菊池 哲平(熊本大学教授)

熊本大学大学院教育学研究科・教授、博士(心理学) 専門分野:発達臨床心理学 特別支援教…

菊池 哲平(熊本大学教授)

熊本大学大学院教育学研究科・教授、博士(心理学) 専門分野:発達臨床心理学 特別支援教育講座にて発達障害のある人の障害特性や支援方法について研究しています。 通常の学級における授業のユニバーサルデザインや、インクルーシブ教育システムについて考えています。

最近の記事

新刊『授業UD新論』の紹介

東洋館出版社より新刊『授業UD新論〜UDが牽引するインクルーシブ教育システム』を上梓させていただくことになりました。東洋館出版社HPを始め、Amazonなど各ネット書店で予約できます。 東洋館出版社のHPはこちらです。 これまで、このnoteやSNSで発達障害や授業UDに関する情報を発信してきましたが、今回の書籍はそれらの情報を系統的にまとめて「これからの学校教育に、なぜ授業UDが必要なのか」を論じたものです。もちろん、授業UDだけで発達障害をはじめとする特別な教育的ニー

    • 高等学校が「2.2%」な理由

       前回、文部科学省(2022)の「通常学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査」に関する解説を行いました。その中で高校については詳しく述べなかったので、改めて高校に関する調査結果についてまとめたいと思います。  今回の調査で高等学校の通常学級に在籍する「特別な教育的支援を必要とする生徒」の割合は「2.2%」という結果が示されました。多くの方がこの数値は氷山の一角であり、「実際にはもっと多くの生徒が特別な教育的支援を必要としている」と感じられるのではないか

      • 8.8%が意味するもの

         文部科学省による「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果について」が2022年12月13日に公開されました。この調査は2002年、2012年にも行われ(後述しますが年により調査名称や手続きは少しずつ違います)、10年に一度の調査で今回が3回目になります。  2002年に行われた1回目の調査(調査の名称は「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する全国実態調査」)では、6.3%という数値が示されました。当時はまだ特別支

        • 「合理的配慮」の正しい理解のために③合理的配慮の基本的考え方

           前回、説明したように「合理的配慮」は障害の社会モデル、すなわち周囲の環境整備や配慮の有無によって障害者の社会参加が左右される、という考え方を前提にしています。ここでは「合理的配慮」の考え方を社会モデルと照らし合わせて考えてみます。 「合理的配慮」とは 障害者権利条約によると、合理的配慮とは と定義されています。また「第二十四条 教育」においても とし、その権利の実現に当たり確保するものの一つとして、 と位置付けられています。  この難しい用語や表現の並んでいる文章

        新刊『授業UD新論』の紹介

          「合理的配慮」の正しい理解のために②障害の「社会モデル」とは

           合理的配慮は、2006年に国連総会で採択された「障害者の権利に関する条約(障害者権利条約)」に定められている障害のある人に対する配慮・支援の考え方です。日本では2016年4月に施行された「障害者差別解消法」に合理的配慮の提供が法的義務(施行時は民間事業者は努力義務でしたが現在では民間事業者を含め法的義務になっています)になったことで知れ渡るようになりました。  ここではこの合理的配慮の考え方のもとになっている「障害の社会モデル」について解説し、合理的配慮とは何かを考えたい

          「合理的配慮」の正しい理解のために②障害の「社会モデル」とは

          「合理的配慮」の正しい理解のために① 障害の「医学モデル」の問題点の整理

           先日、障害のある人に対する合理的配慮について大きな誤解をして論じている記事を目にしました。  「合理的配慮」の考え方は、基本的に障害の社会モデルに沿っていて、医学モデルを元にした障害者観では根本的に誤った対応になってしまいます。ここでは「合理的配慮」とは何か、その本質に迫って解説したいと思います。 障害の「医学モデル」とは 1980年代頃まで、障害というものをどのように捉えるかについての基本的な考え方は、「何らかの疾病・疾患を抱えるため社会生活に支障が生じる」という「医学

          「合理的配慮」の正しい理解のために① 障害の「医学モデル」の問題点の整理

          子どもと教師の「相性の良さ」とは

           いよいよ新年度が始まります。新しい学級づくりの時期です。子どもたちも新しい先生との出会いを心待ちにしています。  年度代わりの時期には、発達障害など支援が必要なお子さんの保護者は「今度の先生はうちの子と相性が良いだろうか」と心配することが多いです。  ぶっちゃけて言うと、子どもと教師の相性というのはあると思います。ですが「相性」の中身を精査すると、それは子どものニーズに教師がチューニングを合わせて「ちょうど良い支援」を提供できるかどうかの問題だと思います。  例えば集中

          子どもと教師の「相性の良さ」とは

          東洋経済オンラインの特集記事に対する問題点の整理

           こちらの記事をご覧ください。 「東洋経済オンライン:特集「発達障害は学校から生まれる」第5回「発達障害児「学級に2人」、衝撃結果が広げた大波紋 文科省や都の調査に教師が反発した理由とは?」  この記事を読んで、どうも一方的な方向から結論を導くように構成された記事であるように感じています。発達障害の専門家としてちょっとこの記事の問題点を整理したいと思います。  まず記事が問題としている2002年の文科省調査ですが、調査の際、現場の一部から「レッテル貼りになる」と反対があっ

          東洋経済オンラインの特集記事に対する問題点の整理

          「障害」?「障がい」?

