ポルトガルリベンジ2023②
今日は車で近郊の町に出かける予定だったが、昨夜のホテル到着がなんせ遅かった。義父も昨日の午後着いたばかりだ。まだみんな疲れている。
朝食後、ホテルの近くを散策することにした。
受付のお姉さんのお勧めは、ジプシーマーケットと市場。早めに行った方がいいと言われたので、早歩きでマーケットを目指す。
思いの外寒い。
マフラーを忘れた夫が寒い寒いと震えていたので、その場でマフラーを購入することにした。カシミア100%と書いている多分ポリエステル100%の1本を手に取った。
それを見た義父が、え、カシミア100%だって?と言いながら、2本手にとった。ああ、カシミアじゃないと思いますよと言おうと思ったが、寒いのでやめた。こういうときはエナジーセービング、省エネだ。
「唐草、君の出番だ」
義父が値段交渉を私に任せてきた。
ホテルの受付のお姉さんから、ジプシーマーケットでは金額の交渉も楽しんでみてくださいと言われていたからだ。確かにマフラーには金額が書いていない。
地元感を出すにはどうしたらいいだろうか。日本語または英語で話しかけるとインターナショナル感が出るだろうか。私はただの隣のアンダルシア田舎から来ただけだ。ここはスペイン語でいこう。
アンダルシア訛りをさらに強くして、交渉にあたった。
「すみません、こちらおいくらでしょうか?」
「10ユーロ」
「1本10ユーロですね。では、3本買うとおいくらになりますか」
「30ユーロ」
「30……」
10秒で終わってしまった。
受付のお姉さんの言葉が私の頭にこだまする。
義父と夫の顔を見ると、「30じゃあないよね、もう一回がんばりなさい」という顔をしている。
「本当は1本だけのつもりだったんですが、せっかくなのであと2本買うことにしたんです。それでですね、ちょっとご相談なんですが、これはカシミア100%とありますが、カシミアではないと思うんですおそらく。ええ、ええ、誰にも言いません。もちろん彼らにも言いません。そういうわけで、そこのところ、ほんの少しどんなものでしょうか…?」
「25ユーロ」
彼らの商売もある。元値がいくらなのかわからないが、これ以上は心苦しい。
義父たちに交渉結果を伝え、25ユーロを払った。
後になって考えた。
地元感を出したかった私だったが、そもそも地元の人がマーケットでマフラーを3本もいきなり買うだろうか。
買わないと思うなあ。
だからきっと元値はもっと安かったんだろうなあ。
ということで交渉らしきものをしてみたものの、最初から私の負けだった。
「交渉を楽しむ」という意味では目的は果たされたので、
付き合ってくださったお店の方にお礼申し上げたい。
◆
ポルトガルには昨日着いたばかりだというのに、義父は「もう早いところお土産を買って楽になりたい」スイッチが入ってしまったようだ。
いろんな人にお土産を頼まれたのだろう。
目についたものを手あたり次第買おうとしている。
義父と夫が買い物をするときのキーワードは「実用的」だ。
お土産を買うときも当然そうなる。
そのせいだろうか。確かに実用的かもしれないが、一般的にお土産としてもらってあまり嬉しくないようなものばかり選んでいる。ポルトガルと書かれた小さい爪切りとか、国旗の描かれたコップとか。爪は切るし、コップも使うけど、あえてお土産としてほしいかというと、どうだろうなあ。
購入するか否かの最終的な決定は私に任せるという。
「このかばん、妻にどうかなあ」
「それはどちらかというと、Mumさんが嫌いとする柄ではありませんか?」
「このワンピースはどうかな。妻と君とお揃いでどうだい?」
「Mumさんのサイズはご存知ですか?」
「これはあの子とあの子たちにどうだろう」
「かわいい眼鏡ケースですね!ただ、親戚の皆さん全員が同じ眼鏡ケースというのは、ちょっと投げやりな感じが伝わってしまいませんか」
そんなことをしていたら、早くも疲れてきた。エナジーセービングはどこへ行ったんだろう。
義父と義母は、5月末からクルーズに出かける予定だ。
船内では夜に舞踏会も行われるそうで、今回のテーマは1930年代だという。
フェドラ帽かカンカン帽か何かそのようなものはどこで買えるかねと聞かれた。
そんなことを私に聞いてもわからないが、ポルトガルに着いたのは昨日で、今日はまだこのマーケットにしか来ていないこと、全部の買い物を何もここでしなくてもいいのではないかと言って義父を諭す。
夫はベルトやら革製品を見に行ってしまった。スペイン製だと喜んでいる声が聞こえる。
気が付いたらもう12時だ。
