点に注意すれば、とんでもないクリニックを引き当てる確率はかなり下がるはずです。

 ただ現実問題として、日本で正当な催眠療法を提供しているクリニックは極めて少ない上、あまりにもインチキ催眠療法が溢れかえりすぎていて、真贋を見分けるのは非常に困難だと言わざるを得ません(そもそも再三言っているように、催眠療法は万能の治療薬ではありません)。主治医からの紹介があったのならともかく、初めから催眠療法目当てでクリニックにかかるのはやめておいた方が無難です。

  1. 治療者が、以下のいずれかの資格を保有しているか。これらは、催眠に対する専門知識を有することを保証する。なお、催眠に関する資格には眉唾物も大変多い(多いというか、現状ほぼといっても過言ではない)。中には受験資格が特に設けられておらず、10日程度の講習を受ければ誰でも取れてしまう資格もあるため、よく注意しなければならない。催眠に関する資格は、以下に挙げた資格以外信用しないのが無難。

    1. 臨床催眠指導者資格(日本臨床催眠学会)

    2. 臨床催眠資格(日本臨床催眠学会)

    3. 認定催眠士(日本催眠医学心理学会)

    4. 指導催眠士(日本催眠医学心理学会)

  2. 治療者が、以下のいずれかの資格を保有しているか。

    1. 臨床心理士

    2. 公認心理士

    3. 日本精神神経学会認定 精神科専門医

    4. 精神保健指定医

    5. 他、あなたが治療を希望する器官に関する専門医資格、またそれに準ずる資格(例:歯科の場合、歯科専門医等)

  3. 上記、二条件をすべて満たすクリニックであること。特に条件1は重要であり、これがない場合、仮に2を満たしていたとしても、催眠療法に対する専門的な知識を保有していない可能性があり危険である。

なぜこれを書いたのか?

 一言で言うならば、一人でも多くの人が、本記事で取り挙げたような悪質な治療に引っかからないようにしたい、その一助になればよいという思いで書きました。以下、理由の詳細です。

 日本の催眠を取り巻く環境は大変劣悪であると言わざるを得ません。インターネット上にある催眠の情報は、誤ったものが多いです。
 ただ、それだけであれば、他の分野にも同じことが言えます。大抵このような時は、専門家が出している文献を見ればよいと相場が決まっています。
 しかしながら、催眠においては事情が大きく異なります。「催眠の専門家」として世間に露出している方でも、実際には催眠や精神に関する専門教育(ここでは、大学等の高等教育機関での専門教育を指します)を受けずに、独学で学んだ知識しか保有していない場合が多くあります。
 さらに悪いことに、催眠術というのは、フィクションとしては有名ではあるものの、現実の催眠術を正確に知っている人は非常に少数に限られます。
 令和五年度の臨床心理士資格取得者41883人、平成24年時点での精神科専門医10099人に対し、日本催眠医学心理学会の正会員数はわずか518人しかいません。当該学会が、認定を行っている認定催眠士、指導催眠士に至っては、二つの資格合わせてもたった31人です。

 他の怪しいと言われる界隈……例えばマルチ商法や情報商材詐欺、反ワクチン、カルト宗教といった界隈では、正確な知識を持った有識者が情報を発信している場合が多く、探そうと思えば容易に見つかるのに対し、催眠に関しては専門書や学会誌、論文までたどり着かない限り、正確な情報を得ることは困難です。そういう意味で言えば、正しい情報が容易に見つかるだけ、まだ反ワクチンの方がましなのかもしれません。
 
 以上のような実情が背景としてあり、法的規制もないため、もはや無法地帯と化している状況です(そもそも問題として認識すらされていないのではないかと思います)。
 誤った発言がなされていても、それが是正されることはありません。是正されることはあるかもしれませんが、是正を行った人間が本物の専門家であるケースは……残念ながら皆無でしょう。

 この記事が、一人でも被害者を減らす助けになることを、願ってやみません。

あとがき

 昔から「催眠術なんてやらせだ」「催眠術は現実には存在しない」という言説が存在しました。無論、それは全くの嘘です。催眠という概念は、1770年代のヨーロッパでフランツ・アントン・メスメルが提唱し実践した動物磁気(animal magnetism)から端を発し、スコットランドの眼科医ジェームス・ブレイドが眠りをもよすものというギリシア語、ヒュプノス(Hypnos)から催眠(Hypnotism)と名付けたのが始まりです。ここから分かるように催眠という現象は、数百年間にわたって世界各地で認知されてきました。
 某ボカロPVでメズマライザーという曲がありますが、曲名の由来になったと思われる語句、mesmerizer(催眠術をかける人の意)は、前述したフランツ・アントン・メスメル(Franz Anton Mesmer)から来ています。もっとも、彼が行ったMesmerismは、現代で想像する催眠術とは大きく異なり、体全身を何度も繰り返し触ったり、患者を凝視したりしてヒステリー発作を起こさせるというかなり威圧的なものだったのですが……

 閑話休題。最近ではそういった説を払しょくするためか、催眠術について色々解説する方が増えてきたのですが……勢い余って催眠術の効力を過剰に伝えすぎたり、催眠にかかる原理と称して独自で考案した謎の理論を展開する方がいます。中には、催眠術のかけ方を教えるといって、数十万の高額な受講料を請求するところも……
 催眠術講座の類に関しては、個人の感想によるところも大きいため、この記事では深く取り上げません。ですが、覚えておいて欲しいことをいくつか取り上げておきます。

