きもの本棚㉖『還暦着物日記』*群ようこさんの着物歴40年の悩み
着物のドレスコードが変わってしまった長唄演奏会の観客席。カムバック、国立劇場! にわかに紬が欲しくなった私は店頭で紅花染めの紬を「あてて」みた。シャリ感があって、今から誂えるにはタイミングを逸している。着物は季節のお支度が大切だ。
今回、手にした『還暦着物日記』の著者は作家の群ようこさん。映像化された『かもめ食堂』『パンと猫とスープ日和』はもはや、草分け的存在。簡潔で笑える文章にハッとする。
私のきもの本棚は小唄をやっていた群さんのエッセイをキッカケに増殖し始めた。熱心に足袋を洗うのも、襟の崩れと足袋の汚れに厳しい群さんの影響だ。私は群さんの本を集めて着物暮らしの雰囲気を覚えていった。
群さんは自宅での執筆中にも、半幅帯で着物を着ている。約15年前に出版された『きもの365日』では、小唄のお稽古に通う、浅草あたりの街中を闊達に歩く和服姿だったが、『還暦着物日記』の群さんはクリーニングしたてのワイシャツを思わせる隙のない立ち姿で、小綺麗なビルの中にすっくと、身を置いている。
反物を爆買いするお母さんの影は消え、目下のお買い物は長襦袢や帯など、劣化したが故の買い替えがメインだが、着物が欲しくなくなったわけではなく、衝動買しているところがまた、良い。
例えば、『織の紫紘(しこう)』の蝶のお太鼓柄の袋帯は、三月に夏着物用の帯を買いに行った際に目にとまったお品で、実際に購入したのは七月だ。帯は黒地の袋帯で袷用。十二月の章の扉ページの写真になっている。他に、地色が茶色バージョンもあって「しゃきっとした雰囲気」を決め手に選んだそうだ。
群さんがやっているように、春が来たら、夏の着物のお支度をする。涼しくなったと感じたら、即座に冬の暖かい結城や首回りの寒さを凌ぐストール類、羽織り、お正月用の着物について検討する。着物のお支度は体感とずれている。
とはいえ、三砂さんの本にあった「木綿の厚さ」は紬にも存在するはずで、産地で言うと、塩沢→大島→結城の順で保温性は上がるが、同じ産地でも、糸を混ぜて織り方を変えている。作る側からすれば当たり前の話だが、素人が一括りにはできない。
試しに、十二ヶ月の章ごとの「置き撮りコーデ写真」を見て、着物の銘柄(血統賞付き)を書き出してみた。一行目が春、4月のお着物だ。
書籍は一月の日記から始まって、十二月の日記に「帯で遊ぶのが、群好み」と書き添えられている。
この十年で温暖化が進んで「浴衣と袷が混在する気候(十月の日記。P.153)」になったため、気温にマッチする着物を何パターンか用意せめばならない。
こういうとまどいとは別に、伊達締めを新調したら、襟の感じがいつもと違うとか、夏場に編集者との顔合わせの会食があり、守備範囲を「染めの着物」に広げたのはいいが「基本的に自分の好みの範疇から少しはずれている」ために、薄物の合わせ方が「いいのか悪いのかよくわからない(七月の日記。P.109)」などと
経験を積めば目標値は上がり、悩みがゼロになるわけじゃない。三味線のプロの演奏家には、プロの悩みがあるのと同じだ。伊達締めの話のような、買い物の成功or不成功も含めてだ。
買い物といえば、群さんが使っている『えり正』の帯枕3.5センチを試してみた。ガーゼの紐の部分が麻素材になっていて、滑らない。軽くて、柔らかくて、なかなか、いい。
目指せ、正方形のお太鼓!