ほかの場所にも行ってみたかった私は、名残惜しがる2人を引きずるようにして町の中心へ向かった。
◆
話は変わるが、義父が日本に初めて行ったとき、トラウマとなるような出来事があった。
私たちの方で義理の両親と義妹の部屋を予約しておいたのだが、何かの手違いで、彼らの部屋が逆になっていた。つまり、義妹はプレミアムダブルの広い部屋、義理の両親はエコノミーツインに振分られていた。
義妹が広い部屋に泊まっていることを知らない義父は、日本のホテルはこんなに狭いのか、歩く場所もないのか…と怖くなり、毎日寝不足だったらしい。
当時、ホテルの部屋が狭い、狭いと顔を合わせるたびに義父が言うので、まあ確かに外国の広い部屋と比べたら狭いのかもしれないなぐらいに思っていた。しかし、何かの用事で義理の両親の部屋に行ったら、確かに狭い部屋に泊まっていたことがわかった。その後、義妹の部屋に行ったら、1人部屋にしてはかなり広くて謎が解けた。
その滞在以来、義父は狭い部屋に泊まるのが怖くなってしまったらしい。「少なくとも23平米以上の部屋じゃないと日本には行かない」から始まり、世界のどこに行っても23平米より狭い部屋には泊まらないと言うようになった。
今回のポルトガル旅では、義父には広い部屋を予約しておいた。
事前に夫に何度も連絡が入り、自分の部屋は23平米以上あるか、ベッド周りには歩く場所はあるかと聞いていた。外国のホテルだから広いだろうし、スーペリアツインだから大丈夫だと夫が返事をしていた。
実際、チェックイン後に義父の部屋に入ったら、とても広かった。
安心して快眠した義父は、旅行中すこぶる機嫌がよかった。
◆
マーケットを後にした我々は、市場に向かうことにした。
市場に足を踏み入れると、色とりどりのスイーツや野菜が我々を迎えてくれた。歩いているだけで、楽しくなってくる。
自由行動の時間になったので、面白そうなお店を見て歩く。
魚の缶詰がたくさん売られている。
パッケージのデザインがかわいい。お土産としても大変人気のようだ。
熟成チーズを前に、考えこんでいる夫が見えた。
また始まったか。
エストレマドゥーラでの一件はまだ記憶に新しい。
「買うなら買いなさい」
義父が声をかけている。
私は見なかったことにして、市場をもう一周することにした。
10分後、チーズを買わなかった夫に再会した。
下の写真は、夫待ちの間に市場をもう一周したときに撮った。
イチゴを1キロぐらい買った。
確か7ユーロぐらいだったと思う。
スペインで買うより少し高い。
市場を楽しんだ後、もう少し散歩することにした。
お昼を過ぎたからだろうか。
だんだん暖かくなってきた。
朝ご飯を山ほど食べた我々は、まだそんなにお腹が空いていない。
しかし、そろそろ何か食べておいたほうがいい。
このあたりは、主に観光客用のレストランが軒を連ねている。
100%アウェイの我々は、どこに行っていいやらわからなくなった。
犬を連れて散歩している男女を見つけた義父は、おすすめのレストランについて聞くことにしたらしい。
昨夜の疲れが残っている夫と私は、5メートルぐらい先を歩いていた義父にやっと追いついたところだ。
話がはずんでいるようだ。
ポルトガルが気に入って、よく遊びに来ているカナダ人のご夫婦らしい。坂の途中にあるレストランがおすすめだという。絶対これを頼むべきだ、という料理を教えてもらった。
坂の途中にあるそのお店は、いかにも地元の人が通うようなところだった。
お店に入るなり、義父が言う。
「こんにちは。あそこにいるご夫婦が『ここの料理は最悪だから、一度食べてみろ』と教えてくれたので来てみたんですが、よろしいですか」
「いかにも!ここがその最悪の店です。ようこそ!さあさあ、お好きな席にお座りください」
店長らしき男性の冗談のスタイルが義父と似ている。兄弟かのようだ。夫もよく冗談やおやじギャグを言う方だが、義父のそれは内容も含めまた違うレベルだったことを思い出した。
スペインとポルトガルの1時間の時差ぼけにまだやられている夫と私は、店長と義父のやりとりをなまあたたかい目で見守ることにした。
BitoqueとBifeがおすすめらしい。全然わからないので、義父と夫でひとつずつ頼むことにした。私はそこまでお腹が空いていなかったので、ツナサンドイッチを。アンダルシアと変わらない値段にほっとする。
この後、キャロットケーキを注文した。
アンダルシアでよく聞く"Bueno, Bonito y Barato"が全部揃った大満足のランチだった。
