
息子への手紙
息子へ
あなたがまだ生きていればもう28 歳になっているのかと思うと、
時間の経つ早さに驚きます。
あなたが送られてから終戦まで の1年を含めて、
この 10 年、あっという間でした。
あなたに赤紙が届いた日。
こんな田舎の土地にまで召集がかかるほど、
苦しい戦局であることが想像できてしまって、途方に暮れていました 。
泣いている姿をユリに見られないようにわざと風邪をひいたことにして、
1日中布団の中で過ごしたのを今でも覚えています。
そんな弱い私を横目にあなたがユリの前で気丈にふるまってくれて、
本当に助かりました。
出発の前日がなんの皮肉かあなたの誕生日。
「おめでとう」なんて言えるはずもなく布団に籠り続けて、
あなたを余計に不安にさせてしまったかもしれないこと、許してください。
お父さんが気遣って、あなたがたを外に連れ出してくれて助かりました。
なんか私、ほんとに助けてもらってばっかりね。
あなた達が家族でいてくれて、本当に幸せ者だったんだと思います。
出立の日、なんとか笑顔を作ってユリを学校に送るのが精いっぱいで、
あなたを駅まで見送ることができなかったこと、今も後悔しています。
でも、わかってね。
死地に向かうあなたに向かって、「万歳 」なんて言えるはずなかった。
あなたが帰ってくるって信じたかった。
今も 、あなたが突然家の前に立ってることを期待してしまう自分がいます。
でも、10 年も経ってるから見た目も変わっちゃってるだろうし、
最初はちゃんと名乗ってね 。
あなたが亡くなったことをユリに理解させるの、ほんとに大変でした。
「帰ってくるって兄ちゃん言ったもん」の一点張りで、
何も聞こうとしなくて。
私だってその事実を口に出すのが辛かったから、
だんだんしんどくなってきて、
結局、私のほうがユリの目の前で大泣きしちゃいました。
あの子が驚くくらい。
そしたらね、あの子、私に謝ってくれたの。
まだ 1 0 歳だったのに。
私、もうどうしたらいいか分からなくて、
泣きながらあの子に抱きついていました 。
その時はまだ幼いあの子まで困らせてしまったこと、反省しています。
でも、あなたも、ユリも、 こんな情けない母親 を支えてくれて、
ありがとう。
今日ね、ユリの結婚式でした 。
あの子、式の日をあなたの命日にするって言って絶対に譲らなくて。
プロポーズの日が昨年の少し前くらいだったから、
それから式まで1 年もかかりました。
お父さんと私に宛てた手紙読んでくれたんだけど、
「お父さん、お母さん、今までありがとう」、
から先はずっとあなたの話ばっかりで、少しあなたに嫉妬しちゃいました。
あの子ったら、新郎さんとご家族の前で堂々と、
「 兄ちゃんをこえる人はいないけど」、
って何度も読みあげたから私はちょっと恥ずかしくて、
新郎さんの顔をしっかり見れませんでした。
でも、あなたみたいに笑顔が素敵で、
お父さんと私にもすごく丁寧に接してくれる人。
普段から元気すぎるユリだけど、
そんなあの子さえ包み込んでしまうくらい優しい人。
ほんとに、あなたにも会ってほしかった。
書こうかどうか迷ったんだけど、
お母さんね 、あんまり長くないみたいです。
昨年からあまり体調がよくなくて、
先日お医者様に診てもらったらあんまり芳しくないみたい。
お父さんはもう知ってるんだけど、まだユリには言っていません。
あの子には一生かけて寄り添う伴侶ができたけど、
すでにあなたを失ってるあの子に、
どんな顔をしてこの事実を伝えればいいか分からない。
こんな時はいつも、最後に見たあなたの背中を思い出して、
勇気をもらっています。
ユリに隠し事はしたくないし、がんばって伝えようと思います。
お父さんとユリに会えなくなるのは寂しいけど、
そっちに行ったらあなたに会えるのかと思うと嬉しい。
ユリの説得に苦労した分、あなたにはいっぱい親孝行してもらわないと。
買い物にも付き合ってもらうし、一緒にランチもしたいし、
もちろん肩たたきだってしてもらいます。
あなたの手がしびれちゃうくらい、
いやってほど、たたいてもらうから覚悟しておいてください。
あと、あなたがもう大人なのは知ってるけど、
一度ひざまくらもしてあげたい。
あなたが子どものころからお父さんのお仕事の手伝いばかりだったから、
あんまり母親らしいことしてあげられなかったし、
少しだけでいいから甘えてほしい。
お母さんのちょっとだけのわがまま、聞いてあげてね。
明日はユリと2人でデートです。
あの子に辛い思いはさせたくないけど、
あの子とこれから過ごせる少ない時間を大切にするためにも、
明日、伝えようと思います。
そんな話題ふきとばすくらい楽しいデートにしてきます。
またそっちに行ったら、ゆっくり報告しますね 。
今は、ゆっくり眠ってください。