ITと未来のすがたを語る⑥ スターリンク~宇宙にひろがるインターネット
イーロン・マスクの通信システム
竹林 以前、Twitter買収なんて芸当はイーロン・マスクにしかできないと言ったじゃないか。
犬塚 大金持ちだけが可能な所業だ、俺もあやかりたいと言ってました。
竹林 あやかりたいなんて言ってないが。スターリンクというシステムも、マスクの財力があるからこそ実現したシステムだと言えるかもしれないね。
犬塚 スターリンクは、マスク氏が経営する会社のひとつ、宇宙開発大手のスペースXが運営する人工衛星を利用した通信システムです。
竹林 人工衛星をつかった通信システムは、決して新しくないんだ。イリジウムというサービスが有名だけど、2007年に開始になっている。つまり、スターリンクには技術的にそれほど注目するところはない。
犬塚 どこが画期的だったのですか。
竹林 イリジウムみたいなシステムは、地球と通信衛星との距離が離れていた。衛星が遠くにあれば、一基あたりのカバー領域は広くとることができる。つまり、衛星の数がすくなくて済むんだよ。ところが、これには問題があった。遠くにあるために、通信に遅延が生じてしまうんだ。1秒とか平気で遅れていた。
犬塚 1秒遅延すると、リモートでも通話でも遅れが体感できるでしょうね。
竹林 スターリンクはここを解決したんだ。人工衛星を地球の近くに置くことによって、距離を近くして、遅延をなくした。ただし、これだと人工衛星一基あたりのカバー領域が狭くなる。たくさんの衛星を打ち上げなければならなくなってしまった。これが可能なのは、マスクに財力があったからだ。今では人工衛星の数は4000を超えているそうだけど、そんな設備投資は、一般の会社にはできないよ。
スターリンクは世界を変える
犬塚 スターリンクは比較的大きなアンテナを設置する必要がありますが、
これを都市部で設置するのは難しいでしょうね。場所を確保するのが困難です。逆に、都市から離れれば離れるほど設置が容易になります。
竹林 このアンテナがあれば、富士山の山頂でもネットできるらしいよ。事実上、地球のあらゆる地域でインターネットが可能になったと言っていいだろう。ウクライナ戦争で、ロシアはかなり早い段階でウクライナの通信インフラを使用不能にしたんだが、イーロン・マスクはすぐさまこのアンテナをウクライナに提供した。現在、ウクライナで通信の不便があまりないのは、マスクのおかげだ。……もっとも、上で言ったようにスターリンク衛星は地球から近いところを飛んでるから、撃ち落とすことも簡単で、そこで一悶着あったようだけど。
犬塚 スターリンクって、世界のゆくえに大きな影響を与えるシステムなんですね。
竹林 おもしろいのはね、スターリンクにはプランがふたつ用意されていることだ。ひとつは従来どおりの一般住宅用。庭とか屋根とかにアンテナを設置して、家でネットをやるスタイル。もうひとつは、移動可能なアンテナを提供して、アンテナのあるところならどこでもネットができるというプラン。これは、たとえば遊牧する人たちの生活を大きく変えていくだろう。彼らは家畜の移動とともに自分たちが住むところを変えていたわけだけど、それゆえにじゅうぶんなネット環境を整えることは難しかった。ところが、スターリンクのアンテナを持って歩けば、どこにいたって快適なネット環境が得られるんだ。おそらく、それを基盤にした新しいビジネスが生まれてくるだろうね。
犬塚 スーパーカーとかクラシックカーとか、さまざまな自動車を乗り継いだカーマニアが最後に至るのが、ハイエースの改造だといわれています。ハイエースほどの広さがあれば、発電機を入れてルームエアコンを設置することもできるし、キッチンも構築できる。ふかふかのベッドも入れられる。自動車ですから買い物には不自由しないし、すごく眺めのいい山の上とかで休むことも可能です。俺はなんで家持ってんだろと本気でいぶかるオーナーも多いそうです。とはいえ、山の中ではネットはできませんでした。快適な通信を楽しむには、どうしても固定回線のあるところに行かなければならなかったんです。それがハイエースでノマド生活ができない大きな理由のひとつになっていたんですが、スターリンクのアンテナ乗せたらそれも解決しますね。人がぜんぜんいない山の中、携帯電話も圏外になっちゃうようなところでも、快適にインターネットを楽しめます。もちろん通話もできます。すごく安い家を借りて、そっちにお金をかける人も出てきそうですね。
秘境で役立つスターリンク
犬塚 ところで、社長は人跡未踏の秘境の出身だと聞きました。
竹林 失礼な。秘境じゃないよ。ちゃんとした集落だ。
犬塚 オオカミに育てられたという話ですが。
竹林 ウソに決まってんだろ。長野県の南木曽というところだが、限界集落じゃないんだぞ。かぎりなく近いけど。
犬塚 家のすぐ近くにクマがいると聞きました。
竹林 それは本当だ。こないだ帰ったとき、家から70メートルぐらいのところにいた。それから、これは母親が十年前に庭の様子を撮影したものだが、
犬塚 この動物はなんですか。
竹林 カモシカだ。野生のやつはほんとの山の中にしかいない。それが庭に来て休んでいる。
犬塚 これが十年前ですか。今はもっとすごいんじゃないですか。
竹林 家にサルがよく入って来ると聞いたな。帰宅したらサルがいて、なんか喰ってんだってさ。俺が子どものときはなかったから、人口減が関係してんだろうな。
犬塚 クマ、カモシカ、そしてサル。野生の王国じゃないですか!
竹林 俺、むかしモデルガンが好きだったんだよ。ただ、田舎だから同好の人が近くにいなくてね。月刊Gunって今は廃刊した雑誌があるんだけど、そこでペンパルを募集して、文通してた。「○○というモデルを入手しました」と書くと、「○○はこういうクセがある」みたいなマニアックな情報を届けてもらったりして。TENTOはコミュニケーションにこだわっていて、そのためにnoizを開発したんだけど、その経験が大きいのかもしれないね。「僕は▲▲という言語を勉強しています。変数のあつかいが特殊ですがどうしてますか」なんて会話を、かんたんに取り交わせる仲間がいる環境をつくりたかったんだよ。
犬塚 社長の実家こそ、スターリンク設置すべきじゃないですか。
竹林 そうなんだよな。あのでかいアンテナだって、実家ならスペースに困ることはない。やろうとは思っているんだが……すまん、まだやってない。導入したら報告するよ。俺みたいにある程度IT知識がある人間のスターリンクのレポートって、すごく貴重だと思うんだ。