「今まで食べたものの中で一番まずかったです!特にあのソース、なんですかあれは。最悪です!いやあ、どうもありがとう!!!もう二度と来ません」
「そうでしょう、お客さん!『最悪』のお言葉をありがとうございます。そのように言ってくださると、私どもも嬉しいです。二度とこないでください!」
義父と店長は終始こんなことを言っては肩を叩きあっている。
しまいには周りのお客さんたちが笑い出した。
夫と私はちょっと恥ずかしい。
お店の名前をメモしておくのを忘れてしまったが、ポルトガルに来たらまた是非訪ねたい場所のひとつになった。
夜ご飯をどうするかと義父が尋ねる。
たった今サンドイッチを食べたばかりの私は、夜ご飯のことなど考えられない。
日ごろから外食を好む義父は、どこかおいしいところに食べにいきたいと言う。
パンデミア以降外食を控えていた私たちは、夜はゆっくりホテルで過ごしたいところだ。義父ともゆっくり話したい。
間をとって、今夜はホテルで、明日は外食で、となった。
◆
荷物をホテルに置いて、近くのスーパーに行くことにした。
旅先のスーパーは、もはや夫のディズニーランドだ。
突然、義父が数独のような本をリュックから取り出した。
HANJIEだという。
「判じ絵」から来たものだろうか。
イギリスで買ってきたという本を今なぜ散歩中に取り出してやり始めるのかはわからない。
たくさんの数字が並んでいる。
見ているだけで、気が遠くなりそうだ。
「唐草、やり方知ってるかい」
わからないと言うと、大層嬉しそうに説明をし始めた。
義父の気持ちは大変ありがたいが、数字が苦手な私はその説明を聞いていること自体が苦痛だ。何も頭に入ってこない。
夫はこれをおもしろがり、実況中継をしながら録画し始めた。
ポルトガル郊外の道端で急にHANJIEの解説を始める義父と、それを聞かされ遠くの方を見つめる私、そしてそれを録画する夫。
適当にやりすごそうと思い、聞いているふりをして意識を違うところに飛ばしていた。
「君は全く聞いてないね」
「いえいえ、聞いていますよ」
「本当かね。ちゃんと聞いていたというなら、これをひとつやってみたまえ」
「大変残念ですが、私のHANJIEデビューはまたの機会にとっておきたいと思います」
「またこんなこと言ってるよこの子は。おい、何とか言ってやりなさい」
「では僕がひとつ」
数独好きの夫がそう言ってHANJIEをやり始めた。
荷物が重いからホテルに一旦帰ろうという話だったのが、この人たちは道端で何をやっているんだろう。
大分めんどくさくなってきた私の逆切れで、義父はようやくHANJIEをリュックにしまった。
◆
ホテルに戻る。
「よかったです。Dadさんのにおいじゃなくて」
部屋に入った瞬間、夫がほっとしたような声で言った。
今回、自分の父親と久しぶりに会ってハグをしたら、おじさんのつけるコロンのにおいがする。長屋のルイスがいつもつけているようなポマードの香りだ。いつからポマードを使い始めたんだろうと思っていた。しかし、昨夜シャワーを浴びてわかった。あのにおいは、父のコロン(ポマード)ではなく、ホテル備え付けのシャンプーとボディソープだった。
夫の話を要約するとそんなことだった。
そんな夫によると、今朝は3人がポマードのかおりをただよわせ、町を歩いていたらしい。時差ぼけの私はそんなことにはひとつも気が付かなかった。夫をちょっと尊敬した。
◆
荷物を置いて身軽になった我々は、コンティネンテというスーパーに向かった。
夫はどうしてもシャンプーを買いたいと言う。
ポマードのにおいが我慢ならないらしい。
「実用的」こそ義父と夫の買い物にあたっての共通キーワードなれど、実際の買い物にかける時間とその方法はまるで違う。
いくつかのシャンプーを手に取り表示成分や値段を比べ始めた夫の様子を見た義父は、1分で逃げることにしたようだ。コーヒーを飲んでくるとの言葉とともにいなくなった。
夫はポルトガルのスーパーを堪能した。
私の方は2人の相手でエネルギーを使い切ったのだろうか。その後の記憶がおぼろげだ。
夜は義父の広い部屋に集合し、3種のチーズ、フムス、サラダ、バカラオのコロッケ、生ハム、パン、ポートワインで乾杯した。
こうして、ホテルの周りをうろついただけの1日が終わった。
最後まで読んでくださった皆さまには申し訳ないが、今日も旅行らしい旅行にはなっていないような気がしている。
明日は、いよいよ少し遠出をする。
おいしい魚を食べにいくために!
今度こそ旅行らしくなるはず。
つづく
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