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大切なものは目に見えない。
某アーティストのグッズがヘルプマークに酷似しているというニュースを見て私も少し思うことを書いてみる。
ヘルプマークを調べてみると、発足が2012年10月、東京都のみで始まったサービスとあった。それまでは、見た目ではわからない障がいについてはそれを知らせるものはなかった。
2011年頃、「わたしのフクシ。」という福祉に関する発信をする人々によって「見えない障がいバッジ」が制作された。ツイッターでの呼びかけが発端だった。
私はそれを見てすぐに購入した。当事者には小さなハートマーク付き、支援者にはハートマークなしのデザイン。
私が購入した理由は、そのデザインが「目立たない」という理由だった。
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私の子供には知的な障がいがある。重度の判定はもらってはいるものの、なんとか生活できるレベルではある。
成人するまでにいろんな経験を積んだり、いろんな人に助けてもらって今がある。
子供がまだ幼いころ、私は誰かに助けを求められずにいた。人に頼ってはいけない、自分でなんとかしなければならない。いつも自分自身を追い詰めていた。
「自分の子供は障がいがあるからすみませんということは言わずに謝りに行ってください」教育機関からこう言われた。
トラブルが起きるたびに、ひたすら謝る日々だった。
障がいがあることを、誰かに話してはいけない・・・身内からも理解されなかった。
見えない障がいバッジは自己主張しすぎず、もしかしたらわかってくれる人は気づいてくれるのかもしれない・・・そんなささやかな希望だった。
いつもお出かけするときのリュックにつけていた。誰からも気付かれることはなかった。
それから少したって、学校からヘルプマークが支給された。でも、私は子供に持たせることはなかった。
久しぶりに見たら、白い部分が変色していた。
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ナナさんがいつも、「やさしさは想像力」って言っています。
やさしさのたりない今の社会は、想像力のたりない社会なのかもしれませんね。
わかりやすい、一目でわかることが優先されて、目に見えないもの、理解に想像力のいることが失われてきたような気がします。
『 大切なものは目にみえない 』
目には見えないけれど大切なことを、もう一度みんなで取り戻してゆけたらいいな。
「見えない障害バッジ」運動は、そんな啓発活動だと思うんです。
ヘルプマークの対象者であっても、それを持てずにいる人もいることを知っていただけたら幸いです。
強く、たくましく生きる子供にいつも助けられている。
わたしのフクシ。