  1. 催眠術はあなたが思っているほどすごい技術ではない。魔法の技術ではない。

    1. 単なるペットボトルが大好きになる、笑いが止まらなくなるといった催眠にきれいにかかっている動画があるかもしれない。そういった催眠が存在すること自体は事実だが、それが成立するには、催眠誘導の技術以上に、催眠にかかる人の素質や、催眠をかける人とかかる人の関係性が非常に重要となる。

    2. 従って、仮に催眠術講座で催眠技法を学んだとしても、あなたがかけたい催眠を受け入れてくれる人がいなければ、あなたが学んだ技法は無用の長物と化す。

  2. 催眠誘導はその場の状況に応じて、大きく変化しうるものである。スクリプトを学んだからといって、それがいつでも通用するとは限らない。

    1. 教本にありがちなのは、スクリプトが与えられ「この通りにやれば催眠にかけられる」といったものである。

    2. しかし、ひとえに「名前を忘れる」という暗示一つ取ったとしても、「頭の中に思い浮かんだ名前を塗りつぶす」「名前はあるが思い出せなくなってしまう」「思い出そうとすればするほど、名前がぼやけてしまう」等、様々なアプローチ手法がある。加えて人によってどのアプローチ手法が適切かは大きく異なる。

    3. この辺りは実践で肌感覚を掴む他ない上、スクリプト程度であれば、書籍等で安価に容易に入手できる。多額の金銭を払って、講座を受けるかどうかはよく熟慮したほうがいい。

  3. 催眠術は確かに誰でもかけられる。仮に催眠術を学んでいなかったとしても。

    1. どのレベルを「催眠術をかけられる」と見なすかによるが、単純に催眠現象を引き起こすだけであれば、条件さえ整えば容易にできる。特に紐からぶら下げた五円玉が暗示によってひとりでに動き出す(シュブリエール振り子)ものや、腕が勝手に浮揚するといった簡単なものであれば、催眠誘導を行わなくとも、現象を引き起こせる。

    2. これが顕著に見られる事例が、こっくりさんや集団ヒステリーである。こっくりさんや集団ヒステリーが、催眠現象の枠組みで語られることは少ないが、あれも意識的ないし無意識的に与えられた暗示によって引き起こされる現象という意味では、催眠に近いものがある。

付録

 各学会が定期的に刊行している学会誌も、信頼性の高い情報源となる。もっともこれは催眠に限った話ではないが、論文があるからといってそのすべてが正しいわけではないので注意が必要である。中にはエビデンスが弱い論文も多くある。

催眠を研究している学術団体へのリンク

 催眠を研究している学術団体を以下に挙げる。残念ながら、学術団体でも、催眠の資格と同様のことが起きている。一見すると正当な学術団体のように見えるが、実際には非専門家が寄り集まっているだけの団体の場合もある。
 正当な学術団体であるか、そうでないかを外部から見分けるのは相当困難であるので、下記に挙げた団体のみを信用するのが無難。

日本臨床催眠学会(Japanese Society of Clinical Hypnosis, JSCH)。公式ページには「催眠療法の臨床応用について研究・啓蒙・普及等の学術活動を行っている有資格専門家のための学会です」とある。

日本催眠医学心理学会(The Japanese Society of Hypnosis,JSH)。公式ページに掲げられた学校の目的には「医学、歯学、心理学の諸分野における催眠の科学的研究を促進すること。
」との記載がある。

日本催眠学会(Japan Institute of Hypnosis,JIH)。公式ページには「催眠とこれに関する諸科学の研究・発展を図り会員相互の情報交換をおこない社会に貢献することを目的とする日本学術会議公認の研究団体」とある。

国際催眠学会(International Society of Hypnosis,ISH)
International Society of Hypnosis(ISH)。国際催眠学会。国際的な催眠学会であり、上記で述べたJSCH、JSH、JIHはいずれも、国際催眠学会に所属している。

アメリカ心理学会Div.30(American Psychological Association Div.30, Society of Psychological Hypnosis)。アメリカ心理学会は、1982年に創立された心理学に関する世界最大の団体である。アメリカ心理学会には、数十の専門部会があり、そのうちの一つに催眠を専門とする部会が存在する。

すべて挙げるときりがないため、特に印象に残ったものを抜粋して掲載する。

参考になる文献(書籍)

現代催眠言論。催眠の歴史から催眠の原理、臨床催眠について網羅的に記載されている書籍。専門用語が多く読むのにはハードルが高いのが難点。

催眠術の日本近代。日本における、明治から戦前までの催眠術に関する歴史が詳細に書かれている。森鴎外の魔睡、千里眼事件についても触れられている。シンプルに読み物として面白い。

参考になる文献(Webサイト)

催眠療法の今日的意義と本学会の基本的姿勢。本稿の後半に、この記事で述べたようなことが簡潔にまとめられている。「自らの非才を省みて道は険しく遠い」という言葉が印象に残った。
http://www.hypnosis.jp/igi.htm

https://kokubunji.clinic/hypnotherapy
https://kokubunji.clinic/faq
https://kokubunji.clinic/more
武蔵野催眠クリニック様が書かれている催眠療法についての解説。概略を把握するには良いかも?

https://www.apadivisions.org/division-30/about
APA Div.30による催眠の定義が記載されている。これによれば催眠(Hypnosis)とは、集中した注意と、暗示に対する反応能力の高まりを特徴とする周辺意識の減少を伴う意識状態である。

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