           毎年、必ずといっていいほど学生から質問があるのですが、障害の「害」の字を漢字かひらがなのどちらでも表記するか問題。学生さんに尋ねると、小中高の時に先生から「害の字を使うのは差別になるのでひらがなで書くように」という指導をされた人が多いようです。私が授業スライドで「障害」と表記しているのを見て、使ってはいけないのでは?と尋ねてきます。 元々は「障碍」が使われていた もともと戦前の表記は「障碍」と書いていました。「碍」の意味は“妨げ”とか“バリア”という意味で、障碍の語源は仏

          「障害」?「障がい」?

          授業UDとUDLはどこが違うのか?

           先日、学生から「授業UDとUDLの違い」について質問されたので、自分なりの考えをまとめてみました。筆者は授業UD学会に理事として所属していますが、この文章は決して授業UDの優位性を述べるものではなく、客観的に違いを説明することを目的にしています。 UDL(学びのユニバーサルデザイン) UDLはアメリカで1970年代頃から体系化されてきた理論的枠組で、現在はCAST(the Center of Applied Special Technology)が提唱しているUDLガイド

          授業UDとUDLはどこが違うのか?

          ユニバーサルデザインを意識したスライドづくりのポイント④「情報量をどのくらい詰め込むのか?」

          スライドの枚数はどのくらいが適切? よく学生から研究発表に際して何枚くらいのスライドを準備すれば良いか、と尋ねられます。例えば10分の発表時間では10〜12枚程度ではないか、と回答するのですが、そもそも一枚のスライドにどのくらい情報量を詰め込むかによって必要な枚数は変わってきますので、一概には言えません。  研究発表の場合、研究のバックグラウンド(先行研究のレビューや本研究の着想経緯の説明)、研究の具体的手続き、結果、そして考察(+謝辞など)を盛り込まなければなりません。必

          ユニバーサルデザインを意識したスライドづくりのポイント④「情報量をどのくらい詰め込むのか?」

          ユニバーサルデザインを意識したスライドづくりのポイント③「UDフォントの使い方」

          UDフォントを使って視認性を高くする 私は特別な理由がない限り、UDフォントを使っています。このUDフォントはディスレクシア(読字障害)の人やロービジョンの人でも読みやすい・読み間違えが生じにくいようにデザインされたフォントです。また感覚過敏の方の中には、先が尖ったデザインだと恐怖を感じる場合もあるようで、止めや払いの先が丸くデザインされています。昨今ではUDフォントの認知度が高くなり、教育現場においても愛用者が多いようです。  一方で、単純にUDフォントを使えば読みやすく

          ユニバーサルデザインを意識したスライドづくりのポイント③「UDフォントの使い方」

          ユニバーサルデザインを意識したスライドづくりのポイント②「カラーユニバーサルデザイン」

          カラーユニバーサルデザイン(CUD)とは スライドにグラフを入れたり、あるいはsmart artを使う場合には、カラーユニバーサルデザインに留意する必要があります。先天性の色覚異常を持つ方は男性で5%いらっしゃいます。色遣いによっては、グラフの違いが判別できなくなる可能性もあります。スライドを見て学習している男子学生20人に1人が、色の違いを判別出来なくて困っているかもしれないのです。  一口に色覚異常といっても、P型、D型、T型など見え方もそれぞれで、まさに色の見え方には多

          ユニバーサルデザインを意識したスライドづくりのポイント②「カラーユニバーサルデザイン」

          ユニバーサルデザインを意識したスライドづくりのポイント①「基本となるレイアウトづくり」

           昨今の大学授業は、ほとんどPowerPointのスライドを使って進められます。中には昔ながらのchalk & talkスタイルを貫いてる先生もいらっしゃいますが、学生に大学に入ってからスライドを使わない授業を受けたか?と聞いても「記憶がない」「確かなかったと思う」「友達がないと言ってるからないと思う」という汚職事件の政治家ばりの答えが返ってきます。  そんなわけで、大学教員の授業準備といえばパワポづくりが多く、できる限り分かりやすいスライドを作ろうと邁進する訳です。ところ

          ユニバーサルデザインを意識したスライドづくりのポイント①「基本となるレイアウトづくり」

          オンライン授業のユニバーサルデザイン♯13 「ハイブリッドは、ご多忙申し上げます」

           第10回でも少し書きましたが、コロナが収束した後にもオンライン授業のノウハウを活用していこうという気運が高まっています。その一つがハイブリッド授業の積極的導入です。同一の授業を対面とオンラインのどちらでも受講できるようにすると、なんらかの事情で対面授業に参加できない人の学びも保障されます。移動が困難な障害のある人や、不登校などの子どもは自宅にて授業に参加することができますし、遠隔地に住んでいて通学までの移動時間がかかる人には有効なソリューションとなり得ます。  一方で、担

          オンライン授業のユニバーサルデザイン♯13 「ハイブリッドは、ご多忙申し上げます」

          オンライン授業のユニバーサルデザイン♯12「顔を出して話したい授業動画」

           オンライン授業ではPowerPointなどのスライドを画面共有して話すことが多いのですが、話し手である教員の姿を映すことも大切です。よくあるテレビの“ワイプ”のように、スライドだけでなく顔が映っている方が受講者には伝わりやすく、集中できるようです。  オンライン授業が始まった当初、PowerPointのナレーション機能を使った「スライドと音声のみの授業動画」が多かったです(※バージョンによっては録音と同時にナレーターの顔を録画する機能があります)。  この音声だけのスライ

          オンライン授業のユニバーサルデザイン♯12「顔を出して話したい授業動画」