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長唄の聖地をゆく④『鷺娘』都会のサギはどこにいる?
鷺は鶴や白鳥に並ぶ大きな鳥だ。長唄の歌詞では鷺の精は「山の中、沼のほとりにある柳の木」に姿を現す。令和の時代なら、鷺は『六義園』など、池を有した公園で姿を見ることができる。写真の青鷺は日比谷公園の池で撮った写真だ。
自然の中で見た鷺で、最も印象的だったのは低山ハイクの下山中に出逢った白鷺だ。
御岳山はケーブルカーで山頂まで行かれる観光地だが、東西にある素朴な山を縦走することができる。
そして、御岳山から見て「日の出の方角にある」という日の出山へ登るには、畑の混在する住宅地を離れ、滝本川(平井川の源流)沿いの林道をしばらく、進んだ先の分岐のあたりで山に入る。海に近い低山はこういう林道が急だったり、長かったりで、帰り道、うんざりする。御岳山は秩父多摩甲斐国立公園の東の端にあり、日の出山に続く林道は傾斜が緩やかで歩きやすい。
砂利道を下っていると川の方で耳慣れない音が聞こえた。木立の隙間を覗くと、先の割れた大きな羽を広げた鳥が習字の筆で一の字を書くようにスッとま横に飛んでいた。白鷺だった。白鷺は私たちを追い越して杉の樹のてっぺんにとまった。大きな白い鳥が、尖った杉の樹のてっぺんにいる様は奇妙だった。
ここで、衣裳替えに合わせた歌舞伎舞踊『鷺娘』の歌詞を追ってみた。
①綿帽子
妄執の雲、のワードで唄が始まり、セリから登場
忍山 口舌の種の恋風が
吹けども傘に雪積もつて
積もる思いは泡雪と
消えて果敢なき恋路とや
思ひ重なる胸の闇
せめて哀れと夕暮に
ちらちら雪に濡鷺の
しょんぼりと可愛らし
※おどろおどろしい歌詞である。ここまでは、舞いも三味線も、じっくりじっくり。鳴物あって、三味線がチチチリチン・シャンラン。「気を変えて」と譜面に書かれている。
迷ふ心の細流れ
ちょろちょろ水の一筋に
怨みの外は白鷺の
水に馴れたる足どりも
※振り付け「羽ばたく」鷺の姿。三味線がじょんじょんじょん、じょんじょんじょん、じょんじょんじょん、じょんじょんじょん。
濡れて雫と消ゆるもの
※三味線に「消し」という「手(テクニック)」がある。右手の指の腹で鳴っている糸を押さえて、音を消してしまう。まさに「消し」。「消し」は衣裳替えの合図!
②町娘 赤・雪持ち柳
われは涙に乾く間も
袖干しあへぬ月影に
忍ぶその夜の話を捨てて
縁を結ぶの神さんに
取り上げられし嬉しさも
余る色香の恥かしや
③町娘 紫・流水
合方の間に衣裳替えした舞手が、再登場。流行り唄の手毬唄に似た節にのせて一番(須磨の~)、二番(繻子の~)の繰り返して「白鷺の」へ
須磨の浦辺で潮汲むよりも
君の心は汲みにくい
さりとは 実に誠と思はんせ
繻子の袴の襞とるよりも
主の心が取りにくい
さりとは 実に誠と思はんせ
しやほんにえ
白鷺の 羽風に雪の散りて
花の散りしく 景色と見れど
あたら眺の雪ぞ散りなん
雪ぞ散りなん 憎からぬ
※鼓唄。唄方が小鼓の伴奏で唄う。三味線が小鼓をまねて弾くこともある。
恋に心も移ろひし
花の吹雪の散りかかり
払ふも惜しき
袖笠や
④町娘 ピンク(鴇色)〜赤(緋色)
※「袖笠や」の歌詞から、「傘尽し」。道成寺の「山尽し」を思い出しますね! 衣裳は桜を思わせるピンク地に、麻の葉模様です
傘をや 傘をさすならば
てんてんてんてん日照傘 それえそれえ
さしかけて いざさらば
花見にごんせ吉野山 それえそれえ
匂ひ桜の花笠
縁と月日を廻りくるくる 車がさ
それそれそれさうぢゃえ
それが浮名の端となる
⑤鷺の羽の着物
ぶっかえりで娘の正体(鷺)が現れて
添ふも添はれず剰へ
邪慳の刃に先立ちて
此世からさへ剣の山
一じゅのうちに恐ろしや
地獄の有様悉く
罪を糺して閻王の
鉄杖正にありありと
等活畜生 衆生地獄
或は叫喚大叫喚
修羅の太鼓は隙もなく
獄卒四方に群りて
鉄杖振り上げくろがねの
牙噛み鳴らしぼっ立てぼっ立て
二六時中がその間 くるり くるり
追ひ廻り追ひ廻り
遂に此身はひしひしひし
憐みたまへ我が憂身
語るも涙なりけらし