第12回(経営戦略編):最新のマーケティング手法は、すべて「自発性の経済」(ボランタリー経済)と「組織・個人間の善意」(ソーシャルキャピタル理論)に基づいている。
●バタフライエフェクトが引き起こしたベルリンの壁崩壊
最近テレビで面白く見ている番組に、NHKの「映像の世紀 バタフライエフェクト」があります。蝶の羽ばたきのような一人のささやかな営みが、いかに連鎖し、世界を動かしていったのか? そのダイナミックな歴史を、世界各国から収集した貴重なアーカイブス映像をもとにストーリー構成した番組です。
どの回もとても面白かったのですが、僕が特に印象に残ったのは「ベルリンの壁崩壊 宰相メルケルの誕生」でした。
1974年にニナ・ハーゲンという東ドイツの若い女性パンク歌手が、「カラーフィルムを忘れたのね」という曲をリリースします。歌詞の内容は、一緒に旅行した彼氏がカラーフィルムを忘れてしまい、記念写真がすべて白黒になってしまったことに怒る女性を描いたものです。単調で灰色の社会主義国家・東ドイツを暗に批判した歌で、そのコミカルな歌詞ゆえに検閲を免れた曲でした。
後年に行われた調査では、東ドイツ人の約40%がこの曲を歌うことができたそうです。若き日のメルケル首相も、その一人でした。
この歌は、1989年のベルリンの壁崩壊にも影響を与えます。そして若い時にこの曲をレコードが擦り切れるほど聞いたメルケルは、2005年に51歳という歴代最年少で第8代連邦首相に就任します。4期16年という長期政権を築いた後、2021年に国防省で行われた退任式典で、メルケルは恒例である軍楽隊の送別曲に「カラーフィルムを忘れたのね」を指定しました。厳粛な式典で異例の選曲した理由を問われたメルケルは、「この曲は私の青春時代のハイライトだった」と答えました。
一人のささやかな行動が、連鎖し続け、ベルリンの壁崩壊や宰相メルケルの誕生など、ダイナミックに歴史を創っていく。その過程が見事に描かれていました。さすがNHK、と感服したものでした。
●最新のマーケティング手法に共通する重要なキーワードとは?
話はガラリと変わりますが、最近よく聞くマーケティング手法に、ファンベースマーケティング、アンバサダーマーケティング、クラウドファウンディング、コミュニティマーケティングなどがあります。(カタカナばかりで恐縮です)
これらには、ある共通点があります。念のため短く解説しておきますので、何が共通しているかを考えてみていただけますか。
ここで紹介したマーケティングサービスを事業展開する5社は、ここ10年くらいで成長してきた企業ばかりです。設立が古い順に紹介してみます。
これらの会社やマーケティング手法に共通するものとして、「顧客起点のマーケティング」や「パーパス経営」などの回答を想定していましたが、いかがでしたでしょうか。
僕なりの答は、正解というわけではないのですが、まず事業目的が共通しています。それぞれの会社概要欄には、言葉は異なりますが、顧客企業に提供する次のような事業内容が記されています。
要は顧客企業に対して、熱量の高いファンや影響力をもつアンバサダー、またファンコミュニティや特定製品を応援したいユーザーが、SNSなどで口コミを創出し、それが良好な評判形成や新規顧客開拓、リピート購入につながり、結果として長期的なLTVを生み出すというものです。
そして、さらに重要な共通点があります。それは、これらの手法がすべて消費者の「自発性」に働きかけていることです。ファンは企業から強制されてなるものではありません。アンバサダーも商品やブランドに真に惚れ込んだ人でなければ務まりません。クラウドファウンディングももちろん自発的な行為ですし、ユーザーコミュニティは自然発生的に生まれて自主的に運営されていきます。
つまり、4つのマーケティング手法に「自発性」という補助線を引くことで、現代における極めて重要な経営戦略上の考え方が浮かび浮かび上がってくると思うのです。
※4つの手法に代表される「関係性マーケティング」は、いずれ「マーケティングの章」で詳しくご紹介します。
●現代社会のいたるところに存在する「ボランタリー経済」とは?
人々の「自発性」に働きかけて目的を達成しようとする試みは、今に始まったものではありません。もともと資本主義社会では、人々が貨幣の獲得を目的として行う経済活動「マネタリー経済」が中心でした。それに対し、「進んで人の役にたつ」ことで経済が回るしくみを「ボランタリー経済」と言います。日本語では「自発する経済圏」と訳す場合が多いと思います。
このボランタリー経済は、今の社会でもいたる所に見出すことができます。例えば、家庭での家事や育児、子どもの躾、老人介護、地域での相互扶助などは、無償の経済活動です。ネット上の口コミや評価、ウィキペディアなども自発的な無償の行為です。
また、赤十字などの福祉団体、生協などの協同組合、数多くのNPOやNGOなども非営利組織です。先端技術の分野でも非営利の研究機関が数多く存在しますし、無償OSのLinuxは自発的な改良に依拠しています。インターネットを運営するICANN(アイキャン)も民間非営利のボランタリー団体です。
最近話題のChatGPTを開発したオープンAIも、2015年の設立時は非営利のAI研究機関として発足しています。(その後2019年3月に営利企業であるオープンAI LPが設立されますが、出資者に対するリターン上限を事前交渉で決め、それを超えた利益は非営利部門であるオープンAIに還元する組織構造となっています)
今後、急速に社会実装が進むと考えられるWeb 3でも、従来はGAFAなどの巨大IT企業が個人情報と主導権を保有したのに対し、ブロックチェーン上のデジタル資産は分散所有され、個々のユーザーに主導権があるボランタリーな世界が実現しようとしています。自発的な情報発信と、相互作用による自律分散型の価値創造が、Web3の本質です。
つまり現代社会は、市場取引を中心とするマネタリー経済と、参加者の自発性に依拠するボランタリー経済が、車の両輪となって成立しているといえるのです。
●「自発する経済圏」では、消費者は「囲い込むべきターゲット」ではない
ではこのような社会構造は、企業の経営戦略にどのような影響を与えるのでしょうか。
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