幸福は長く続かなくて普通:テパサンがゼロからACTを学び始めた理由
さて、どこからこのストーリーを始めようか。
テパサンが40歳を過ぎるまでに、
パートナーと向き合い、子どもと向き合い
新しい環境の友人関係や仕事をしていく中で
「自分が人と違うところ」に沢山気づくことがありました。
考え方のスタート地点が違うというか、
モノの捉え方、こうあったらいいと思うかたち、
うまく説明できない、理解されない。
自分にとっての「自然な習慣」「当たり前」が
世の中ととてもかけ離れているように見えることもありました。
テパサンに見えているものは
世の中の人のそれとはちょっと違って
元々少し不幸に設定されていて(よく言うよと思うけど)
それをもとに戻すための作業をずっとしているような感覚がありました。
少しテパサンの歴史の話をしようかな。
良かったら読んでみてください。
◇◇◇
面白いくらいに、人生には問題が降ってくる。
「家族の事情」というやつで3つの小学校を渡り歩き
順応・適応、そして平和をできるだけ保つために
小さな頃からわたしは賢かった。
勉強は嫌いじゃなかった。
見たこともない世界のことを知るのはとても楽しくて
特に古代、地層、文化、科学はとても面白かった。
(のちのち生物の資料集が大好物になるのだけど)
良い点数を常にキープしておくことは大事だったけど、
いつも物足りなかった。
「正しい解釈はこれ」と言われたものを正解に書く国語よりも
どんな道を通ったとしても
唯一の一問一正答が決まっている算数の方が好きだった。
中学・高校ともに
まともな部活動やグループ活動には参加できなかった。
母親は、勉強・音楽・運動全てにおいてトップを目指せと言って
小さな頃から学校外の特別な環境で様々な習い事をさせたけれど
音楽・運動面で何か才能を見出されるたびに
それでは食べていくことはできないのだと急にやめさせた。
希望を持たせては目の前で繰り返し潰すことで
体感させ、覚えさせる。
あらゆることは成績、何よりも大学受験を優先させる洗脳教育で
「全ては大学受験のため」という呪いで部屋を埋めつくした。
友達との関わりと言えば、青春の相談役を一手に引き受けていた。
その時から自分を元気にさせるための言葉を学び
「出来事があなたを傷つけるわけではない、思考がそうさせているだけ」
なんてわかっちゃいない適当なことを言って安心させていた。
彼らの悩みはあまりに簡単で
自分に起きる出来事はいつももう少しハードだった。
彼らには待ち伏せしてごみ置き場にじっと潜んでいる親戚もいないし
絶え間なく続く物が割れる音も聞こえない。
どうしようもない劣等感の中通わねばならない塾もないし
少しのお金もこそこそと稼ぐしかない情けない事情もない。
「物事を都合つけるための作り笑顔で乗り切る」
「末っ子は馬鹿のふりをしていれば良い」
「いつか自由になれる日が来る、その日までひとりで耐えろ」
夜中、家をこっそり抜け出しては屋上にあがり
ひとりだ、それでいいのだ、
誰に迷惑もかからない、
自分の思考だけは自由だと
厨二病的に浸る日々が続いていた。
受験直前までのわずかな抵抗も空しく、理系大学に進学。
それなりに楽しい学生生活を送り、
生涯忘れないだろう大切な人にも出会えてしまった。
これで良かったのだと思えてしまったのがいけなかった。
その後、更に悪化した
「家庭の事情」ってやつに詰んだわたしは
生涯で初めて手にしていた居心地の良い世界にはもういられなかった。
周りから逃げるように、そこから消えた。
それまでいた世界を捨てて
新しい生活をするのに必要だった「リセット」。
できうる限りの小さな反抗として、
自分を呼ぶ名も周りの人間を呼ぶ名も変えた。
なんなら名前ごと変えたかったくらいだ。
リセットしたはずの世界で
また起きるトラブル。
女、お金、怒鳴り声、病院、いじめ、お酒、死。
ずいぶんと落ちた底の方から這いあがるのには時間がかかった。
世界のやぶけたところをいくつも修復していく間に
現在のパートナーに出会い、移住した。
想像だにしていなかった、家庭を築くことになった。
またここで、ひとつ試練がやってくる。
子どもという存在と向き合うことは
イコール過去の全てと向き合うだなんて知らなくて
「愛されていたと勘違いしていた」わたしは
うまく子どもと接することができなかった。
うまく親同士の関係を築くことができなかった。
それに気づいた時には
コミュニケーションに関わる問題が、既に山積みになっていた。
それにわたしのお腹には、もうひとりの命があった。
また新しい世界で詰んだわたしは
今度は全てを捨てられる状況にはなかった。
もう逃げることはできない。
パートナーに初めて
どうしようもない情けない自分の状態を打ち明けた。
怪訝な顔で
「足りないなら学んだらそれでいいんじゃないの」
そう言ってもらったとき、やっと息ができた。
しばらくしてから
コミュニケーションの仕方をいちから学び
ひとつひとつをやり直すように、暮らし始めた。
◇◇◇
そこからもう3年近くの月日が経ち、
あっという間に歳を重ねて
今に至ります。
幸い(かどうかは別として)、テパサン自身は
病院や何かのサービスにお世話になったことがありません。
どこかからひねり出したお金で
ギリギリでも生活をして
奥底からひねり出した気力で
自律神経に都合つけながら何とかやってこられました。
その代わりといっては何だけど、
昔たしかにあったはずの家族や
帰れる家はなくなりました。
今考えると、
あの時声を上げていれば
助けを求めていれば、
もっと早く違う形で何とかなったのかもしれない。
でもテパサンと同じように、
何かの理由で声を上げられず
自分の何かを削りながら
都合つけて何とかしてきちゃった人って確かに存在すると思うのです。
そういう人はすごく強いので
相談もできないし弱音を吐くこともあんまりしません。
下手に経験値が高い分、自己啓発も苦手です。
だからテパサンがまずは
「自分は何か足りない気がする人間だ」とか
「生きづらさを感じている」って認めて
心理療法なるものに自分で取り組んでみて、
こんな自分でも本当に楽になれるのかとか
感じたことや思い出したことなんかを書いてみたら
誰かの役に立てるかもしれないと思ったのです。
なぜACTを選んだのか?については、
理由は3つあります。
1・同い歳の恩師に勧められたこと。
2・「健康な人間の正常な思考プロセスは人間を精神的苦痛に導く」という言葉に惹かれたこと。
3・マインドフルネスの実践についてきちんと掘り下げることができそうだと思ったから。
マインドフルネスと聞くと
健康そうな人が健康とダイエットについて話すときに
おしゃれ生活の一部として紹介されるもの、という
穿ったイメージしかなくて(ひねくれすぎかな)
正直うんざりしかしたことなかったけれど、
きちんと自分と対話するためのものとして習得したい。
やり方は人によって違うはずだから。
心理学系のものについては
コミュニケーションの仕方として
コーチングを3年ほど前から学び、実践しています。
何の学位もなく、基本的に初心者です。
(大学の講義は教室が広すぎて黒板見えないから受けなかったし)
これから独学を進めていく中で
自分の学びを深めるためと
誰かが少しでも楽になってくれたらという想いで
少しずつ記録していこうと思います。
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